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異世界で普通に生きるために危ない仕事をする  作者: Yuki


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第27話 守るための立ち位置

翌朝、ルーシーは掲示板の前で、いつもより長く立っていた。

迷っているというより、選び直していた。


黄の紙に手が伸びそうになって、止める。

白の紙に目が移って、また戻る。

どれも「できる」けれど、昨日の続きになるものは避けたかった。


(……同じことは、しない)


目に留まったのは、近郊の集落での作業立ち会いだった。

護送でも討伐でもない。

「倒木処理の間、周囲警戒。作業者の安全確保」。


派手じゃない。

でも、守る仕事だ。

それなら昨日の失敗を、形を変えて使える気がした。


依頼書を外し、受付へ向かう。


「おはようございます」


マレーナが顔を上げた。


「今日は落ち着いてる顔ね」

「昨日は……少し、急ぎすぎたので」

「そう。なら、その選び方はいいと思う」


依頼書を指先で軽く叩く。


「これは“前に出る人”が偉い仕事じゃない。

 誰かの後ろに立てる人の方が助かる」


ルーシーは小さく頷いた。


「……やってみます」


「うん。無理はしないで。帰ってきたら報告、忘れずにね」


昨日みたいな注意はない。

その代わり、選び方を見られている感じがした。


集合場所には、三人の冒険者がいた。

年齢も雰囲気も、ばらけている。


短槍を持った若い男が先に名乗る。


「ディン。前と周囲を見る」


斧を肩に担いだ女性が、雑に手を上げる。


「マルサ。押し返す役。近づいたら止める」


最後に、杖を持った男が軽く会釈した。


「ユリオ。応急処置。あと、合図係」


ルーシーは一拍置いてから言った。


「ルーシーです。今日は足を引っ張らないようにします」


ディンが一度だけルーシーの腰回りを見て、目を戻す。


「……武器、持ってない?」

「持ってません」

「了解。じゃあ、作業者の近く。無理に前には出ないで」


マルサが笑う。


「素手でなんとかしようとする人、たまにいるけどね」

「……しないです」

「うん、その方が安心」


ユリオが、少しだけ柔らかく言った。


「困ったら声だけ出してください。動くのは、こっちでやります」


「分かりました」


言葉が通る。

そのやり取りだけで、朝の緊張が少しほどけた。


集落は小さかった。

畑と木柵。煙突の煙。犬の吠え声。

暮らしの匂いがある場所だ。


依頼主の年配の男が、倒木の方を指した。


「この辺りな。切って運びたいんだが、最近、森が落ち着かん」

「何か出ますか」ディンが聞く。

「姿は見えん。ただ、柵の外で音がする。近い」


作業が始まる。

村人が斧を振るい、汗を拭き、また振るう。

冒険者はその周囲を歩き、柵の外の気配を拾う。


ルーシーは作業者のすぐ後ろに立った。

前に出ない。

でも離れない。

手が届く距離だけを保つ。


(……これでいい)


そう思った瞬間、木柵の向こうで影が走った。


「来る」


ディンの声が落ちる。


姿を現したのは、小型の獣だった。

人よりは小さい。けれど、筋肉の付き方が違う。

動きが速く、跳ねるたびに地面が浅くえぐれる。


(……サルじゃない)


四足。細長い。

日本の感覚だと、イタチに似ている。

ただし、サイズが笑えない。


もう一匹、遅れて出てくる。

二匹とも距離を測るように回り込み、作業者の足元へ寄る。


噛みつくというより、作業の輪を崩すように入ってくる。

狙いが一点じゃない。

“隙ができた方”に寄ってくる感じだ。


(……放っておくと、作業が止まる。転べばケガも出る)


マルサが斧を構えた。


「ミルドだね。近い。嫌な入り方する」


ユリオが杖を軽く鳴らす。


「合図出します。……今、動かないで」


村人の一人が、足元を避けようとしてよろけた。

その瞬間、ミルドが距離を詰める。


ルーシーは反射で前に出そうになって、止めた。

代わりに、一歩だけ横へずらす。

作業者とミルドの間に、体を置く。


ぶつかるほどは近づかせない。

でも、追いかけない。

ただ、道を塞ぐ。


ミルドが一瞬止まり、進路を変える。


「いい」


ディンが短く言った。


マルサが斧を地面に叩きつける。

鈍い音と震え。

ミルドが跳ね退き、距離を取る。


ユリオの声が重なる。


「今!」


ディンが前に出て、短槍で地面を薙ぐ。

当てない。線を引く。

その線を越えさせない。


二匹は回り込みを試すが、こちらが崩れない。

しばらくして、森側へ引いた。


倒していない。

それでも、作業の輪は守れた。


作業は最後まで続いた。

村人の顔から、強張りが消える。

斧の音が、また普通の音に戻る。


帰り道、マルサが肩を回して言った。


「さっきの立ち方、良かったよ」

「……立ってただけです」

「それができない人、多い。前に出たくなるから」


ディンも続ける。


「手を出さないのに、距離は詰めた。あれが一番効く」


ユリオが小さく笑った。


「ルーシーさん、顔はおっとりしてるのに、立ち位置は冷静ですね」

「……褒めてます?」

「褒めてます。たぶん」


マルサがすぐ乗る。


「“たぶん”って何。褒めてるよ。ねえ」

「褒めてる」ディンが淡々と頷く。

「……なら、よかったです」


ルーシーがそう返すと、三人が少しだけ笑った。

大きな声じゃない。

でも、仕事が終わった後の空気だ。


ギルドに戻り、報告を出す。

マレーナが帳簿に書き込みながら言った。


「今日はどうだった?」

「作業は完了しました。ミルドが二匹。追い払って、ケガはなしです」


マレーナが顔を上げる。


「“追い払って、ケガなし”。それが一番いい報告ね」

それから、いつもの調子で続けた。

「派手さは要らない。そういう日を増やしていきましょう」


「はい」


ギルドを出ると、夕方の風が少し冷たい。

それでも気持ちは軽かった。


前に出なかった。

でも、逃げてもいない。


今日は、ちゃんと役に立った。

そう思えただけで、昨日からの沈んだ気持ちがすっきりした。

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