選びとるもの29
私に出鼻をくじかれた魔物は、後方に跳んだ。
肩で息をする私の横を三筋の光が駆け抜ける。
私は腰のポーチから体力と魔力のポーション瓶を引き抜くと呷った。中身のなくなったそれがしゅんと小さな音を立てて消えた。背後から私に駆け寄ったヘレナが、詠唱を開始する。断りも入れずに私の背に手を当て、あまりに重過ぎる負荷がかかった腕や肩などを治した。痺れ鈍く感じていた痛みが引いた。
「ありがと」
「はいっ」
無理するなと彼女は言わない。あの場において、あの攻撃を受けられるのは最も防御に優れていた私しかいなかった。だから私は皆の前に出たし、ゲイルも私の前に省略なしの詠唱で最大硬度の守護盾を展開した。
ちらりと一瞬だけ視線を向けて、礼の言葉を言う。そうして、先に行った三名の聖騎士の方を向いた。
目の前では既に戦闘が始まっていた。一番初めに出てきた個体に、セシルが、ガルドが、ヴィンスが、攻撃を仕掛けている。
「竜……」
誰かが呟いた。
古い伝承や物語の中にだけ時々現れる、大きなトカゲのような生き物。その巨体に見合うだけの力を持った存在。龍や竜とも呼ばれるそれは、伝説上の生き物であり実在はしていないはずだった。今、目の前にいる魔物はそう呼ぶのに相応しい形をとっていた。
黒々とした表皮は、以前に戦った葉の魔物のように無数の管で構成され、今もぎゅるぎゅると蠢いている。馬のように長い首は太く、頭部は鰓張っている。一方胴体は重心が低い。四肢は短く逞しい。そして長く鞭のようにしなる尾が、その巨体をより一層大きく感じさせていた。
先ほど私に突っ込んできた個体は小屋ほどもの大きさがある。それ以外も、大きさこそは違えど似た形をとった魔物が何体も闇から這い出してきている。
「大きなものは聖騎士がやるっ!! 他の者は他の個体を! 必ず一人で対峙するな! 複数で当たれ!!」
「はっ!」
「はいっ!!」
ここにいる調査隊のメンバーは、この時代において数少ない無形の魔物との交戦実績を持つ者たちだ。以前の、葉の魔物の時に、どう攻撃したらダメージが与えられるのかを実際に戦うことで会得している。形は違うが彼らなら大丈夫だ。
「クリス、先に中型を倒す援護を! まだ魔素溜まりの中にいるっ! セティ、光弾を三つ!」
「了解っ」
「はい!」
老魔導師の落ち着いた声が詠唱を始める。指示を聞いた魔導士少年が即座に光弾を空へと打ち上げた。上空の黒い雲、降り出した雨の中、連続して三つの眩い光が魔素溜まりの上空に上がる。交戦開始の合図だ。ギリギリまで確認は行ったがまだ救出すべき被災者たちの姿は見つけられなかった。これ以上判断を遅らせると待機している者たちにも被害が出かねない。
セティの光弾よりやや赤みがかった光弾が一発ずつ、湖の逆側や側面など数カ所から上がった。了解の合図だ。これで魔素溜まりから他の方向へと這い出た魔物たちは、そちらに配置された騎士や魔導士たちがなんとかしてくれることだろう。
私はあえてまだ戦闘に加わらず、代わりに目を凝らす。探査の魔法の精度を意識して上げ、魔素溜まりの奥を見る。魔素溜まりの向こう側で動き出した騎士たちを示す光点に惑わされそうになりながら、よく観察する。いっぺんに多くの情報が流れ込んでくる負荷で、ズキズキとこめかみの辺りが痛んだ。
「ルノー!」
「ここに!」
「本部へ通達。特大一、大型二、中型四十前後、小型不明。特大はこちらで引き受ける。要請があるまでこちらには援軍不要。大型一は村の方に流して。デュアンに任せろ、と」
「はっ」
若く、調査隊内でも特に身軽な騎士は、私が伝えたことを全て復唱すると、即座に駆け出した。戦場となり始めた魔素溜まりの方向ではなく、その横を添うようにして、村の教会の向こうへ。騎士団長ダリオンが総指揮をとっている本部は村の入り口の向こう側にある。普段なら湖があってここからは直線では行けないが、ルノーは水のなくなったそこを走っていく。
「……」
私は一度探査の魔法を解除した。ずきんずきんと脈打つ痛みが少しマシになる。まだ近くに待機していたヘレナが心配そうな顔でこちらを見ている。私は剣を一度地面に突き刺し、両手で乱暴にこめかみの部分を揉み解した。
「大丈夫。ヘレナは温存を。あなたの戦いはこの後よ」
「はい。……御武運を。あなたにいつも良き風が吹きますように」
剣をもう一度手に取る私に、女司祭が祈る。その、お約束なまじない言葉に私は笑む。
養母もよくその言葉を口にしていた。日常のちょっとした送り出しにも、誰かが戦いに出る時にも、門出の時にも。そして、私に祝福を与えた時にも。
「任せておいて!」
剣を軽く一度振って、ついでに頭痛を振り払うように頭もぶるると振る。長い髪がその動きに引かれて舞った。私は先に戦っている三人の聖騎士たちの方を向く。酷く圧されているわけではないが、相手が大き過ぎて戦い辛そうだ。これはきっと長引く。
「ちゃっちゃと倒して皆でご馳走を食べましょ!」
私の声が聞こえたらしい隊員たちから、「おう!」とか「楽しみだ」なんて声が上がった。
私は左手をヘレナの肩に一度置き、ぽそと、囁く。
「皆をお願い」
「……任されました!」
戦場における治癒師は、最後の砦だ。
力強く頷いた頼もしい仲間に頷いて、私は戦場へと駆けた。
明日明後日は完結に向けて残り話数一気に公開します。
明日21日(木)は、昼間11:40、夜21:40で二話。
22日(金)は、朝から順次六話公開していつもの時間21:40に最終話。21:45にエピローグを公開予定です。
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
残りあとちょっと。最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。




