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探求者  作者: あきみらい
最終章 選びとるもの
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選びとるもの31


 カーン、カーン、と一定リズムで村の教会の鐘が鳴っている。

それに、リーンドーン、と王都の神殿の鐘の音が低く重なっていた。

どちらも戦闘の音に紛れるように、聞こえない時も多い。それでも、ずっと鳴っている。続いている。


 巨竜との戦闘をセシルとガルドに任せた私は、彼らから少し距離をとった場所で、魔素溜まりより今も這い出てくる小型竜の魔物を屠る。そうしながら呪文を唱え、自己強化を重ねていく。敏捷性、攻撃力、防御力の強化、視力と聴力の補強、強化版の探査の魔法、そして、痛覚の遮断。体温が上がっていくような錯覚と、知覚するものが増えたことによる負荷。再びズキズキと脈打つような頭痛を、最後に唱えた魔法が無理矢理抑え込んだ。それでも残る違和感は無視を決め込む。


「遅くなった」

「ううん。私も今、準備ができたところ」


 私の横を掠めるように走ってきたヴィンスが、そのまま一度右に駆け抜けて、数体の魔物をなぎ倒した。彼が来たことで出来た空白の時間に、私は大きく息を吐き出す。雨に濡れて額に張り付いた髪を払う。


「援護します……っ!」


 背後から聞こえたのはさっき伝令を頼んだ騎士のルノーだ。その声の直後、だだっと音を立てて前方の魔素溜まりから出てこようとした魔物に矢が射かけられた。通常の矢と違いほんのりと光っている。


「デュアンさんから聖弓を預かってきました!」

「ありがと! かなり動くわよ。当てないでね!」

「もちろん!」


 聖弓。言われてやっとそんなものもあったなと思い出した。前世代の人たちが残してくれたものの一つだ。聖女グレンダがその力をもって祝福した弓。聖騎士養成校で私にもたくさんのことを教えてくれたイーブン教官の遺品だ。あれであれば、弓でも無形の魔物を攻撃できる。普段は養成校に保管されている古い弓は、いつでも使えるように整備されているとは聞いたことがあったが、それがこんな形で出てくるとは思わなかった。


 小型の魔物の数は減っていない。

魔素溜まりに接近しているため、私の周りには騎士たちはいないが、ほんの少し後ろでは今も戦闘が続いている。視界の端では、魔素溜まりを別方向から囲み、魔物の流出を止めようとしている部隊の戦火も広がっている。聖騎士一人に聖弓を持たせた騎士一人、現状その二人を私の護衛に割り振ってくれるために、周囲はかなり頑張ってくれていることだろう。

 ならば、少しでも早く私も仕事をしよう。この規模の魔素溜まりだ。場合によっては何度も特攻をかけるようにして浄化を繰り返さねばならない。養母の残してくれた薬酒はまだ数瓶手元にある。それを飲みながらとして、何度ぐらいなら行えるだろうか。

肺の中の空気を一度全て吐き出すつもりで、もう一度深く呼吸する。胸と肩が上下する。もう一度、そして、もう一度。


「……光よっ!!」


 息を吸い込み、止めて。己を鼓舞するように叫ぶ。

左手を剣身に当て滑らすようにして、剣を構える。

錫杖の形にはしない。したら戦えない。このまま、聖剣の状態で法具として使う。

 左手が当たったところから、剣身が光を帯び始める。普段剣圧を使う時よりも強い光だ。呼応するように左腕首にある腕輪も光を纏っている。そこから何か温かなものが流れ込んでくるような不思議な感覚に、自然と苦笑が浮かんだ。死してなおこの世界を、この地を、そして私を守ろうとうする養母の愛の深さに、らしいなと思った。


「……始めるわ。……クリスっ!!」


 今も戦闘による喧騒は続いている。クリスやセティ、それに司祭たちが待機しているのはかなり後方だ。叫んだところで他の戦闘音に紛れる可能性が高い。

 私は合図として、光を増した剣を高く掲げる。通常なら見えないかもしれないが、今のこの剣であれば距離があっても見えるだろう。

 ヴィンスが私の隣に戻ってきた。二振りの剣を構え、いつでも動けるよう身構えている。多分、背後ではルノーが聖弓を構えているだろう。さっきは軽口を叩いたがどんなに私が無茶な機動をしても彼が誤って私に当てることはないだろう。


 十、九、……。

剣を掲げたまま、心の中で数える。口の中では詠唱を始める。


 六、五、……。

攻撃が止まっているのを察知したらしい魔物が集まり始めていた。視界に重なる光点の数に唇を舐める。


 カウントが残り二まで来た時、私の前に光の盾が現れた。私は守護盾の呪文を唱えてないから後方から司祭のゲイルが出してくれたのだろう。あちらだって戦闘中で相当きついはずなのに。


 そうして。

目の前が、眩くスパークした。

私はそれと同時に駆け出した……!


「……風よ、光よ、我に加護を……っ!!」


 淡い光が私を包み込んだ。剣を構え、一直線に魔素溜まりへと走る……!


 遅れて地響きに似た爆発音と、爆風が来た。白塗りになった視界に色が戻る。赤い。炎が私の前の魔素溜まりの一部を焼いている。否、そこにいた魔物を焼いている。


 走りながら、韻を踏む。喉を開け、呼吸も忘れてその古き儀式の音を辿っていく。


 仲間を盾に掃射を免れた魔物が炎の向こうから這い出てくるのを見た。その視線がこちらを向くのを感じた。無視して私は走っていく。背後から飛んできた光を纏う剣圧と矢が、私の道を切り拓いた。


 ……私の詠唱に、何かが、重なった。

 祈り? 鐘の音。光。背からの何か。

 そして。

 前方からの――……


 まだ燃えている魔物の死骸を飛び越え、炎の中を突っ切り、魔素溜まりの暗がりに踏み込む。一歩ごとに視界が暗くなる。体が重くなる。肌が粟立ち、痛覚遮断したのにあちこちから鋭い痛みを感じた。本能的な恐怖が私を襲う。圧し潰されそうになって喘ぎそうになるのを耐え、最後の音を発し……。


 大地に、聖剣を突き立てた。


「――…… 

 ここは生あるモノの場所。

 風とめぐり、水に育まれ、

 火に教えられ、地へと還るモノたちの場所。

 闇に許され、光に守られ、

 健やかなる命のための場所。

 光よ、この地を照らせ。祝福を……っ!」


 ……どこかからか、声が、重なった。


 聖剣と、私の左腕から、ぶわりと光が噴き出した。


 光の奔流。

ひどく眩しくて、だけど、目を射ることもない浄化の光が、周囲を白く染める。

明らかに私の浄化だけではない勢いで光が満ちていく。



 かくん、と、視界が一段階落ちた。剣の柄に置いた両手が上に取り残される。左膝が地面に着いた。

 視界がゆっくりと戻っていく。私の周りには空白地帯。そこにいた魔物も魔物の死骸も浄化され、強制的に光に解かれた。だが、まだ向こうには魔素溜まりの暗がりが依然として残っている。戦闘音も続いている。視界の端、あの大きな黒い竜が光を浴びたのかもがいている。より一層激しく暴れている。まだ、魔物がいる。想定よりもかなり広く浄化は出来たように思うが、まだ戦闘は終わっていない。立たねば。なのに体が言うことを聞かない。勢いで深くまで突っ込み過ぎたか。だとしてもどうにもできない。


 ぐい、と、体が後ろに引かれた。

まるで縫い付けられたかのように握りっぱなしになっていた聖剣ごと、後ろに引き抜かれる。


「……やっぱり我がいなければダメじゃないか。世話が焼ける……っ!」


 接触したところから聞こえた悪態に私は笑う。


「暁、ありがと」


 私を回収して、あっという間に仲間たちの元へと戻した守護の狼は、ふん、と、鼻を鳴らした。


「……それより、リチェ、気付いているか?」

「えぇ」


 無理矢理魔素を吹き飛ばした先に、きらきらと周りの光を反射させて煌めく、歪み。

『何か』から、漂う、胸を打ち、泣きたくなるような気配。


 その向こうにいる誰かと呼応するように、腕輪が同じ色に煌めいた。





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