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探求者  作者: あきみらい
最終章 選びとるもの
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選びとるもの33


 走り出した私を後追い、即座に追いついた暁の風が、鼻先で私を掬い上げるようにして自分の背に乗せた。急に宙に放り出された私は慌てて彼の長い毛にしがみつく。なんだか楽しくて笑ってしまう。少し前にもこんな風に銀狼にしがみついたことがあった。子どもの頃は面白がって村にいる狼たちに幼馴染と一緒に乗せてもらったけれど、大人になってからまたこんなに何度も乗せてもらうことになるとは思わなかった。


「暁、やっとだね……!」


 振り落とされぬよう、体をその毛に埋もれさせるようにして銀狼にしがみつきながら言う。


「あぁっ」


 銀狼は、器用に戦っている者たちを避け、魔物の鼻先を掠めながら、戦場を駆け抜けていく。

横をすり抜けられた騎士たちが私の様子を見て、びっくりしつつも私の笑い声につられたように笑顔になった。


「……リチェっ!!」


 未だ黒き竜と戦っている一人、セシルがこちらに向かって叫ぶ。浄化の光を浴びた魔物は苦しんでいるように、のた打ち回り酷く暴れていた。それを聖騎士三名が必死に食い止めている。


「セシルっ! すぐそっちに行く……っ!!」


 まだ、戦闘は終わっていない。追加が出てこなくなった分小型の魔物は減ったが、ここまでの戦闘で負傷した者も少なくはない。状況はまだ依然として厳しい。それでも自然と笑みが浮かぶ。戦いの前に感じた予感。それが、目の前にある。

 戦場の最後尾から一気に戦線を駆け抜け、先ほど私が膝をついたところまで来た守護の狼は、そこでようやく走る速度を緩めた。私はその背から滑るようにして降りる。すごい速度で揺られていた所為で、地面に足を付けるとふらついた。寄り添う距離にいた銀狼を支えに立ち、一度頭を振って、しっかりと立ち直す。自分の足で歩いていく。


「……」


 浄化の中心地から更に先、『何か』が雲間からの日光を受けてゆらゆらきらきらと輝いていた。

 相変わらず視線を合わせようとしても上手く合わない。でも、その手前にいる『それ』はしっかり見えた。ごろりと大きな氷山のようなものを鼻で押し、『何か』から少し離れた場所に移そうとしている。『それ』の周りを、暁の風と似た大きさの鳥が、まるで『それ』に何か話しかけているかのようにばさばさと飛んでいた。


「……トゥーレっ!」


 逸る気持ちを抑え、一歩ずつそちらに向かいながら、私は呼ぶ。

美しい翠竜がこちらに首を向けた。

私の知る幼馴染とは全く異なる姿の『それ』。だが、こちらを向くと彼は笑った。笑ったように、見えた。


「……リチェ」


 ゆっくりと、確かめるような発音で、呼ばれた。

あぁ、やっぱりそうだ、と私も笑う。笑いながら、込み上げてきたものに嗚咽がこぼれた。胸を何度か痙攣するようにして息を吐き出す。じわりと涙が浮かんだ。視界が揺れる。手の甲で拭う。それでもさらに湧き出てくる。


「クリスが話したいって言ってた。セシルも。私も話したい。……でも、それや、あっちをどうにかするのが先だね」

「うん。僕も話したい。……そうだね」


 分かっている、という風な返事は、音ではなく守護の狼と話す時のように、直接心に届けられているように感じた。だからか、懐かしいあの頃の彼の声そのままのように聞こえた。穏やかで温かく、優しい。相手を包み込むような、そんな記憶の中の幼馴染そのままの、声だった。

 私が、それといった大きなものを彼は見る。水晶のような硬質な結晶。周囲に今も飛ぶ祈りの光を映し、輝いている。弱まったもののまだ降り続けている雨に濡れ、光を乱反射する、大きな、大きな、『欠片』。その中には、たくさんの人たちが目を閉じ、眠っていた。私たちがずっと探していた被災者たち。ここから全ては確認できないが、おそらく全員いるのだろう。そんな人数が『欠片』の中にいた。


「ここに人を来させていい?」


 『それ』……翠竜の形をしたトゥーレの近くまで来れば、見上げる。大柄な馬よりもう二回りは大きい。未知の形をした存在。なのにその眼差しや纏う気配から怖いとは感じなかった。私は、その背の向こうにある『何か』をちらりと見てから問う。


「うん。そうして。この人たちを保護するんでしょ?」

「えぇ。そのためにたくさんの人たちが待機してる」


 私の隣に並んだ暁の風の、更に向こうに翠色の鳥が降りてきた。問答無用といった勢いでその鳥は守護の狼に頭を擦り付ける。一瞬躊躇った後、暁の風も同じようにしてその鳥を確かめる。じゃれ合うように何度も、何度も。その姿に目頭が熱くなる。あれは、やっぱり暁の風の妹だ。トゥーレと同じ時に居なくなった、もう一頭の守護の狼。夜闇の風。


「夜闇、ここを頼める?」


 トゥーレの言葉に、大きな鳥が喉を反らし高く鳴く。


「暁も、ここをお願い」


 私の言葉に守護の狼がこちらを向いて、ぐる、と短く鳴いた。

私は右手を上に向けて、呪文を唱える。ほんの一瞬の、溜め。一度大きな『欠片』を見つめ、目を細め、それから呪文の最後を発音して、完成させる。


「光よ」


 この呪文を私はこの人生で何度唱えるのだろう。

 私の手のひらから、光の珠が生まれた。そのまま空に打ち上がる。

一つ、二つ、と重ねていって、五つ。被災者を確保したという合図。


「……トゥーレ、あれを片付けるの手伝って」


 打ち上がった光弾を見上げ、一つ息をつくと、私は翠竜に言う。


「もちろん!」


 明るい声が返ってきた。そうして。


「乗って」


 言われた言葉に私は満面の笑みを浮かべる。そういえば、子どもの頃読んだことがある。竜に乗って空を飛ぶ者の話。武勲詩よりさらに前に憧れた、子ども向けの絵本。冒険譚。

私はトゥーレ自身に手伝われながら、その背へと上がる。鳥のものとは違う翼の前、長い首よりやや後ろに腰を落ち着けた。手綱なんてないから、首にしがみつく。「大丈夫?」と問われて即座に「うん」と返した。背後でばさりと大きな音がする。横を向けば、翠玉色の大きな翼が広がっていた。


「……飛ぶよっ!」


 大きな翼が、風を生む。地面に打ち付けられた風が跳ね返り私の髪を、マントをなぶった。巻き上がる砂を感じて目を閉じる。


 ほんの一瞬の、間。


 下方から大きな歓声が上がった。

その声に、目を開ける。地面が遠ざかっていた。見下ろせば、たくさんの人たちがこちらを見上げていた。


「行こう。この戦いを終わらせるのよ……っ!」


 翠竜は私を乗せて、黒き竜へと向かって飛ぶ……!

 





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