↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で普通に生きるために危ない仕事をする 〜なぜか体だけが強すぎる元会社員、目立たず働きたいだけなのに〜  作者: Yuki
第一章 普通の仕事ができるまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/88

第41話 カルディナ② 納品と検品

今回は四部構成無事に終われそうです。

また、たくさんの方に読んでいただき、大変感謝しております。

更新の励みになりますので、是非感想や、評価もいただけると嬉しいです!

 商隊が進むカルディナの石畳(いしだたみ)は、エルデンよりもずっと硬い音を返した。人が多い。匂いも、視線も、エルデンより濃い。

「ロウェナ、上を見ろ。屋根伝いが出やすい」

 ブレイデンの指示は短い。

「フィンレイ、前二十。交差点の角を先に切れ」

「了解」

 ルーシーは第二荷車の外側に付いた。荷車と人の流れのあいだに、自分の体を一枚挟む。

 荷台の縄の隙間に、あの布袋が挟まっていた。街道で、荷台の向こうまで飛んでいった袋だ。

 なんとなく、そこから目が離せなくなった。

 二つ目の辻(つじ)に差しかかったときだった。

 右の横道で、果物籠(かご)がひっくり返った。赤い実が石畳に散り、通りの真ん中まで転がってくる。女の悲鳴が上がり、人の流れが一斉にそちらを向いた。御者(ぎょしゃ)の首も、荷台の上のマーサの顔も、そちらへ回る。

「見るな」

 ブレイデンの声は低かった。

 ルーシーは、もともと袋しか見ていなかった。

 だから、左の人垣の隙間から伸びてきた、子どもの痩(や)せた手が、よく見えた。

 押し返さなかった。避けもしなかった。半歩だけずれて、子どもと荷台のあいだに肩を入れる。

 子どもの手は袋に届かず、ルーシーの鎧(よろい)の革帯に当たった。指が滑り、勢いのまま体ごと横へ流れる。

 その流れた先、第三荷車の縄の結び目に、もう一つ、小さな手が伸びていた。

「後ろです」

 言い終わる前に、細い手がその手首を押さえていた。フィンレイだった。前二十にいたはずの男が、いつの間にか第三荷車の陰にしゃがんでいる。

 フィンレイは子どもの顔を覗(のぞ)きこんだ。何も言わない。小さく首を振って、指を開いた。

 子どもは二人とも、目を見交わした。それから、別々の方向へ、人混みに溶けていった。

 誰も声を荒げなかった。荷車は、一度も止まらなかった。

 フィンレイが立ち上がり、ルーシーの脇を前へ抜けながら、顎(あご)で右の横道を指した。

「籠を倒したのも、仲間だ」

「え」

「拾ってる女、見てみろ。急いでねえだろ」

 果物売りの女は、まだのんびりと赤い実を拾い集めていた。一つ拾っては、こちらの荷車を見る。籠がいっぱいになると、最後にもう一度こちらを振り返り、籠を抱えて人波に消えた。

 (籠ごと、仕事だったんだ)

 荷台の上で、マーサが布袋を縄の奥へ押しこみ、ルーシーを見下ろした。

「今度は、投げなかったわね」

「投げてません。前も」

 すぐ後ろで、カルヴァンが疲れた顔で肩を回した。

「籠のほう、見なかったな。なんでだ」

「袋を、見てたので」

「なんで袋を」

「あの袋、この旅でいちばん災難なので」

 カルヴァンの指が、顎髭(あごひげ)の手前で止まった。つまむ前に、下ろした。

「慣れろ、って言うつもりだったんだがな」

 先頭で、エドガーが帳面(ちょうめん)を開き、歩きながら何か一行書き足した。

 やがて、商隊は倉庫街へ入った。荷運びの男たち、帳簿を抱えた女、手袋をした検品係が行き交っている。

 目当ての倉庫の門の上には、穀物の穂と細い鎖(くさり)の商標が刻まれていた。グレインの支店だ。

 扉の前では、受け入れ側がもう待っていた。小柄で肩幅のある男が一歩進み出る。汚れた前掛けに太い指をした男で、目だけが鋭い。

「グレイン商会、カルディナ倉庫主任。オーウェンだ。まず封印を確認する」

 オーウェンが荷札を指で弾(はじ)き、乾いた音を出した。

「薬草箱、番号一致。染料樽(たる)、封印一致。金属材――これは、重いな」

 鉄材の箱は、荷車の奥に積まれている。荷台の板が、そこだけ沈んで見えた。

「下ろすぞ。人手を回せ」

 倉庫番が数人動いた。先頭は、頭に手ぬぐいを巻いた赤ら顔の男だ。

 (手ぬぐいの人)

 手ぬぐいの人が箱のいちばん奥の角に手をかけ、二人がそれに続く。持ち上げようとして、三人の顔が歪(ゆが)んだ。

「っ……!」

「重すぎるだろ、これ」

「滑る! 角を持て!」

 慣れた荷運びの男たちが、腰を引いたまま、箱の角で指を持ち替えている。

 ルーシーは、エドガーの前に出た。

「手伝っていいですか」

「契約外だ」

 (前の会社なら、『誰の仕事か』で一時間揉(も)めるやつだ)

「分かってます」

 エドガーの指が、帳面の角を一度叩(たた)いた。

「落とすなよ」

 ルーシーが荷台の縁(ふち)に足をかけると、手ぬぐいの人が箱から手を離さないまま、顔だけこちらに向けた。汗が、手ぬぐいの縁から垂れている。

「おい、そこの護衛。剣とは、わけが違うぞ。こいつは腰に来る。素人が触ると、一生もんだぞ」

「気をつけます」

 荷台に上がり、箱の底に手のひらを差しこんで、少し傾ける。重いのは奥だ。指を奥へずらし、足幅を取って腰を落とす。

 倉庫番が三人がかりで顔を歪(ゆが)めた箱だ。一人ですっと上げたら、目立つ。ルーシーは眉を寄せ、奥歯を噛(か)み、いかにも重そうな顔を作った。

「角、持ちます」

 腕で引き剥(は)がさず、脚で立ち上がる。

 箱は、上がった。三人が何度も持ち替えていた角を、一度も持ち替えずに済んだ。

「えっ」

 倉庫番の一人が、声を漏らした。箱はふらつかず、運ぶ方向もぶれない。ルーシーの顔だけが、重そうなままだった。

 (あ、顔だけ重そうでも駄目だ)

 ルーシーは箱をゆっくりと荷台から降ろし、重い側を自分の方に残したまま、二人に受け渡した。

「落とさないでください。角、欠けます」

「あ、ああ」

 箱が、地面に据(す)わった。

 手ぬぐいの人は、箱の脇に立ったまま、片手を自分の腰の後ろに回していた。

「腰、大丈夫ですか」

「さっき、ひねった。最初に上げようとしたときだ」

 手ぬぐいの人は手ぬぐいを締め直し、ぼそりと言った。

「一生もんじゃ、ねえよ。今日のは」

 二箱目は、手ぬぐいの人と二人で持った。ルーシーは、重い奥の側を、黙って自分のほうへ寄せた。手ぬぐいの人の手は、箱の角に添えてあるだけになった。本人もそれに気づいていて、それでも、手を離さなかった。

 三箱目も、四箱目も、離さなかった。

 オーウェンが鉄材を小槌(こづち)で叩(たた)いた。澄んだ音が、倉庫の梁(はり)まで上がっていく。

「反りもない。……破損ゼロか」

 マーサが眼鏡を押し上げ、帳簿の端に印をつけた。

 オーウェンがエドガーに顔を向けた。

「護衛、いいのを雇ったな」

「金を払ってる」

 エドガーの返しは素っ気ない。

「応接に移る。報酬の話だ」

 護衛たちがエドガーに続く。その最後にいたルーシーを、オーウェンの声が止めた。

「おい、あんた。護衛か?」

「はい」

「重い側を、ちゃんと自分で持ってたな」

 オーウェンは少し間を置いた。

「顔だけは、重そうだったがな」

 ルーシーは思わず眉間(みけん)に指をやった。まだ、皺(しわ)が残っていた。

「荷を『扱える』やつは、信用できる。覚えとく」

「ありがとうございます」

 オーウェンは荷札の裏に、白墨で短く何かを書きつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。