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探求者  作者: あきみらい
最終章 選びとるもの
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選びとるもの25


 そうして、その日がきた。


 四十年前の神樹を具現化する時は、早朝、まだ空が暗いうちに行われた。あの時も具現化する神樹を関係者以外に見せるのかについて相当議論になったらしい。政治的な調整は間に合わないと踏んだ最後の聖騎士リドルフィは、最低限以外には知らせないという選択肢を取った。その後、神殿幹部であったセドリックの働きかけにより、土壇場になって当時の王エイドリアンが民に演説を行った。王都の大神殿は早朝であったにもかかわらず、全ての鐘を鳴らし戦う者たちへの祈りとした。


 今回も人々への告知をどうするかについては、大揉めに揉めた。何度も話し合いが行われた。セシルとヴィンスから任せて欲しいと言われたから私はそれらの会議にほとんど参加していないのだが、相当酷い話合いになってたのだけは確かだろう。ヴィンスが何度もヘレナに胃の治癒を頼んでいたし、セシルも食事量が減っていた。あの後エレノアには会っていないが、彼女は大丈夫だろうかと私はこっそり心配していた。

 そんな彼らの尽力の甲斐あって、女王エレノアの名の元、民にある程度の開示を行うことが決定した。四十年前と同じように王都大神殿や各街の鐘を鳴らし、戦う者たちの無事を祈るという。


 今回、そこまでして告知を行うことにしたのは、理由がある。

前回のように夜間からの戦闘が出来るほど、私たちの世代は戦い慣れていないのだ。対人であればまだなんとかなるだろうが、今回は出現数が激減して久しい魔物を相手にしなければならない。昼間の戦闘となれば、どうしても隠し通すのは難しくなる。

 他にも、救出した者たちについてどう発表するかなど、あれやこれやとある諸問題を全て解決するために、エレノアは隠すことよりも公にすることを選んだのだ。




 私は、モーゲンの湖畔で空を見上げていた。


 作戦開始までもう少しだけ時間がある。

さっきまでまだ暗かった空は良く晴れていて、風もほどよい程度に吹いている。朝特有の眩い光を浴びながら、ただ、静かに呼吸する。

 腕には、乳白色にほんの一滴だけ春の若芽の色を垂らしたような、淡い色合いの腕輪が光っていた。翡翠か何かの鉱石で作られたかのような見た目なのに、その腕輪はほんのりと温かかった。とても不思議で他に感じたことのない感覚なのに、なぜかほっとするような安らぎを感じる。


 昨日、この場所で戦うための、最後の準備を行った。

 モーゲンの湖の中央には、亡き聖女の置き土産である聖杯が眠っている。知る者はけして多くはない、その至宝を戦闘中どう守るかは、最後まで私たちの頭を悩ませた課題だった。唯一無二のレプリカではない聖杯。万が一にも損なわれるわけにはいかないそれを、戦闘中どこに保管するか。大神殿にするのか、それともモーゲンの教会か、はたまた王城の宝物庫か。モーゲンから移す場合は今回の件が終わった後にまたモーゲンに戻せるのか……などなど。政治面も考えると面倒臭いことこの上ないこの問題は、意外な形であっけなく解決した。その解決方法を提示したのは例によって精霊ミリエルである。


「形を変えてリチェが持っていればいいんじゃない?」


 なんてこともない風に言われた言葉に、その場にいた私とクリスはぽかんと口を開ける羽目になった。慌てて確認してみると、ミリエルが言うには聖杯は聖女の力の結晶であり、本来は形など持たないなのだから、やろうと思えば好きな形に変えられるのだという。ただ、誰もが形を変えられるわけではない。「私ならできますが」と涼しい顔で言い切ったミリエルに、私とクリスはもう一度言葉を失うことになった。……なんとなく、実はミリエルはかなり聖女であった養母に執着していたのではないか、なんて思ってしまった。

 聖杯の存在を知っている女王と神殿上層部、それに聖騎士たちとクリスとミリエル、というかなり偏ったメンバーで話し合いを行い、最終的にミリエルが言った通りになった。作戦前日に湖から聖杯を回収し、携帯できる形にミリエルに変形させて、私が身につける。何人かはこの上なく渋い顔になっていたが、既に聖女から託された錫杖を持ち、聖女の祝福まで得ている私が持つ以上の案を出せる者はいなかった。

 

「リチェ」


 呼ばれて振り返る。私と同じ聖騎士の騎士服を身に纏ったセシルがそこにいた。真直ぐに見つめるその瞳に、私は微笑む。


「湖の水が減ってるとちょっと変な感じするわね。なんだか、あの時を思い出すわ」

「……そうか」


 四十年前もこの湖から水がなくなった。具現化した神樹により吸収され、湖は一度空っぽになった。あの時、私が見たのは神樹が切り倒された後の、何も無い湖の底に、またゆっくりと水が貯まっていく光景。

 昨日、聖杯を回収する時に上流側の水門を閉じた。その時から湖に水は流れ入っていない。下流側は開けたままだから、ゆっくりと減っていっている。この後、あの樹から真直ぐ湖の中心に向かった辺りで『何か』を呼ぶ。

 『何か』がクリスの言う通りあちら側からの覗き窓なのだとして。今回、百二十人もこちらに戻すためには相当な大きさの窓が開くことになるだろう。似た記述を探したクリスは、養父母たちが神樹の若芽を見つけた時に遭遇した歪みが、今回の現象に最も類似しているのではないかと言っていた。その場合の影響を考慮すると、いかに村外れとは言え、樹の場所は村の中心から近過ぎたのだ。


「……心配?」


 露わになった水底をなんとなく歩いていく。何も言わずについてくる彼に問えば「そうだな」なんて返事が返ってきた。予定の場所よりかなり手前で立ち止まった私は、くるりと彼の方を向く。この後の最後の準備できっと水は全てなくなるが、今はこの先はまだ水がある。


「信じてる」

「あぁ」


 数歩の距離で立ち止まり、私を見ている彼に手を伸ばす。真直ぐ目を逸らさない彼は、私をしばらく見つめた後、私の手を引いた。素直に引っ張られた私は彼の胸に飛び込むようにして目を閉じる。ゆっくりと背に手を回す。あの晩とは違う、力任せではない抱擁。彼の腕の中でその温もりを確かめるように身じろぎする。


「お前の背中は俺が守る。今度こそ」

「うん。私をこっちにちゃんと繋ぎとめていて」


 私の腰のポーチには今もあの『欠片』が入っている。本当にどうにもならなくなったら、その時は使うとセシルには伝えた。でも、使いたくない、とも。


「……セシルのことも、ガルドやヴィンスのことも、他の皆のことも信じてる。この件に関わる皆と、全部終わらせた後、ご馳走を食べるのよ。美味しく食べるためには、ちょっと頑張らなきゃね」

「酒はほどほどにしろよ?」


 敢えてそんな言葉を出す私に、セシルがお小言を言った。けらりと笑って、私は肩を竦める。


「横で見ていたらいいわ。飲み過ぎそうになったら取り上げたらいい」

「あぁ。そうすることにしよう」

「……ねぇ、セシル」


 ん? と問う吐息が落ちてくる。


「なんとなくね。この件が全部終わったら、なんだか、とても楽しいことが待っていそうな気がするの」


 私は、上手く言葉に出来ないけれどずっと感じている感覚を、そんな風に口に出してみる。セシルは、少し意味を探るような間を開けてから、そうか、と相槌を打った。楽しいことがが何なのかは問わなかった。多分、私も上手く説明できないのを察したのだろう。そういうことができるだけ、ずっと一緒にいた。そんな彼だから、打ち明けられた。


「……楽しそうだからって、またいきなり一人で走って行くなよ? イノシシ女」

「なら、ちゃんとついて来てよ。私を一の聖騎士にしたのはあなたでしょ」


 ふん、と、鼻で笑う音に、顔を上げる。いつもと同じ、真直ぐだけど少し皮肉っぽくて、それでいて真剣な目がこちらを見ていた。


「しょうがないから、付き合ってやる」

「ありがと」


 私は本の少しだけ背伸びする。近づく彼の瞳に私が映っていた。触れ合う直前に瞼を下ろすと、祈るようなキスが額に、両瞼に、そして唇に落ちてきた。一度離れて、もう一度確かめるように唇が重なる。


「……続きは終わってからだな」

「今夜はお互い疲れ切ってそんな余裕ないわよ」

「そいつはどうだろう」


 悪戯っぽく笑った男に、私はもう一度噛み付くようにキスをした。




腕輪のことが中々降りてこなくて、このシーンを書くだけで三日かかりました(汗)

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