第41話 カルディナ② 納品と検品
今回は四部構成無事に終われそうです。
また、たくさんの方に読んでいただき、大変感謝しております。
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商隊が進むカルディナの石畳は、エルデンよりもずっと硬い音を返した。人が多い。匂いも、視線も、エルデンより濃い。
「ロウェナ、上を見ろ。屋根伝いが出やすい」
ブレイデンの指示は短い。
「フィンレイ、前二十。交差点の角を先に切れ」
「了解」
ルーシーは第二荷車の外側に付いた。荷車と人の流れのあいだに、自分の体を一枚挟む。
荷台の縄の隙間に、あの布袋が挟まっていた。街道で、荷台の向こうまで飛んでいった袋だ。
なんとなく、そこから目が離せなくなった。
二つ目の辻に差しかかったときだった。
右の横道で、果物籠がひっくり返った。赤い実が石畳に散り、通りの真ん中まで転がってくる。女の悲鳴が上がり、人の流れが一斉にそちらを向いた。御者の首も、荷台の上のマーサの顔も、そちらへ回る。
「見るな」
ブレイデンの声は低かった。
ルーシーは、もともと袋しか見ていなかった。
だから、左の人垣の隙間から伸びてきた、子どもの痩せた手が、よく見えた。
押し返さなかった。避けもしなかった。半歩だけずれて、子どもと荷台のあいだに肩を入れる。
子どもの手は袋に届かず、ルーシーの鎧の革帯に当たった。指が滑り、勢いのまま体ごと横へ流れる。
その流れた先、第三荷車の縄の結び目に、もう一つ、小さな手が伸びていた。
「後ろです」
言い終わる前に、細い手がその手首を押さえていた。フィンレイだった。前二十にいたはずの男が、いつの間にか第三荷車の陰にしゃがんでいる。
フィンレイは子どもの顔を覗きこんだ。何も言わない。小さく首を振って、指を開いた。
子どもは二人とも、目を見交わした。それから、別々の方向へ、人混みに溶けていった。
誰も声を荒げなかった。荷車は、一度も止まらなかった。
フィンレイが立ち上がり、ルーシーの脇を前へ抜けながら、顎で右の横道を指した。
「籠を倒したのも、仲間だ」
「え」
「拾ってる女、見てみろ。急いでねえだろ」
果物売りの女は、まだのんびりと赤い実を拾い集めていた。一つ拾っては、こちらの荷車を見る。籠がいっぱいになると、最後にもう一度こちらを振り返り、籠を抱えて人波に消えた。
(籠ごと、仕事だったんだ)
荷台の上で、マーサが布袋を縄の奥へ押しこみ、ルーシーを見下ろした。
「今度は、投げなかったわね」
「投げてません。前も」
すぐ後ろで、カルヴァンが疲れた顔で肩を回した。
「籠のほう、見なかったな。なんでだ」
「袋を、見てたので」
「なんで袋を」
「あの袋、この旅でいちばん災難なので」
カルヴァンの指が、顎髭の手前で止まった。つまむ前に、下ろした。
「慣れろ、って言うつもりだったんだがな」
先頭で、エドガーが帳面を開き、歩きながら何か一行書き足した。
やがて、商隊は倉庫街へ入った。荷運びの男たち、帳簿を抱えた女、手袋をした検品係が行き交っている。
目当ての倉庫の門の上には、穀物の穂と細い鎖の商標が刻まれていた。グレインの支店だ。
扉の前では、受け入れ側がもう待っていた。小柄で肩幅のある男が一歩進み出る。汚れた前掛けに太い指をした男で、目だけが鋭い。
「グレイン商会、カルディナ倉庫主任。オーウェンだ。まず封印を確認する」
オーウェンが荷札を指で弾き、乾いた音を出した。
「薬草箱、番号一致。染料樽、封印一致。金属材――これは、重いな」
鉄材の箱は、荷車の奥に積まれている。荷台の板が、そこだけ沈んで見えた。
「下ろすぞ。人手を回せ」
倉庫番が数人動いた。先頭は、頭に手ぬぐいを巻いた赤ら顔の男だ。
(手ぬぐいの人)
手ぬぐいの人が箱のいちばん奥の角に手をかけ、二人がそれに続く。持ち上げようとして、三人の顔が歪んだ。
「っ……!」
「重すぎるだろ、これ」
「滑る! 角を持て!」
慣れた荷運びの男たちが、腰を引いたまま、箱の角で指を持ち替えている。
ルーシーは、エドガーの前に出た。
「手伝っていいですか」
「契約外だ」
(前の会社なら、『誰の仕事か』で一時間揉めるやつだ)
「分かってます」
エドガーの指が、帳面の角を一度叩いた。
「落とすなよ」
ルーシーが荷台の縁に足をかけると、手ぬぐいの人が箱から手を離さないまま、顔だけこちらに向けた。汗が、手ぬぐいの縁から垂れている。
「おい、そこの護衛。剣とは、わけが違うぞ。こいつは腰に来る。素人が触ると、一生もんだぞ」
「気をつけます」
荷台に上がり、箱の底に手のひらを差しこんで、少し傾ける。重いのは奥だ。指を奥へずらし、足幅を取って腰を落とす。
倉庫番が三人がかりで顔を歪めた箱だ。一人ですっと上げたら、目立つ。ルーシーは眉を寄せ、奥歯を噛み、いかにも重そうな顔を作った。
「角、持ちます」
腕で引き剥がさず、脚で立ち上がる。
箱は、上がった。三人が何度も持ち替えていた角を、一度も持ち替えずに済んだ。
「えっ」
倉庫番の一人が、声を漏らした。箱はふらつかず、運ぶ方向もぶれない。ルーシーの顔だけが、重そうなままだった。
(あ、顔だけ重そうでも駄目だ)
ルーシーは箱をゆっくりと荷台から降ろし、重い側を自分の方に残したまま、二人に受け渡した。
「落とさないでください。角、欠けます」
「あ、ああ」
箱が、地面に据わった。
手ぬぐいの人は、箱の脇に立ったまま、片手を自分の腰の後ろに回していた。
「腰、大丈夫ですか」
「さっき、ひねった。最初に上げようとしたときだ」
手ぬぐいの人は手ぬぐいを締め直し、ぼそりと言った。
「一生もんじゃ、ねえよ。今日のは」
二箱目は、手ぬぐいの人と二人で持った。ルーシーは、重い奥の側を、黙って自分のほうへ寄せた。手ぬぐいの人の手は、箱の角に添えてあるだけになった。本人もそれに気づいていて、それでも、手を離さなかった。
三箱目も、四箱目も、離さなかった。
オーウェンが鉄材を小槌で叩いた。澄んだ音が、倉庫の梁まで上がっていく。
「反りもない。……破損ゼロか」
マーサが眼鏡を押し上げ、帳簿の端に印をつけた。
オーウェンがエドガーに顔を向けた。
「護衛、いいのを雇ったな」
「金を払ってる」
エドガーの返しは素っ気ない。
「応接に移る。報酬の話だ」
護衛たちがエドガーに続く。その最後にいたルーシーを、オーウェンの声が止めた。
「おい、あんた。護衛か?」
「はい」
「重い側を、ちゃんと自分で持ってたな」
オーウェンは少し間を置いた。
「顔だけは、重そうだったがな」
ルーシーは思わず眉間に指をやった。まだ、皺が残っていた。
「荷を『扱える』やつは、信用できる。覚えとく」
「ありがとうございます」
オーウェンは荷札の裏に、白墨で短く何かを書きつけた。




