第35話 第二部 納品と検品
今回は四部構成無事に終われそうです。
また、たくさんの方に読んでいただき、大変感謝しております。
更新の励みになりますので、是非感想や、評価もいただけると嬉しいです!
カルディナの石畳は、エルデンよりもずっと硬い音を返した。
馬車の車輪が鳴り、蹄が均等に響き、荷台の固定具がわずかに軋む。
街の空気は濃い。
人が多いからだ。言葉が多く、匂いが多く、視線が多い。
屋台の油、香辛料、染料の甘い匂い。汗の匂い。馬の匂い。金属の匂いまで混じる。
護衛の隊列は自然に詰まった。
街道なら左右に広がれたが、都市の通りはそうはいかない。横道から飛び出す子ども、荷車の割り込み、呼び込みの声。密度の中で崩れないのが都市護衛の最初の関門だ。
「ロウェナ、上を見ろ。屋根伝いが出やすい」
ブレイデンの指示は短い。
「フィンレイ、前二十。交差点の角を先に切れ」
「了解」
ルーシーは言われた通り、第二荷車の外側に付いた。
荷車と人の間に自分の身体を入れ、通行人の流れを「押し返す」でも「避ける」でもなく、自然に逸らしていく。
強く押せば揉める。弱ければ荷が擦る。
ただ、一定の圧で、同じ速度で歩く。
荷車の揺れを読み、タイミングを合わせるのが要だった。
御者の癖、馬の歩幅、石畳の継ぎ目。
揺れの「予兆」を見て、半歩で調整する。
昨日までの戦闘と違って、ここでは剣は抜かない。抜く必要がない状態を維持するのが仕事だ。
(……護衛って、こういうのが本体なんだ)
隣でカルヴァンが、疲れた顔で肩を回した。
「戦いより、街の方が神経使うだろ」
「……はい。気が散る」
返すと、カルヴァンは小さく笑った。
「慣れろ。商売の街は、敵が剣を持ってるとは限らない」
言い方が妙に現実的で、ルーシーは頷くだけにした。
やがて、商会の倉庫街へ入る。
通りの看板が変わり、人の服が変わる。荷運びの男たち、帳簿を抱えた女、手袋をした検品係。
空気が「金」の色になっていく。
目的の建物は、石壁と木梁で組まれた大きな倉庫だった。
門の上に刻まれた商標――穀物の穂と、細い鎖の意匠。
「グレインの支店だな」
ブレイデンが呟くと、エドガーが頷く。
「ここで荷を下ろす。……最後まで油断するな。倉庫前は盗賊にとって“最後の機会”だ」
倉庫の扉前には、既に受け入れ側が待っていた。
小柄で肩幅のある男が一歩進み出る。
汚れた前掛け、太い指、目だけが鋭い。
「グレイン商会、カルディナ倉庫主任。オーウェンだ」
名乗りは短い。
それから馬車の印章を見て、エドガーに視線を戻す。
「遅延は?」
「なし」
「破損は?」
「なし」
「……よし。まず封印を確認する」
確認は儀式に近かった。
封蝋の刻印、縄の結び、荷札の数、帳簿の記載。
ひとつでもズレがあれば「途中で開けた」と疑われる。護衛の質に直結する。
オーウェンが荷札を指で弾き、乾いた音を出した。
「薬草箱、番号一致。染料樽、封印一致。金属材――これは、重いな」
鉄材の箱は、荷車の奥に積まれている。
荷台の板が僅かに沈んで見えた。
御者が手綱を緩め、馬が鼻を鳴らす。
「下ろすぞ。人手を回せ」
オーウェンの号令で、倉庫番が数人動いた。
だが、箱を持ち上げようとして、すぐに顔が歪む。
「っ……!」
「重すぎるだろ、これ……」
「滑る! 角を持て!」
作業の手順は分かっているのに、体がついていかない。
箱の重さは、慣れた荷運びの男にとっても「嫌な重さ」だった。持ち上げた瞬間に腰に来る。
ルーシーは、少し迷った。
護衛契約の範囲は「到着まで」。荷下ろしは厳密には商会側の仕事だ。
でも、この場で荷が落ちれば破損は出る。破損が出れば護衛評価にも泥がつく。結局は「損」になる。
彼女はエドガーを見た。
エドガーは一瞬眉を動かしたが、止めなかった。
ルーシーは荷台に上がり、箱の側面に手を添えた。
持ち上げるのではなく、まず「滑り」を殺す。
重心を読む。指の位置を変える。足幅を取り、腰を落とす。
「……角、持ちます」
言って、息を吐く。
持ち上げる。
力で引き剥がすのではなく、脚で立ち上がる。
重い。だが、重さは「制御できる重さ」だった。
「えっ」
倉庫番が目を丸くした。
箱が、持ち上がった。
しかも、ふらつかない。運ぶ方向がぶれない。
ルーシーはゆっくりと荷台から降ろし、二人に受け渡す。
「落とさないでください。角、欠けます」
「……あ、ああ」
次の箱も同じように。
彼女が雑に扱えば、ここで目立つ。逆に、丁寧に扱えば「仕事ができる人」として自然に溶ける。
ルーシーはそのラインを選んだ。
薬草は衝撃に弱い。
染料は漏れれば商品価値が落ちる。
鉄材は角が欠ければ加工の手間が増える。
検品はさらに細かい。
薬草箱は封を切り、乾燥状態と混入物を確認。
染料は樽の蓋と樹脂の封を確認し、匂いで劣化を嗅ぎ分ける。
鉄材は刻印番号と、酸化の有無。
目視だけでなく、打音まで見る。
オーウェンが鉄材を小槌で叩き、音を聞いた。
「……問題なし。反りもない」
次に薬草箱。
「乾燥、良好。湿りなし」
染料樽。
「封、破れなし。においも生きてる」
オーウェンがようやく顔を上げた。
「破損ゼロか……」
それは褒め言葉というより、驚きだった。
マーサが眼鏡を押し上げ、淡々と帳簿に印を付ける。
「揺れが少なかったのよ。馬の歩調も安定してた。護衛がちゃんと“隊列”を守ってくれたから」
護衛の仕事は、戦うことではない。
荷を「商品」として届けること。
そのために揺れを抑え、人を散らし、道を選び、速度を揃える。
オーウェンがエドガーに顔を向けた。
「……護衛、いいのを雇ったな」
「金を払ってる」
エドガーの返しは素っ気ない。
けれど、その一言には「当然の結果だ」という自負があった。
オーウェンの視線が、ルーシーに移る。
新顔。しかも、Dランクの札。
だが、荷運びの手順は慣れた職人みたいで、手が雑じゃない。
「おい、あんた」
オーウェンが言った。
「護衛か?」
「はい」
「……腕っぷしだけのやつかと思ったが、違うな」
少し間を置き、続ける。
「荷を“扱える”やつは、信用できる。覚えとく」
ルーシーは一礼した。
「ありがとうございます」
倉庫の扉が閉まる。
荷の受け入れが完了し、帳簿の照合も終わる。
ここまで来て、ようやく一息つける――はずだった。
だが、エドガーはまだ表情を緩めない。
商人は最後に数字を見る。
破損ゼロは前提で、遅延ゼロも前提。
その上で「護衛が想定通りに機能したか」を、金で評価する。
エドガーが言った。
「応接に移る。報酬の話だ」
ブレイデンが短く頷き、護衛たちに視線を回す。
「気を抜くな。契約はまだ終わってない」
ルーシーは背中の剣の位置を直し、歩き出した。
石畳の街で、荷を無事に渡した。
それは、戦闘よりも地味で、しかし確かな勝利だった。




