選びとるもの21
翌朝、調査隊のメンバーが出発するのを見送り、私は騎士団事務所の階段をもう一階分あがる。
この後の戦いとその準備を考え、被災地の再確認に行ったメンバーも五日後には戻って来る。当初の予定より半分以下の日程に縮める代わりに、調査対象も六ケ所全てではなく近場のサイルーン奥の集落と、温泉地ポロの二カ所に絞った。救出者たちを早く元の生活に戻してやるに越したことはないが、それも全ては救出できなければ意味がなくなる。
「お待たせ」
調査隊本部のちょうど真上にある大会議室の奥で、三人の人物が私を待っていた。
「リチェ、久しぶりだね」
「えぇ。ルカ。昨夜を除くと、師匠の葬儀の時ぶりとかかしらね。あの時はお世話になりました」
「いや。……私はシエル司祭の手伝いをしただけだからね」
そう微笑んでくれたのは、神殿幹部の一人で上級司祭のルカだ。元はクリスやバーン、アレフのパーティメンバーとして冒険者をしていたこともある司祭で、モーゲンとも縁深い。今、モーゲンの常駐司祭をしているシエル司祭の弟子であり、四十年前の神樹具現化の際に村で戦いに参加していた生き残りの一人だ。
「クリス、少しは寝た?」
「……全然寝てません!」
疲れた顔をしている賢者に訊けば、本人よりも早くその隣にいた弟子のセティが即答した。ごまかす言葉でも言おうとしていたらしいクリス本人はというと、困ったように眉を下げて笑っている。師匠の言葉を遮ったセティはというと怒った顔を作っている。その様子をルカがどこか懐かしそうに眺めていた。
「もう若くないから完徹はダメですっていつも言ってるのに……。リチェさんもちゃんと寝てますか? 護衛任務中、俺とかに寝ろって言うくせに自分は寝てなかったでしょ」
「あはは……。昨夜はちゃんと寝たから大丈夫よ。久しぶりに熟睡したわ」
バレてたか、と苦笑すると、セティに「ダメですよ!」と注意された。魔導士少年はどうやら日頃この調子で師匠の睡眠時間を守ってくれているらしい。熟睡したという私の顔をじっと見つめ、確かにすっきりした顔をしていると納得したらしい。重々しく頷いてくれた。
「そうしたら、クリスに昼寝をさせるためにさっさと始めてしまいましょ」
「はいっ」
セティがはきはきと返事をする。さぁやりましょうという風に壁のボードに貼られているモーゲンの地図の前へと彼は移動する。この場に居る誰よりもやる気に満ちているのに、頼もしいというより微笑ましいのは、彼がまだ私の胸ほどまでしか身長が伸びていない少年だからだろう。
「そういえば、セシルは?」
「貴族の相手してる」
クリスに訊かれて私は肩を竦めてみせた。その一言で納得したらしいクリスが、そっか、と苦笑する。
今朝は朝食を取るところまで一緒だったセシルだが、その後は互いに自分の役割を果たすべく分かれた。私は戦場になるモーゲンの守りをより強固にすべく、昨日クリスに話した案について具体的に詰める会議に。セシルは女王エレノアの補佐役として、貴族や商業ギルド、それに王都城下町各地区の代表など相手に、どこまで今回の件を告知するかや、予算について詰めてくると言っていた。確かにそっちは私向きではない。四の聖騎士ヴィンスが戻ってきたら交代してこちらにくるとのことだが、ヴィンスが戻るまでにはまた数日かかる。多分、三の聖騎士ガルドの方が先に戻ってくるだろう。
「それにしても、セティ、楽しそうね」
どこかウキウキとした様子で、この四人だけの話し合いの書紀役を務めるべく筆記用具の確認をしている少年に指摘すると、いい笑顔が返ってきた。
「そりゃそうですよ! だって、師匠から何度も話してもらった光景をこの目で見られるんですよ!あの武勲詩にも出てくる、光の慈雨!」
感極まった様子で力説された。おまけにその場で武勲詩のその部分を謳い始める。まだ声変わりが始まっていない少年特有の、透明感ある声が広い会議室に響く。何気に上手い。伴奏がないのに、きっちり音もリズムもしっかりとれている。
「……上手いね。次から、私じゃなくてセティが広場で歌えば良くない?」
「なんでですかっ」
リチェさんが歌うから意味があるんでしょ、と少年に言い切られて、助けを求めるように大人二人の方を向けば緩く首を横に振られた。
「とりあえず、手順と範囲の確認をしてしまいましょう」
ルカが話を進めた。
そうね、と頷いて私は指に光魔法を纏わせて地図をなぞっていく。指が辿ったところに光の線ができた。色鉛筆と違う点は、光っている部分が浮き出ているように見えることだ。私はその見た目にちょっと満足する。
「四十年前におばちゃん……聖女グレンダが降らせた光の慈雨による結界がこの部分。こうやって見ると本当に広域ね。シェリー先生もすごいわ。おばちゃんもすごいわ」
「そうですね。村全体どころか、村の外の牧草地の方までカバーしてますね」
「湖の水、半分ぐらい降らせていたからねぇ。シェリーさん、あの後数日寝込んでいたからなぁ」
当時のことを知っているクリスがしみじみと言う。
「今回、雨を降らせる役はクリスがやってくれるの?」
「いえ、考えたのですが……セティに任せます」
「え、俺!?」
いきなり白羽の矢が立った魔導士少年がびっくりして声を上げた。
「俺、あんな大量の水扱えませんっ 無理です!!」
「そのままのセティがやるわけじゃないですよ。それにあの量は僕も無理です」
クリスが言う。確かに彼の祝福は火と土だ。水とは相性が良くない。この歳まで研鑽を積んだとはいえ、本来の属性と違うものは誰しも得意ではない。賢者の称号をもつクリスだってそれは例外ではないだろう。
「他の魔導師に頼むことも考えたのですが、聖杯のことはあまり多くに知らせる訳にはいきませんし、いっそモーゲンの人たちに予め撒いておいてもらうことも考えたのですが……」
クリスの言葉に、思わず姉や姪などが畑にするようにちまちまと水撒きしている姿を思い浮かべてしまった。それが顔に出てたのだろう、やりませんって、とクリスが笑う。
「僕が師匠から受け継いだ合わせ鏡の術を使って、セティの魔法を増幅します。グレンダさんたちがやったのと同じように、湖の水半分ほど使って雨を降らせるのなら、鏡を三枚も出せばなんとかなるでしょう。魔導士側は、ただ扱う量がひたすらに多いだけでやっていること自体は水の移動だけですから」
五枚までならセティも私も過去に何度か経験がありますしね、なんて魔導師が付け加える。
合わせ鏡の術は私も知っている。クリスの持つ称号、星芒は戦乱期の魔導師ケレスティヌスが持っていた称号だ。かの偉大な魔導師はこの世に一つの新しい魔法を生み出した。純粋な魔力を元に鏡を作り出し、対象者の魔法を何重にも増幅する、星明りの合わせ鏡。術で使う魔力自体はよほど鏡を多く出さねば大したことはない。だが、その制御は非常に難しいと聞く。現在扱えるのはケレスティヌスの孫弟子にあたるクリス一人だけだ。先代星芒の魔導師であり、聖女グレンダが神樹を浄化する際に十枚の合わせ鏡を具現化させたロドヴィックは、その後さらに枚数を増やす実験を行った際、鏡の制御に失敗し魔導師としての力を失っている。
「……不安げな顔をしないでください。大丈夫です。それに、光の慈雨を降らせた後、僕らは魔物と戦うことになる。この方法が一番魔力を温存したまま戦闘に望めます」
ポーション一本も飲めばお釣りがきます、とクリスが請け合った。話を聞いていたルカがもう一度地図を見る。上級司祭は、顎に手を当てしばらく考えてから私の方を向いた。
「もしかしたら、降らせた雨を光らせる方がもしかしたら大変かもしれないね」
今ある結界にさらに重ね掛けする形で行うとしたら、かなりの広域になる。湖の聖水を雨として降らせることが出来ても、そこまで私が祈りを届かせられるかという懸念だ。確かに普通の司祭が一人でやるには荷が重い。
「そうねぇ。まぁ、でも、触媒が触媒だし、私が使うのはおばちゃんの杖だから」
聖女グレンダの残した聖杯と、錫杖。この上なく相性がいいだろう組合せを私は用いることになる。それにミリエルが言うには、聖女から祝福を受けた私の魔力は、限りなく聖女の持っていた色に近いそうだ。
「……それに、考えてみたら先日王都で似たことをやっているのよ」
「あー、そういえば、花びらの」
「えぇ」
生誕祭のパレードの際にまかれた花びらには万が一の可能性を考えて、呪い粉が振りかけてあった。もしパレードの最中に民間人を巻き込む形での襲撃などが起きた場合、即座に広域防御を行ったりなどの対処ができるようにと触媒としてまかれていたのだ。しかし実際にはその時点では何も起こらず、まかれた呪い粉は使われることがなかった。
生誕祭の夕方、私がその場の気分で戯れにやったまじないは、王都広域にまかれていた呪い粉により、私があの時いた職人街とは逆側の市場などがある区画まで届いていたそうだ。
夕焼けの最後の光をほんの一瞬だけ強くしたような光の波に気づいた人はあまり多くはなかったが、それでもたまたま見ていた者たちのおかげで、やったのが一の聖騎士である私だと知れ渡ってしまっているらしい。
「だから、多分大丈夫よ。やるのも結界の重ね掛けだしね」
戦場となるモーゲンの守りを少しでも強固にするために、聖女グレンダの置き土産である結界を修復する。それが今回考え付いた光の慈雨再現の目的だ。元々強固だった結界も張られてから四十年も経っている。どうせ『何か』を呼ぶために錫杖を鳴らすのならついでに、と考えついた案だ。元々ある結界の全域に届かなくてもいい。戦場となる湖の周りだけでも上書きできればいいのだ。
「……それにしても、聖女と同じ光の慈雨までやったら、リチェさんの人気がさらに高くなりそうですよね」
「やめて。ただでさえめんどくさいおじさんたちから睨まれてるんだから」
目をキラキラさせて言うセティに、私はつい昨夜の会議のことを思い出し、げんなりとした顔になった。




