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探求者  作者: あきみらい
最終章 選びとるもの
197/217

送り出す者


「突然帰ってきたと思ったら、あっという間に行っちゃったね。リチェさん」

「そうねぇ」


 娘のウィノナの言葉に、私、エマは苦笑を浮かべる。

 しばらく村で休暇を過ごしたかと思えば、また出掛け。聞けばその間は王都からもっと向こうまで護衛任務に行ってたらしい。そして今日また唐突に帰ってきたと思ったら、数時間もせずに王都に戻っていってしまった。しかも今回は自分だけではなく、私の夫でありモーゲンの三代目村長デュアンも連れて行ってしまった。

 我が妹ながら、本当に嵐のような人だと思う。それも周りを巻き込んでいくタイプの嵐だ。それでいながら急いでいる風だったのに、きっちり昼食は食べていく辺りがなんともリチェらしいと言うか。


「そういえば、母さん、さっきリチェさんと何か話してなかった?」

「ちょっとだけね。きっと後で、父さんから皆に説明があるわ」


 そうなの? とウィノナが首を傾げる。近くにいた孫のタロンまで同じように首を傾げてみせるから、おかしくて、つい笑ってしまった。私が笑ったのが嬉しかったのか、タロンも笑顔になる。ばあちゃん! と寄って来て両手を広げた孫を抱き上げた。毎日あむあむとよく食べ、よく遊び、よく眠る幼児は、抱き上げるごとにずっしり重くなったように感じる。祖父に当たるデュアンに似たのか、骨太でしっかりと筋肉もついていて身が引き締まっていて逞しい。その育ちっぷりに日々びっくりする。


「まだ、皆には話せないんだって。もうちょっとだけ待っていて、だって」


 抱き上げた孫をあやすように何度か揺らしてやれば、きゃらきゃらと楽しげな笑い声が上がった。つられて私とウィノナまで笑っている。小さい子は一人いるだけで場が明るくなる。


「……それより、入用になりそうだから、ちょっと保存食を多めに作りましょ」

「はーい。保存食……今だったらトマト加工するとか、野菜ピクルスにしておくとか?」

「そうねぇ」


 娘の提案に少し考える。抱き上げられた状態でバタバタし始めた孫を、娘に渡す。途端に母親の手から逃れて床に降りていた。


「ウィノナ、ちょっと畑に行って少し多めに野菜貰って来てくれる?」

「はいはーい。タロン、いくよー!」

「あーい」


 畑まで競争ー! と言って幼子と一緒に厨房を出て行く娘の背中を見送る。扉が開く時、ふわりと少し温かな風が入ってきた。そろそろ夏だ。

 とりあえず、手元にある食材で何か作り始めようと、私は貯蔵庫へと向かいながら、さっき声をかけてきた時のリチェの様子を思い出していた。




「姉さん、ちょっと時間もらっていい?」


 昼少し前に食堂に戻ってきたリチェの言葉に、私は顔を上げた。


「今?」


 一番忙しい時間帯だったのもあって、私はつい問い返していた。それに対して妹は、それを承知した上だという様子で、うん、と頷く。いつもの勢いで言っているような発言ではないことが目で分かった。


「わかった。ウィノナ、ちょっとここお願い」

「え、あ、はーい」


 娘の方も少し面食らったような顔になったが、私の作業を代わってくれた。カウンターの向こうにいた誰かが、じゃぁ、タロンは私と一緒にいようか、なんてフォローを入れてくれている。私はその様子にごめん、と仕草で伝えて、先に食堂の裏の屋敷へと行ったリチェを追いかけた。


「忙しい時にごめんね。すぐ戻らなきゃなんだけど、姉さんにはやっぱり伝えておきたくて」


 屋敷の居間で待っていたリチェが謝る。そうして、私をじっと見つめた後、長身の妹は両手を広げて私を抱きしめた。


「え、どうしたの、リチェ。なんか悲しいことでもあった?」

「ううん、そうじゃないの。そうじゃないんだけどね」


 どこか縋るような、それでいて私を守ろうとするかのような仕草に、気が付けば私も妹の背に手を回していた。落ち着いて、という風にその背中をとんとん、とゆっくり撫で叩く。リチェは少しの間そうしていてから、ゆっくりと体を離す。私の肩を両手で軽く掴んだまま、目を合わせた。


「姉さん、今も神樹のこと、覚えている?」

「えぇ、そりゃ、覚えているけれども……」

「やっぱり、あの時、怖かった?」


 何が言いたいのか分からないまま、問いに頷く。リチェが言っているのは私たちがこの村に移り住んできた時に湖に神樹が現れた時のことだろう。グレンダさんがずっと皆を守るために一人抱えていたという神樹は、私たちが子どもの頃、この村の湖に姿を現した。その時は村の中に魔物もたくさん出てきて、当時の大人たちはその魔物と戦っていた。まだ小さな子どもだった私たちはその様子を村の教会の中で見ていた。あれほど大きな災厄だったにも関わらず、負傷者は出たものの死者は奇跡的に出なかった。それでも、朝になっても真っ暗だったその様子も、教会の窓から見えていた魔物のことも本当に怖かった。


「……姉さん」


 リチェが言葉を探している。その顔を見たら、なんとなく今の流れから分かった気がした。


「リチェ。大丈夫よ」

「え……」


 きっとまた何かが起きるのだろう。私は大きな妹をゆっくりと抱きしめる。そして、もう一度繰り返す。


「大丈夫よ。……信じてる。美味しいごはん用意して待ってる」

「姉さん」

「……リチェは、天下の聖騎士様、でしょ?」


 からかうように言えば、ふっと苦笑する息が降ってきた。


「うん。……姉さん、ごめん。多分、またモーゲンに魔物が出る。でも、絶対に守るから。私が……私たちが、皆を守るからね」

「わかった」


 妹の言葉に首をもたげそうになった不安を心の奥に追いやって、私は素直に頷いた。


「なら、戦った人みんなに振る舞えるように、たくさんご馳走を用意しなきゃね」

「……チーズたっぷりのグラタンも作ってね」

「はいはい。グラタンも、サラダも、大きなお肉のグリルも、たくさん用意するわ」


 小さな頃からの大好物を出した妹に、わかってるよと笑ってみせて、抱きしめた時同様ゆっくりと手を離した。見上げた先、妹も笑顔になっていた。そうして、ぱん、と、妹は自分の頬を両手で軽く叩く。そのちょっと乱暴な仕草に私はびっくりして目を丸くする。


「よし、頑張る。私、ごはん食べたら王都に戻るね!」

「うん」

 

 よーし、そうと決まったらしっかり食べる! なんて言って私を置いてさっさと妹は食堂の方へと戻っていく。その様子に私は苦笑するしかなかった。

ほんの断片こぼされた魔物なんて言葉に不安は覚えるけれど、でも、きっとこれでいい。これで合ってる。




「母さーん! 野菜、後で届けてくれるって」

「くれるってー」


 娘が帰ってきた。娘の真似をしている孫の可愛い声も聞こえた。とんとんとリズミカルな音を立てながら野菜を千切りにしていた私は顔を上げる。


「お使いありがとう。そしたら、ウィノナ、こっち手伝って」

「はーい! ……って、こらっ、タロン、走って行かないでー!」


 どうやらもうちょっと外に居たいらしい孫が帰宅拒否したようだ。ばたばたとウィノナが走っていく音を聞きながら苦笑する。もう何十年も見続けているカウンターの中からの食堂、そしてその向こうの光景。聖女でもあった養母、グレンダさんが私に残してくれたもの。


 妹は戦う人になった。

 私はここを守るのだ。あの子の、帰る場所を。

 あの子が、全力で戦えるように。




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