第37話 商隊護衛④ 鉄の歩調
次で終わらせたいです・・・
「でけえな、新入り」
東門の前で、鋲だらけの大盾に背中を預けた大男が、あくびの途中でルーシーの頭のてっぺんを目で測った。肩幅は、荷車の幅とそう変わらない。
(てっぺん。……染めむら、ないよね)
「前の職場でも、棚のいちばん上は私の係でした」
「ここにゃ棚はねえよ。あるのは荷車と、六日の道だ」
大男は、ルーシーの背中の剣に顎をしゃくった。
「バルドリックだ。前で盾を持つ。で、そいつを背負って六日歩く気か。三日目には、荷台に載せてくれって泣くぞ」
「載せません。降ろしたら、置いていきそうなので」
バルドリックは大盾の鋲を指で弾いて、喉の奥で笑った。
門の外から、細身の男がぶらりと戻ってきた。いつ出ていったのか、誰も見ていなかったらしい。
「外は静かなもんだ」
ブレイデンにそれだけ言って、細身の男はもう列の先頭に立っていた。
最後尾では、弓を背負った女が弦を指で弾いていた。ぴん、と鳴らして首をかしげ、もう一度鳴らす。回復役らしい女は、これから街道に出るというのに、白い外套の裾まで染み一つない。
最後の一人は、痩せた体に地味なローブを羽織り、顎髭を指でつまんでいた。杖は持たず、手も空いている。
(あ。朝の、杭の人)
ローブの男のほうも、ルーシーの背中の剣に目をやった。
「街道に、杭はないぞ」
「地面なら、あります」
男の眉が、片方だけ上がった。
「カルヴァンだ」
それきり、また髭をつまんだ。
(バルドリック。カルヴァン。いつの間にかの人。弦の人。白い人。……座席表、名前の欄があと三つ)
荷車の台座では、眼鏡の女が荷札に一枚ずつ小さな印をつけていた。
「出る」
ブレイデンの一言で、全員が持ち場についた。ルーシーの持ち場は、中央の第二荷車の外側だ。
東門を抜けると、石畳はほどなく途切れ、踏み固められた街道になった。
荷車は、人の足より少し遅い。一時間もすると、カルヴァンが荷台の縁に指を掛けて歩くようになった。バルドリックは大盾を担ぎ直すたびに、鼻を鳴らす。ルーシーの背中の剣は、門を出たときと同じ所にあった。
車輪が轍の段差を拾い、荷台がひとつ跳ねた。縄の隙間から、小さな布袋が一つ転げ落ちる。
ルーシーは歩きながら拾い上げた。口を紐で縛った、手のひらに収まるほどの袋だ。台座の上から、眼鏡の女が手を伸ばしている。
下から軽く渡した。
袋は女の指先を越え、眼鏡の上を越え、荷台の向こう側の草むらに、ぽすん、と落ちた。
「……投げなくていいわ」
「投げてません。渡しました」
ルーシーは荷車の向こうへ回って袋を拾い、今度は台座の縁まで手で持ち上げて、そっと置いた。女は袋の口を確かめ、荷札に小さな印を一つ足した。
「マーサよ。荷の数を数えてるのは、私。数え直させないでね」
「はい。次からは、手で置きます」
御者が手綱をしごきながら、マーサにだけ聞こえる声で言った。
「力だけは一人前ですな、あの新入り。加減ってもんを知らねえ」
口もとが、笑っていた。
(聞こえてます。……加減のほうは、ご指摘のとおりです)
ルーシーは聞こえないふりで、歩幅を荷車の速さに合わせ直した。
◇
マーサは帳簿を閉じるふりをしながら、横を歩く剣士を見ていた。
「ねえ。さっき、なんて言ったかしら」
「へい? ああ、袋の子ですかい。力だけは一人前だって話で」
「足を見てなさい」
御者は、手綱を握ったまま横目で外側を見た。
前方に深い轍が近づくと、剣士の歩幅が詰まる。荷車が跳ねるのは、その半歩あとだ。
轍が五つ続いて、五つとも、足のほうが先だった。マーサは帳簿の陰で、それを数えた。
御者の口もとから、笑いが消えていた。轍を先に読むのは、本来なら御者の仕事だ。
「……へい」
御者は手綱を短く持ち直した。次の轍の手前で、その手首が、剣士の足より先に動いた。
前方で、ブレイデンが振り返った。その目はルーシーを一瞬だけ捉え、すぐに前へ戻る。
隊列の中であの男が振り返るのを、マーサは初めて見た。
◇
出発から四時間がたつと、街道は緩やかな上りに入り、左右の雑木林が間を詰めてきた。
先頭で、いつの間にかの人が、歩調を変えずに右手を上げた。
――警戒。
誰も声を出さない。弦の人が矢筒に指をかけ、白い人とカルヴァンが荷車の内側へ一歩ずつ寄った。バルドリックが、担いでいた大盾を、音もなく左腕に通す。
ルーシーも重心を落とした。剣は抜かない。右手だけが、前へずれる。
(来るかもしれない。来ないかもしれない。どっちでも、立つ場所は変えない)
◇
街道を見下ろす斜面では、木々の影に紛れて、数人の男たちが伏せていた。
その中央で、ヴァルドが眼下の隊列を見下ろしていた。指に、鳥笛の紐を一巻き掛けている。
「グレインか」
隣の部下が囁く。
「北の道が閉じてから、こっちを通る荷ばかりですね」
「ああ。相変わらず、堅実だな」
「前と後ろ、隙がありません」
「崩すなら中央だ」
ヴァルドの視線が、第二荷車へ移った。剣士が一人、荷車の外側を歩いている。
「見慣れないな」
「新人じゃないですか? 女ですぜ、あれ。図体はでかいが」
別の部下が、鼻で笑った。
「女の新人なら、なおさらだ。つつけば崩れる」
ヴァルドは、指に巻いた笛の紐を、一巻きだけほどいた。
「あの図体の剣を背負って、四時間だ」
「へ?」
「肩が、一度も下がらねえ」
部下の一人が、目の前の枝を指でよけた。後ろの魔法使いは、荷台の縁に指を掛けたままだ。剣士の背中の剣だけが、上下にほとんど揺れていない。
「……息も、上がってねえな」
強いかどうかは、分からない。だが、邪魔にはなる。ヴァルドの目は、そう値をつけた。
「頭、どうします?」
ヴァルドは目を伏せ、すぐに上げた。
「試す」
鳥笛を口に当て、息を吸う。
鳥の声に似た、けれど鳥には出せない高さの音が、斜面の木々のあいだを一直線に抜けていった。




