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探求者  作者: あきみらい
最終章 選びとるもの
209/217

祈りの鐘1


 教会の中は、やっと落ち着きを取り戻していた。

少し前まで、準備のため沢山の指示が飛び、多くの人たちが慌ただしく動きまわっていたが、それもそろそろこなし終えたようだ。避難している者は、主にこのモーゲンの村に住まう女性や子ども、年寄り。外には普段は農業などを営みながらも、いざという時は戦えるよう備えてきた、その伴侶や家族たちが武器を手にしてこの教会を守っている。その向こうには王都から応援にきた騎士団や魔導士たちが、そして、更に向こうには私の妹であり聖騎士であるリチェたちが、戦いに臨もうとしていた。


「エマ」


 呼ばれて、振り返った。

もし外にいる人たちが魔物たちに負け、この教会に立てこもらなければならない事態になった時に備え、準備していた数日分の食料の前から、立ち上がる。村の食堂を営んでいる私と娘を中心に、村の女性たち皆で用意したものだ。


「そろそろ始まる」


 声をかけてきたのは、前村長のジョイスだった。もうすぐ七十歳。私の夫デュアンに村長職を継いでから三十年近くになる。夫や養父のような分厚い体付きではないが、それでも上背があり鍛えられていて頼もしかった彼も、今は杖をつかねば歩けぬ老人だ。若い頃とは違い、笑うことが極端に減った彼だが、村人たちを優しく見守る眼差しは今も変わらない。

 そんな彼に促されて、教会最奥の大きなガラス窓に視線をやる。普通なら祭壇があり何かを祀るだろう場所に、この村の教会は大きな窓があって、その向こうに湖がある。なぜそうなっていたのかを私が知ったのは大人になってからだ。この教会が祀るべきものは、あの湖。そしてその真ん中に安置されている聖杯だ。ただ、四十年前のあの時もこの場所が特別な場所であることは、子どもながらに感じていた。


 ガラスの向こう、湖の水が空へと昇っていく。

ほんの少し間があって、ぱたぱたと地面に大きな雨粒の痕が付き始めた。そのまま『雨』が強くなる。

やがて、その『雨』は淡く光り出し、外は光に覆いつくされた。


 私たちは、教会の中でその光景を、見つめていた。

光の慈雨。養父母たちのことを、四十年前のあの時のことを、謳った武勲詩にはそう表現された。今、私の隣で同じようにガラス越しに空を見上げているジョイスと、その伴侶である今は亡きリリスの結婚式に、養母が起こした一つの奇跡が、今、目の前で再現されていた。

 村の周囲……かなり広域に降ったその光の雨が止み。そうして、何か説明の言葉が思いつかないような不思議な揺れがあった。教会の中で小さな悲鳴があちこちから上がる。それでも大きく取り乱す者はいなかった。予め教えられていたのも大きいし、何よりも四十年前のあの戦いを覚えている人が多いからだろう。ふと、視線をやれば、ジョイスはどこか悔しさや悲しみを湛えた表情をしていた。


「……ジョイス。そんな顔をしないで」

「……」


 深く憂いを刻み込んだ二代目村長がこちらを向く。私はそっと微笑んだ。


「四十年前のあの日、ジョイスは私たちのために戦ってくれた。それを私は覚えている。今はデュアンたちが戦っている。それはあの時ジョイスが私たちを守ってくれたからできていることなのよ」

「……そうそう。兄さんは背負いすぎよ。ほら、私たちはここで見ていよう。あの子たちが立派に戦う姿を」


 私の言葉に相槌を打つように、ジョイスの向こう側からも声が聞こえた。覗き込めば最前列のベンチに座ったリンが見えた。ジョイスの妹のリンも、あの時のことを覚えている一人だ。ほら、座って、と、リンがジョイスのために少しずれる。私は足が悪くなっているジョイスが転ばぬよう、腰を下ろすのを横から支えた。


「……ジョイス。リチェがね、言っていたの。トゥーレを見つけたって」


 支えるために寄り添ったその距離で、私は今朝妹に告げられたことを口にする。まだ、内緒だよと妹は言ったけれど、それでもずっとトゥーレを見つけられなかったことを悔い、背負い続けていたジョイスには教えたかった。

 ジョイスのこげ茶の目がこちらを向いた。大きく見開いた目が、本当かと問うていた。

 トゥーレのことがなかったらきっともっと長くこの村の長をしていただろうジョイス。あの日少年が居なくなってまもなく、ジョイスはその責任を取るようにしてデュアンに村長の椅子を譲り渡した。そうして彼はトゥーレを探して何度も旅に出た。ほんの僅かでも手掛かりになりそうな話を聞けば飛び出していった。彼の妻リリスや子どもたち、そして村の皆は、そんなジョイスを止めることも出来ず、ただひらすらに見守ることしかできなかった。彼は、当時の責任者としてあの事件以降の人生のほとんどを、失踪した少年を探すことに費やしてしまった。


「まだ連れて帰れないだろうけれど、でも見つけたって。今日、あの子はきっとトゥーレともう一度会うためにも、あそこで戦っている」


 私はジョイスにそっと微笑む。


「リチェは諦めなかった。だから見つけられた。……それは、きっとジョイスがずっと諦めないでくれたから。ジョイスが、トゥーレは絶対生きてるって信じて背負い続けてくれたから、リチェも諦めずにいられたの」

「そう、なのか?」

「えぇ、きっと」

「そうだよ、兄さん。兄さんは頑張った! だから今日はここでリチェたちを応援しよ」


 逆側からリンが年老いた兄を抱きしめた。その目にうっすら光るものがあるのを見つけ、私も頷いて見せる。

 顔を上げれば、ガラス窓の向こうが暗くなり始めていた。四十年前、神樹が空を覆った時よりは明るい。妹はあの時の闇の怖さを覚えていて、だからこそ昼間、視界が確保できる状態で戦うことを選んだ。それでも、集まり来た魔素は空に嵐を呼び、周囲を暗くして風や雨を戦う者たちに打ち付けている。


「ウィノナ、鐘を鳴らしてちょうだい。手が空いている人たちは皆で灯りを送りましょ! 星送りの時と同じように光の魔法を湖やその周りに飛ばして、外の人たちを応援するのよ」


 パン、と手を叩いて教会の中にいる皆の注目を集める。現村長であるデュアンが外で戦っている今、ここをまとめるのはその妻である私、エマの役割だ。


「……鐘を鳴らすのは俺がやろう。あれは女性が何度もやるには力が要るからな」


 一度は座ったジョイスが杖を頼りにゆっくりと立ち上がる。それを隣にいたリンが一緒に立ち上がって支えた。私の方を向いて頷く。私も頷き返した。




やっとジョイスの話をだしてやれました。

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