選びとるもの28
凝り始めている魔素を、剣圧で吹き飛ばす。
こんな量の魔素による魔素溜まりなんて出来てしまったら、それこそ聖女でもいないと浄化できなくなってしまう。そう分かっているので、私以外の聖騎士三人も少しずつでも光を纏わせた自分の武器で魔素を散らしている。背後からも魔法による援護が飛んでくる。クリスが放ったのだろう大きな火球は、最前線にいる私たち四名の聖騎士の合間を縫い、集まった魔素の中に着弾すると爆風を巻き散らした。その熱風に曝される直前、私たちの目の前に淡く輝く守護盾が展開される。後方から私たちを見守り、支援する二人の司祭のどちらかが出してくれたのだろう。
湖の対岸側や、側面からも魔法による爆音が響き始めた。そちらに配置している魔導士たちが動き始めたのだ。火や風の魔法であれば、私たち聖騎士の光の剣圧などでなくとも多少なら魔素を吹き飛ばすことが出来る。
私は汚染されぬギリギリの位置で剣を使いながら、中心へと目を凝らす。魔物の気配もだが、そこにあるはずの『何か』と、そして『何か』の向こうにいた者たちがこちらに戻すと言っていた被災者たちのことが気になっていた。
あちらにはトゥーレと思われる存在がいた。そして私に反応し衝撃をくわえてきた何者かを、彼は認識していた。もしあれが本当にトゥーレなのだとしたら、魔素が溜まり始めているこの状況下に、無防備な状態で彼らをこちらに返すだろうか。分からない。彼の性格なら何らかの配慮はしてくれそうに思うが、でも、彼がこちらの世界からいなくなったのはもう何十年も前であり、その時の彼は今の私たちとは違い、まだ子どもだった。今の私の中にあるトゥーレの像は、不在だった長年の間に理想化され歪められてしまっているかもしれない。
「リチェ!」
「えぇっ ここまでね……っ」
視界に映し出されている光の点に意識を戻す。探査の魔法。溜まりゆく魔素の中にいくつも大きな輝点が出来始めている。これ以上は危険だ。
出来る限り散らしたものの、それでも相当な量吹き溜まった魔素は、文字通りその場で巨大な魔素溜まりを作った。
それでも、元はなみなみと聖水を湛えていた湖の底であり、更にその聖水を使って浄化した直後という特殊な条件下は、事態を少しでも軽減しているのだろう。少なくとも人工的に作られた湖の底は長年に堆積した砂はあるとはいえ足場としては障害物も少なく、この後の戦いにおいて少しは意味のある準備となるはずだ。
「ガルド! ヴィンスっ!!」
「あぁ!」
「はいっ!」
最前線でその光の祝福を持って魔素を散らしていた聖騎士全員が、ばっと暗がりから距離を取った。
私たちの背後から、上空高くへ光弾が撃ち上がる。ほんの一瞬遅れて、私たちがさっきまで居たところにダメ押しのような火球が投じられる。距離を取ったことにより減じた爆風が、それでも私たちのマントや髪を後ろに強くなびかせた。
「……くるよっ!!」
背後で騎士たちが、ざっと身構えた気配を感じた。見えている輝点は複数。そのうちいくつかはとても大きい。それがこちらに戻された被災者たちとは思えなかった。湖を干すなんてことをして確保したこの場には、私たち以外の生物はいない。魔素に汚染され魔物化するものはいない。探査の魔法が示す輝点は、ほぼ間違いなく、大量の魔素が凝ることで生み出された無形の魔物だ。
司祭ゲイルが詠唱する声が聞こえた。先ほど光弾を打ち上げたセティも再び詠唱を始める。騎士たちが陣形を取る足音。クリスが騎士を呼ぶ声。無形相手に戦うための準備。騎士たちの武器に付与を行っているのだ。
「……っ」
上空、集まった暗い雲の中から低く体に響く雷鳴が轟いた。反射的に体がすくみそうになる。誰かが緊張に息を呑んだ音が聞こえた。視界の中、見えている光景に重なる輝点が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。私は口の中で詠唱を始める。焦る気持ちを抑え込んで一音ずつ確実に着実に発音し、韻を踏む。
ずり、と、闇の中で何かが動いた。
私の左でセシルが身構えた。右ではガルドがいつでも駆け出せるよう身を沈めた。ここからは見えない位置にいるヴィンスや、他の皆も同じように構えていることだろう。
私は自己強化の呪文を一つずつ重ね掛けしながら、ゆっくりと皆より前に出る。背中に皆の視線が集まるのを感じた。ちりちりと首の後ろに感じる本能的な恐怖に、私は負けて堪るかと口角を上げる。みんな、私についてきたのだ。私を信じて。その私が怖気ついてどうする。
闇の中にいる何かが、私を見つけた。
獣がベースになった魔物とは違う。感じるの恐怖感は同じだけど、憎しみや苦しみのようなものは感じない。感情のない破壊衝動。無形の魔物特有の気配。既存の生物と違うゆえに存在していないはずの目からの視線のようなものを感じた。
「光よ、我らが盾なる聖騎士を守れ! 守護盾っ!!」
私の前に一枚、背後から大きな防御魔法の盾が展開された。
光の盾の内側で、両足を開き低く構える。
左腕の腕輪がきらりと光った気がした。
剣を一度強く振り、構え直す。一番最後に唱えていた詠唱が終わった。
「光よ、我を守れっ 守護盾っっ!!!!」
私自身の前にもう一枚、光の盾が展開するのと。
先に展開されていた盾をその圧倒たる力をもって叩き割り、闇色の何かが突っ込んできたのは、ほぼ同時。
私の展開した守護盾が、抗うように眩い光を巻き散らした。
盾を越えて私を吹き飛ばさんとするその圧を剣で受け……。
「あぁぁぁぁっっ!!!!」
二枚目の守護盾が割れた瞬間、物理的質量をもって突っ込んできたそれを、
私は己の持つすべての力をもって振り払った――……っ!!




