第38話 商隊護衛⑤ 道に立つ者
もう少しつづくかも・・・
笛の音が消えるより早く、矢が一本、先頭の馬の鼻先の土に刺さった。
馬が首を跳ね上げ、御者の手が手綱を引きかける。
「止まるな!」
ブレイデンの声が、手綱より先に飛んだ。
車輪は回り続けた。先頭の馬が、矢の脇を踏み越えていく。
「矢で止めて、止まったところを囲む。古い手だ」
「射手、右の斜面。一人」
最後尾から、弦の人の声が飛ぶ。もう矢をつがえていた。
「撃つな、ロウェナ。止まらなきゃ、二の矢は来ない」
ブレイデンは振り向きもしない。
二本目は来なかった。弦の人――ロウェナは、舌打ちを一つして、弦を引いたまま斜面を睨んでいる。荷台の上で、マーサが帳簿を胸に抱え直した。
(止まりたくなるのが、人なのに)
代わりに、草を踏む足音が、風とは違う向きから届いた。
「前方、右の草むら。足音です」
「隊列そのまま。間合いを詰めさせるな」
数十歩進んだところで、草地が揺れた。二人、三人と、男たちが姿を現す。革鎧に短剣、弓が一本という軽装だった。
「少なめだね」
ロウェナが、弓を下ろさずに低く言う。
「様子見だ。本隊が後ろにいるかもしれん。カルヴァン、火は温存。ルーシー、前に出るな。お前の契約は、荷の脇だ」
「おう」
「はい」
カルヴァンの指先に、火の気配だけが集まって、消えた。
ルーシーのうなじの産毛が、ちり、と立った。振り返りかけて、やめる。
盗賊たちは道の中央に立ち、距離を詰めてこない。その代わりに、声を張り上げた。
「おい、商人! 通行税を払え。荷の三割でいい」
(三割。根拠のない見積もりだ)
エドガーが御者台で口を開きかけた。ブレイデンが片手を上げて止め、一歩、前に出た。
「通行税は払わない。道を空けろ」
盗賊の一人が、ブレイデンではなく、その後ろを見た。第二荷車の脇に立つルーシーの、背中の剣だ。
「おい、見ろよ。身の丈みてえな剣を背負ってやがる」
男が一人、笑いながら道の脇を回りこんできた。目はルーシーの剣に向けたまま、足だけが第二荷車の御者台へ寄っていく。
「飾りか、それ? 飾りなら置いてけよ。荷の三割に、そいつも足して――」
(飾り。半分くらいは、当たってる。銀貨五枚の、はね物だし)
男の腰から、短剣が抜けた。刃先が、御者台から下がった御者の膝へ、腕一本ぶんの所まで来る。
袋を笑った、あの御者だった。手綱を握ったまま、動けずにいる。
ルーシーは一歩寄り、男と御者台のあいだに体を入れた。剣を抜く。振りかぶらない。重さを乗せたまま、二人のあいだの路肩へ、まっすぐ下ろす。
浅く刺せば、蹴られて倒れる。だから、深く。
――ドン。
刃は土を割り、草の根を断ち、半ばまで沈んだ。狙った深さで、柄が止まる。
男の短剣の切っ先が、土に半分呑まれた刃の前で、行き場をなくして揺れていた。
「……地面ごと斬る気かよ」
「振り回す剣じゃありません。止めるための剣です」
剣を引き抜く。土が鳴った。
「前には、出ません」
ルーシーは一歩も踏み出さず、そこに立っていた。
男の目が、ルーシーの肩越しに動いた。先頭では、バルドリックの大盾が、もう道の幅を半分ふさいでいる。最後尾のロウェナの矢は、男の胸に向いたままだ。荷車の内側では、カルヴァンが空の片手を下げずにいた。
男は、短剣を下げた。
「チッ、割に合わねえ」
ブレイデンが続ける。
「道を空けろ。次は、警告じゃない」
盗賊たちは、草地へと下がっていった。回りこんだ男が、最後に一度だけ振り返った。路肩の穴を見て、それから、ルーシーの顔を見た。覚えておく、という目だった。
追う者はいない。
御者台で、御者がようやく息を吐いた。手綱を握り直す指の節が、まだ白かった。
右の草むらから、いつの間にかの人が戻ってきていた。
「斜面の上に、まだ何人か残ってる。動かねえ」
「見せてるんだ」
ブレイデンは、斜面を一度も見上げなかった。
「進む。今のは『挨拶』だ。次はない」
隊列が動き出す。ルーシーは剣を鞘に納めた。刃の先に、湿った土がまだついている。
御者台のエドガーが、路肩の穴とルーシーの背中を見比べた。帳面を持った指が、その角を、こつ、と叩いた。
すぐ後ろで、カルヴァンが言った。
「振らない、か」
「今は、まだ」
ルーシーは右手を前へずらしたまま、荷車の速さに歩幅を合わせた。
斜面の上では、動かない何人かが、まだこちらを見下ろしている。数えられているのが荷なのか護衛なのか、ここからでは分からなかった。




