第22話 初めて選んだ仕事
朝のギルドは、昼間とは別の顔をしていた。
人の声は少なく、代わりに紙の擦れる音と、靴音が静かに響いている。
掲示板の前に立つ者はほとんどいない。
この時間帯は、仕事を「探す」場というより、
仕事を「回す」ための場所らしかった。
ルーシーは入口で一度足を止め、息を整えた。
(……ちゃんと、聞こう)
言葉はもう、雰囲気だけじゃない。
ゆっくりなら、意味として入ってくる。
受付には、見覚えのある女性が立っていた。
いつも淡々としていて、余計なことを言わない人だ。
「おはようございます」
声をかけると、女は視線を上げた。
「おはよう。ルーシー」
名前を呼ばれる。
それだけで、ここに属している感覚が少し強まる。
「登録の確認と、仕事の相談をしたくて」
女は頷き、帳簿を引き寄せた。
「私はマレーナ。
このギルドで、登録と昇格管理を担当してる」
言葉は端的で、分かりやすい。
「あなたは現在、Eランク。
登録から一か月。問題報告なし」
帳簿を一枚めくり、続ける。
「Eランクが受けられるのは、
町内と近郊の依頼。危険度は白と黄色まで」
「白が安全、黄色が注意、ですね」
「ええ。
赤以上は、経験者向け。今は対象外」
淡々とした説明だが、線引きは明確だ。
「昇格は、どうなりますか?」
そう聞くと、マレーナは一瞬だけルーシーを見た。
「申請制。
一定数の仕事を終えて、
事故や違反がなければ審査する」
「強さは……?」
「評価項目の一部。
でも、それだけじゃない」
マレーナは、はっきり言った。
「ここは、冒険者を使い潰す場所じゃない。
仕事を管理する場所よ」
その言葉は、意外と重かった。
(……ちゃんと、制度なんだ)
「分かりました」
ルーシーが答えると、マレーナは小さく頷き、隣を示した。
「仕事の説明は、そっちで」
「フィリス、お願い」
隣の受付にいた男が、軽く手を上げた。
「フィリスです。
依頼内容の説明と、組み合わせ担当」
口調は柔らかく、表情も穏やかだ。
「今日は、合同の仕事が一つある」
掲示板から紙を外し、内容を読み上げる。
「近郊街道での荷馬車護送。
商人一人。距離は短め。
危険度は黄色」
「単独じゃない、ですよね」
「うん。同じEランクと組む」
奥を指す。
「フォークテイル。
リーダーがトム。
回復役がリナ。
雑務担当がカイ」
倉庫で何度か顔を合わせた連中だ。
(……知らない人じゃない)
「報酬は?」
ルーシーがそう聞くと、フィリスはすぐ答えた。
「Eランクの半日仕事で、
銀貨一枚が基本」
銀貨一枚。
宿に泊まれて、食事ができる額だ。
「銅貨は、端数。
距離や人数で少し付く」
(……ちゃんと、生活できる)
「もし、想定外の危険が出たら?」
「戻ってから、再交渉。
ギルドが間に入る。
勝手に決まることはない」
ルーシーは、しっかり頷いた。
「受けます」
フィリスは、ほっとしたように笑う。
「助かるよ。
最近、Eランクが足りなくてね」
言葉の端々から、ギルドが人で回っているのが分かる。
「集合は、門前広場。
準備しておいて」
それから、少し声を落として付け足した。
「あと……ギルド長が、
一度あなたと話したがってる」
「ギルド長?」
「ローデリック。
今すぐじゃないけど、覚えておいて」
(……見られては、いる)
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
ギルドを出ると、町はすっかり朝の顔になっていた。
人が動き、仕事の音が増えていく。
仕事の仕組み。
ランクの意味。
報酬の感覚。
全部が、ようやく一つにつながった。
(……冒険者って、
ちゃんと“仕事”なんだ)
英雄でも、流れ者でもない。
選んで、受けて、責任を取る。
ルーシーは門前広場へ向かいながら、軽く肩を回した。
急ぐ必要はない。
でも、もう立ち止まってもいない。
(……始まった。
私が、初めて選んだ仕事だ)
そう思って、ルーシーは歩き出した。




