選びとるもの22
その日の午前中は着実に終わる作業を片っ端から片付けて行く。問題点や手のかかることを後回しにしたいわけではないのだが、少しでも背負い続けるものは減らした方が身動きがとりやすくなる。
上級司祭のルカには、光の慈雨の再現についての件を持ち帰ってもらった。神殿でも幹部の一人となっているルカだ。現在神殿が祀っている聖女が行った光の慈雨という奇跡の再現について、上手く神殿内部での調整を付けてくれることだろう。
なんとなく「聖女なんぞ祀るからだよ……!」と、ぶつぶつ言う養母の声が聞こえた気がした。村の食堂であの武勲詩を始めて聞かされた時も、神殿が信仰対象を神樹ではなく聖女に変えると決めた時も、養母は困惑を通り越してものすごく迷惑そうな顔をしていた。あの頃はなぜそんな態度を取っていたのか分からず、単なる照れ隠しだと受け取っていたが、今ならわかる。確かに英雄として扱われるだけでも面倒臭い。それが養母の場合は信仰の対象だ。自分のことが謳われている武勲詩を聞きながら飄々と笑っていた師匠がおかしいのだ。養母の方の感覚の方が絶対まともだ。
「村の方は大丈夫だ。任せておけ」
そんな頼もしい言葉をくれたのは、モーゲンの三代目村長であるデュアンだ。
昨夜の会議には聖騎士養成校学長のグイードと共に参加し、貴族たちが居なくなった後の戦術をメインとした会議では、積極的に発言して必要事項の確認を行っていた。モーゲンの守り手になることが決まってなかったら、騎士団の副団長辺りになっていたかもしれないと昔聞いたことがある。若い頃の師匠リドルフィのようなその分厚い体からは連想しがたいが、あれでいて戦術でデュアンに敵う者はあまりいない。年に数度ある騎士団内の模擬戦でも団体戦では、何年にもわたり不敗の指揮官として君臨していた。
朝一でクリスと話を詰めた光の慈雨による結界の重ね掛けの話をすると、彼は顎髭をわしわしと撫でながらしばらく考え、その場でざっと走り書きのリストを作り、地図にもいくつか書きこみをする。それをグイードと私、それに調査隊の中でも王都に居残ってもらっているザザが覗き込む。その書きこみ内容を見て、うわ、と声を上げたのはザザだ。
「……いつも思うんだが、あの村、でたらめ過ぎないか?」
「しかたないだろ。聖女のために作られた村だからな」
それも王族の財力を使ってリドさんが徹底的に作り込んだ場所だぞ、と、デュアンが首を横に振った。
「いや、そこだけじゃないだろ。聖女が亡くなってからもう三十年近いのに、なんで村人だけで一個小隊規模の戦力があるんだよ……」
「血は争えないからな」
げんなりした口調で指摘するザザに、デュアンがしれっと言う。
モーゲンは、前世代の最後の聖騎士リドルフィが聖女グレンダを匿うために作った特殊な村だ。ごく普通の農村に見せかけて、村を囲う柵は王城の城壁並みの結界処理が施されているし、村の中でも避難所として作られている教会は他にはないレベルでの堅牢さを誇っている。村の住人達も元騎士や冒険者、司祭に魔導士といった戦える能力を持った者たちが非常に多い。それというのも、村を作る際にリドルフィが神樹具現時に備えて村の入居者を決めていたからだ。しかも神樹を切り倒した後は聖騎士養成校の関係者も住まうようになっている。おかげで、その子世代孫世代も必然的に騎士や魔導士、司祭の資質を持つ者が多くなり、ザザが言った通りモーゲンの村の住人だけでも相当な戦力がある。まさしく、農村としてはでたらめそのものだ。
「候補生たちも上の方は予備戦力になるでしょう。リチェ、ギルはそっちの陣営に入れますか?」
「んー……村の防衛側に入れておいて。そこまでのことにはならないとは思うけど、彼が後ろ守っていてくれるなら安心できるし」
戦闘教官ギルバートについて訊いてきたのは学長のグイードだ。確かに望めば聖騎士になれるだけの実力を持つギルバートがいてくれたら心強いが、こちらには私を含め聖騎士四名がいる。候補生たちは皆、光の祝福を持っているから無形の魔物とも戦えるだろうが、それでもまだ子どもだ。後方に何かあった時に即座に動ける者がいてくれた方がいい。
「分かった。なら村の防衛はギルを中心に据えて組んでおくか」
デュアンが頷いた。顎髭で隠れた口角が上がっている気がする。私はその顔を見て苦笑いする。
「……デュアン、あなた、楽しくなってきてない?」
「何のことだ?」
しらばっくれるようなことを言いながらも笑っている。その目に子どもの頃よく見た輝きを見つけた私は緩く首を横に振る。私と同じ何かを見てしまったのだろう。グイードとザザも、やれやれといった顔をしていた。
「あんまり楽しそうにしていると、エマ姉に言い付けるよ?」
「それは困るな」
モーゲンの三代目村長デュアンが、初代村長リドルフィ並みに妻に弱いのはモーゲンでは周知の事実だ。やんちゃ坊主みたいな顔になっていたデュアンが、また顎髭を引っ張りながら苦笑する。
必要な物資やら応援に欲しい人員については近日中に返答すると約束して、デュアンとグイードは帰って行った。その背中をザザと一緒に見送って、私はつい興味本位で訊く。
「ねぇ、ザザ。実は師匠に性格が一番似てるのデュアンだったりしない?」
「……それはどうだろう」
ザザは人の顔をちらりと見てから肩を竦めた。




