第39話 商隊護衛⑥ 焚き火の距離
日が沈むと、街道の空気は急に冷えこんだ。一行は見通しのいい場所を選び、野営の準備を始める。
ルーシーは近くの林から枯れ木を集め、それが終わると、エドガーたちの天幕のペグ打ちに回った。
渡された木槌で、ペグの頭を二度叩いた。
ペグが消えた。
頭まで、すっぽりと地面の中だ。足元には、土の丸い凹みしか残っていない。
(一回目で、もう半分入ってた。二回目は、いらなかった)
「貸してみろ」
天幕の向こうから、バルドリックがのそりと来た。
「エステル、布の端、持っててくれ」
隣で天幕の布を広げていた白い人――エステルが、外套の裾を押さえたまま布を引き受けた。バルドリックは凹みの前にしゃがみこみ、太い指で土を掻き分けて、ペグの頭を指先でつまんだ。
「ペグってやつは、新入り。こう、揺すりながら――」
引いた。
ペグは動かなかった。
指を掛け直し、もう一度引く。首筋に筋が浮き、顔がじわじわと赤くなっていく。ペグは、微動だにしない。
焚き火の方から、いつの間にかの人の声が飛んできた。
「おーい、盾が負けてるぞ」
「うるせえ」
バルドリックは土を払って立ち上がり、ルーシーの肩をぽんと叩いた。
「明日だな」
「はい。明日です」
二本目からは、半分の力で叩いた。それでもペグは、ほかの天幕より、爪の先ほど深く入った。
食事は硬いパンと、干し肉入りの薄いスープだった。一日歩いた体に、塩気がよく染みた。
「前に出なかったな」
スープを啜っていたブレイデンが、焚き火を見たまま言った。
「出ても、足手まといなので」
「前に出る新人は、たいてい二日目に担架だ。担架を担ぐ手間は、そいつの取り分から引く」
(天引きの制度、あるんだ)
ブレイデンは椀の底の汁を飲み干した。
「今日は、引かずに済んだ」
焚き火の向こうで、カルヴァンが小枝で薪を突いた。
「昼間、俺が魔法を構えた時。お前、反応しただろ」
「首の後ろの肌が、少し」
「感知の才能もあるか」
小枝の先で、焚き火の芯をつつく。火の粉が、ひとつ上がった。
「魔力は見えないが、感じることはできる。感じた奴は、たいてい振り向く。お前は振り向きかけて、やめた。なんでだ」
「何なのか、分かりませんでした。分からないもののために、前から目を離したくなかったので」
「それでいい。今はな」
カルヴァンは小枝を火の中へ放った。
「お前は、勘がいい。――妙な勘だがな」
「さあ、寝ろ」
ブレイデンが言った。
「最初の見張りは俺たちがやる。二番目は、フィンレイと新入りだ」
焚き火の向こうで、いつの間にかの人――フィンレイが、スープの椀を軽く持ち上げて見せた。
ルーシーは毛布に包まり、枕元に剣を置いた。
(……仕事、したんだ)
◇
肩を叩かれて目を開けると、焚き火はひと回り小さくなっていた。
「交代だ」
フィンレイは、もう斜面の側に腰を下ろしている。ルーシーは剣を背負い直し、その隣に座った。
「眠れたか」
「少し」
「上等だ。初日の新入りは、たいてい一睡もしねえ。でかいのは、図太さもでかいんだな」
「図太くは、ないです」
「初日の野営で寝る奴を、図太いって言うんだよ」
ルーシーは言い返す言葉を探して、見つからなかった。
フィンレイは小石を一つ拾い、指の上で転がした。
「で、あのペグ。明日、本当に抜けるのか」
「抜きます」
「盾が負けたやつだぞ」
「バルドリックには、言わないでください」
「もう全員知ってる」
ルーシーは、毛布の端を握った。
「明日の朝が、楽しみだ」
話しながら、フィンレイはときどき斜面へ目をやっていた。
何度目かに見上げたとき、木々の間で、何かが、ちかりと光った。
月を拾った、金具の光り方だった。
目を凝らす。もう、何も見えない。枝が風に揺れているだけだ。
「フィンレイ。今、斜面の上で何か光りました。一回きりです」
フィンレイの指の上で、小石が止まった。
今度は、斜面を見なかった。見ないまま、小石を草の上に置き、腰の水袋に手を伸ばす。
「……見えたなら、向こうも見てる。火を小さくしろ」
ルーシーは薪を一本抜き、灰をかぶせた。
焚き火が、手のひらほどの大きさまで落とされた。




