第25話 加減が難しい
昨日は、ギルドで話をしたあと、
そのまま、いつもの仕事に出た。
短い護送だった。
危険もなく、終わってみれば、
少し拍子抜けするくらい普通だった。
そして今朝。
ギルドは、いつもより少しだけ人が多い。
掲示板の前に立つ人の列が長い。依頼書を取る指が重なり、誰かが小さく舌打ちして、すぐに咳払いでごまかす。
生活がかかっている場所の空気だ。
ルーシーはその端に並びながら、紙の内容を目で追った。
危険度は低い。半日。町の外れ。人数三〜四人。
「修繕現場への資材運搬」とある。
(……これ、いいな。派手に動かなくて済む)
そう思って依頼書を一枚外し、受付へ向かった。
「おはようございます」
マレーナは帳簿から顔を上げ、にこりと笑った。
「おはよう、ルーシー。今日は早いわね」
「昨日、呼ばれたので……今日は普通に仕事したいです」
「その“普通”が一番難しそうだけど」
冗談めかして言ってから、すぐに真面目な顔に戻る。
「それ、資材運搬ね。ちょうど人も集まってる」
横から声がした。
「ルーシー、これ行く?」
トムだった。リナとカイもいる。昨日の護送で一緒になった顔ぶれだ。
「うん。これ」
「じゃ、決まりだな。行こう行こう」
カイが依頼書をのぞき込む。
「修繕現場……町の北外れだ。半日で戻れる」
リナが軽く頷いた。
「危険はないタイプね。助かる」
ルーシーもほっとした。危険がない仕事は、気持ちが軽い。
——と思ったのは、現場に着くまでだった。
町を出て少し歩くと、木造の建物がいくつか並ぶ区画に出た。壁の板が外れ、屋根の端が歪んでいる。修繕の真っ最中らしく、男たちが声を掛け合いながら木材を運び、釘を打っている。
依頼主の職人が出てきて、荷車を指した。
「これ、ここまで。木材と金具。あと釘」
言葉は短いが、十分通じる。
「箱はそっち。木は二人で」
トムが手を叩いた。
「よし、やろう。ルーシーは軽い箱からでいいよ。無理しなくていい」
「うん」
ルーシーは頷いて、いちばん小さい箱を抱えた。重さは普通。持ち上げるのも普通。歩くのも普通。
(……大丈夫。今日は普通)
二つ目。三つ目。
問題なく運べる。
四つ目の箱に手をかけたところで、トムが言った。
「それは二人のやつだな。俺とカイで——」
「え、そうなの?」
ルーシーは箱を持ち上げかけて止まる。確かに大きい。持ち手も太い。
「ごめん、じゃあ——」
言いながら、いったん下ろした。
……ゴトン。
職人たちが一瞬だけこちらを見る。
「……あ、今の、ちょっと音した?」
ルーシーが言うと、トムが笑いをこらえた顔で頷いた。
「うん。した」
「でも壊れてない。セーフ」
「ただ、置く時は、もうちょいそっとな」
「はい……」
ルーシーは小さく肩をすくめる。たしかに、置いたつもりだったのに、音がした。自分の中の「普通」と、周りの「普通」が、ほんの少しズレている。
(……気をつけよう)
気をつけようとした、その次でまたやらかす。
釘を渡された。
職人が「ここ」と板を叩き、釘を立てる。
ルーシーは木槌を受け取り、軽く振り下ろした。
——コン。
釘が、すっと沈んだ。
「あれ?」
自分の声が、思ったより大きく響いた。
職人が、目だけで釘を見る。それからルーシーを見る。
トムが口元を押さえた。
「今の、めっちゃ綺麗に入ったな」
「……え、今の一回で?」
「一回で、真っ直ぐ。普通にすごい」
褒められているはずなのに、ルーシーは落ち着かない。狙ってない。いつも通りのつもりだった。
リナが小声で言う。
「……木が割れてないのが逆に怖い」
「怖いって何」
「褒めてるのよ」
カイが淡々と付け足す。
「次も同じ強さでやると、たぶん割る」
ルーシーは慌てて木槌を握り直した。
「え、じゃあ……もっと弱く……」
と言った瞬間、職人が手を振って止めた。
「もういい、釘はこっちでやる」
「運ぶ方、頼む」
ルーシーは素直に頷いた。
「すみません……」
職人は苦笑いに近い顔で言った。
「謝るほどじゃない。真っ直ぐだしな。……加減だけだ」
加減。
その言葉が、今日何度目か分からない。
運ぶ作業に戻る。木材を二人で持つはずのところ、ルーシーは端を持って、歩幅を合わせることだけに集中した。
(……持ち上げない。引っ張らない。支えるだけ)
支えるだけのつもりで——
木材が、ふわっと軽く感じた。
「……ん?」
ルーシーが思わず声を出すと、反対側のトムが眉を上げた。
「今、持ち上げた?」
「持ち上げてない。支えた……だけ……」
「いや、支え方が強い」
カイが遠慮なく言う。
「トムの腕が浮いてる」
「浮いてないわ!」
トムが即座に突っ込んで、でもすぐ笑った。
「……いや、半分浮いてるわ。なんだそれ」
リナが肩を震わせる。
「ルーシー、あなた、便利すぎる」
「便利って……」
「木材運搬の神器みたいになってる」
「嬉しくない!」
そう言った瞬間、三人が笑った。
職人の一人まで、肩を揺らしている。
(……笑われてる。けど、悪い感じじゃない)
その感覚が、ちょっと救いだった。
仕事は半日で終わった。
報酬の袋を受け取って、トムが確認する。
「よし。予定通りだな」
ギルドへ戻る道すがら、トムが隣から言った。
「なあルーシー」
「なに」
「今日みたいな仕事、向いてると思う?」
ルーシーは少し迷って、正直に答えた。
「……向いてるかは分からないけど、壊さないようにしたい」
「そこが一番難しそう」
「うるさい」
カイが淡々と付ける。
「でも今日、壊してないからね。偉かったよ」
「偉いって……子どもみたいに言わないで」
リナが柔らかく言った。
「でも本当に。壊れてないなら大丈夫。
そのうち、自分の“普通”がこっちに合ってくる」
ルーシーは「うん」とだけ返した。
そうなれば楽だけど、今はまだ、ズレが見える。
ギルドに着く。
受付のマレーナがルーシーを見て、すぐ察した顔をした。
「……何かあった?」
「えっと……釘が一発で入って……木材が軽くて……」
口に出してから、少し恥ずかしくなる。
マレーナは目を丸くして、それから笑った。
「無事に終わったなら、まずはそれで良し」
「……でも、加減が難しいのは本当ね」
「はい」
マレーナは帳簿に目を落としながら、声だけ柔らかくする。
「困ったら、言って。ここで受ける仕事の種類、少し調整できるから」
「……ありがとうございます」
ルーシーは小さく頭を下げた。
ギルドを出て、しばらく歩く。
手のひらに、木槌の柄の感覚がまだ残っている。釘が沈んだ時の、あの手応えも。
(……あれ、私、あんなに軽く叩いたっけ)
思い出そうとしても、記憶の中の動きは「いつも通り」だ。
でも結果は、いつも通りじゃない。
ルーシーは息を吐いて、苦笑いした。
(……まあ、でも。怒られなかったし)
それだけで今日は十分だ、と思った。
次に困ったら——その時は、ちゃんと相談しよう。
そう決めて、ルーシーは歩幅を整えた。




