選びとるもの16
「それは、本当なの?」
「えぇ、かなりの確率であっているでしょう」
そう答えてから、彼は目を伏せ、深呼吸をするように数回肩まで使って息をした。たっぷり間をおいてから瞼を上げる。たったそれだけのことで、先ほどの気圧されるような存在感がすっと引き、いつものクリスに戻ったように感じた。私はいつの間にか息を止めていたことに気が付き、こっそりと肺の中に溜まっていた空気を吐き出した。
「リチェと同じように僕も、何か見落としているような気がしていて……。それでここのところずっと調べていたんです」
クリスは、どうやら今話すか迷ったらしい。彼は一度空を振り仰いだ。日の位置を確認したのだろう。私も釣られて空に目をやる。まだ昼まで少しある。大丈夫だという風に頷けば、彼はその場に腰を下ろした。私も間に一人座れそうな間を置いて地面に座る。大きな樹の葉が木陰を作り、その根元には柔らかな下草が茂っていた。時折湖から涼しい風も吹いてくる。いっそ横になって昼寝でもしたいぐらいに心地が良かった。
「まだ、仮説だし、現時点では答え合わせのしようもないのだけど……」
そう前置きをして、クリスはゆっくりと話し始めた……。
私たちの前に現れた『何か』とは、何であるか。
彼はそこに着目したらしい。
神樹の森に似た『何か』の向こう側には『神』と呼ばれる者たちがいた。ミリエルが限りなく純白に近いと称した私は意識のある状態で向こう側に居られたが、普通の人たちが向こう側にいることはできない。そして、向こう側で私と話してくれた『神』は、こちら側から向こう側へ行ってしまった行方不明者たちを眠らせることで保護していると言っていた。つまり、少なくとも『神』たちは故意的にこちら側の人たちを向こう側に引きずり込んだとかではないのだ。
では、なぜこちら側の人たちは『何か』の向こう側に行ってしまったのか。
前に『何か』が次どこに出てくるかの予測を立てた時と同様に、そこはクリスもかなり悩んだらしい。最終的に至った結論は、不幸な事故であるという身も蓋もないようなことだった。本来『何か』とは私たちが知らないだけで、普段からもっと開いていたのではないか。開かれていても人が迷い込めるような場所ではなく、もし迷い込んでもここまでの頻度ではなかったし、こんな人数にもならなかったのではないか。クリスが戦乱期前の記録も確認したところ、過去にも今回のように村落の人々が消えてしまったことはあったようだ。ただ、そういう記録はいくつかあったが、いずれも単発で、数十年に一箇所とかの頻度だ。
なら、なぜ今回はこんな頻度になったのか。それは、『何か』の向こう側にいる何者かが、聖女グレンダのいた痕跡を辿るようにして、こちら側に接触をはかっていたからではないだろうか。
「本来『何か』とは、向こう側にいる『神』たちの覗き窓か何かだったのではないか、と思うんだ」
草の上に胡坐をかいて座ったクリスが、ぽそり、と言った。
膝をかかるような姿勢で座り、彼の説明を聞きながら相槌を打っていた私は、続く言葉を待つ。彼が言葉を探す間、さやさやと風に揺れる木の葉の音だけがこの場を満たしていた。私はそれを聞きながら、『何か』の向こう側で見た青い世界を思い出していた。
「……僕らは『神』という者たちのことを知らない。でも、僕らが使っている言葉には『神』という単語が使われている物がいくつか残っている。神樹もそうだ。他にも、神々しい、とか、神聖な、とか。……神聖魔法なんかその最たるものだよね」
「うん」
「リチェと暁は、『何か』に接触した時、懐かしさを感じたと言っていたよね。アティスの前の、魔物が出てきた時。リチェは『何か』の向こう側に行った時にも懐かしい感じがしたって言っていた。そして、この世界には『神』のことは伝わっていないのに、いくつも『神』という単語が使われた言葉が残っている」
ここからは憶測だけども、と、彼は言い置いた。
「……昔は、『神』はもっと身近な存在だったんじゃないかな。もしかしたらこちら側にいたのかもしれない。それも人と密接に関わるような形で。だからこそ、リチェたちは懐かしいと感じた。そして『神』たちはこちら側のことを今でも気にかけていて、時々『何か』という覗き窓を開けて、こちらを見ていた。……もしかしたら、神聖魔法なんかは文字通り『神』の力を借りていたのかもしれない。他の魔法と全く違うからね。魔素と魔力を使って事象を起こす僕らの魔法と違って、神聖魔法は言ってみたら儀式だ。祭具などを使って拍を取り、正しく韻を踏み、謳い上げる。それは実は『神』にこちらを見てくれと願い、祈りを届けるためのものだったのではないだろうか。……だからこそ、錫杖を鳴らすことが、『何か』を開くための合図になる」
トゥーレがもたせてくれたメモには、「合図を送って」とあった。私はそれを見て、『何か』の向こう側にいった時、錫杖を鳴らすことで、あちら側に居た者たちの注目を集めてしまったことを思い出した。こちら側から普通に「トゥーレ、今、お願い!」とか叫んだとしても、きっと向こう側には聞こえない。それで声が届くのなら、今まで彼が返事をしなかったわけがないのだ。でも、あちら側で周りが反応した錫杖なら? しかもこの錫杖は普通の法具ではない。彼らが『愛し子』と呼んだ聖女グレンダが残していった物なのだ。おまけに彼らは私のことを『愛し子の娘』とまで言った。養母と私には血の繋がりはない。それでもそう認識するぐらいには、彼らは私のことを認識しているのだ。
「さて、ここで一つ問題が出てくる」
クリスの声が少し低くなった。私は首を曲げて彼の方を向く。星芒の賢者は、少し疲れたように静かに息を吐き出した。
「あちら側にいるグレンダさんを探していた何者かは、リチェにも執着している。……あちらで攻撃を受けた気がすると言っていたね。その際にトゥーレらしき存在に守ってもらった、と」
「えぇ」
「その存在は、リチェがここに扉を開こうとしたら、放っておいてくれるだろうか」
「……あっ」
思わずこぼれた声に、彼は重く頷いた。
「サイルーン奥の集落で、リチェはメモを投げ込んだ時、酷い恐怖感を覚えたと言っていた。でも、それ以外の時は懐かしさを感じたと言っていた。……おそらく、本来『何か』から漂っていたのは懐かしさや慕わしさの方が強かったのだろう。きっと行方不明者たちはその気配に惹かれてあちら側に踏み込んでしまったんだ。実際、僕らもアティスの現場で実際に『何か』の近くにいた時に感じたからね。……でも、何者かはその気配を発していない。メモを投げ込んだ時には攻撃されたのだと認識してリチェたちを威嚇した」
クリスは、淡々と言葉を紡ぎで行く。多分、あえてなのだろう。感情をのせずに話すことで、私が受ける衝撃を減らそうとしているかのようだった。
「……おそらく、その何者かとは、神樹なのではないかと僕は思う。神樹は聖女グレンダさんを探している。何者かは神樹だから、こちらに接触した時に『欠片』が落ちたり、葉の魔物を生じたり、した。本来は開くはずじゃなかった『何か』という覗き窓をいくつも開き、向こう側の特性としてある懐かしさを使って、こちらの人を呼び寄せ、その中にグレンダさんがいないか探していたんだ。でも、見つからないから、過去に自分が落とした『欠片』の気配を辿っていくつもそれを繰り返したんだ」
そこまで言って、覚悟するように彼は少し間を空けた。私は、自分の置かれた状況を整理しようとひたすら彼の言葉を反芻する。無意識に剣の柄を確かめるように撫でていた。聖女グレンダが最期に私に託していった錫杖を宿した、聖剣。彼女のくれた錫杖と祝福が、私を向こう側に行けるようにしてくれたが、それと同時に何者か……神樹にも聖女同様に執着される結果をもたらしたのかもしれない。
「リチェがここに『何か』を呼び出した時、何者か……神樹もリチェを見つける。リチェに接触しようとする。最悪、あの時のようにここに神樹が出現することになる」
私は息を呑む。いつの間にか撫でるのではなく柄を強く握っていた。幼い日に見た光景がフラッシュバックする。空を覆い夜明けを阻んだ神樹。私たちを守ろうと戦いに行った養父母たちの背中。せめて小さな光でいいから届けたいと願わずにはいられなかった、あの闇。
「リチェ。戦う準備が必要だ。今の僕らが、あの日のリドさんたちのように戦えるかは分からないけれど、それでもやるしかない」
彼の言葉に、私は何度も深呼吸を繰り返してから、うん、と頷いた。
読んでくれたあなたに、感謝を。
ネット上には様々な創作論のようなものが溢れていて、その中には「~~はするな」的な話もたくさんあります。
Web小説にはアクセス解析なんてものがあって、読者さんが離脱してしまうと見て分かるのですよね。多分そういうものから分析して傾向を見た結果なのだと思います。
自作はその手の「~~はするな」系の創作論で出されていることを、片っ端からやらかしているのですよね(汗)
プロローグはやめとけとか、さっさと主要キャラを全員出せとか、地の文の割合を減らせとか。
そうは言われても、私が書きたいのは、いわゆるサーガ(saga)。
プロローグなしなんて考えつきもしなかったし、じっくり積み上げるから一話目どころか第一章の間には出てこない主要キャラもかなりいる。シーンによってはほぼ地の文で終わるなんてこともある。
なんていうか、「本当にあなた人に読ませる気はあるの!?」と人によっては怒りだすんじゃないかというレベルで、好き勝手書いてしまっている自覚は多分にあります。(汗)
その中でも、今回は「世界観を説明するな」なんていう特大級のタブーをやらかしている回でした。
でも、お話の展開上避けては通れなくて……
ここまでの45万字を読んでくれた方ならこれも拾ってくれると信じて、降りてきたシーンをそのまま文章にしました。
毎日最新話を追いかけてくれている方が、多分50人ぐらいいます。多分週末とかに何日か分をまとめて読んでくれてる方もいます。
ありがとう。
そんな皆さんがくれた足跡のおかげで、きっと大丈夫って信じて、このシーンも書くことができました。
今作も残すところあと20エピソード弱。完結まであともうちょっと。
二部構成なので、今回の完結は前作と違って、「第二部に続く」なんて感じにはなりますが、それでも大きな節目を迎えます。
リチェも私も割とボロボロですがなんとか走り切るので、どうか最後まで見守ってくださいな。
いつも、私の背を押し、支えてくださる皆様、本当にありがとう。




