表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探求者  作者: あきみらい
最終章 選びとるもの
193/201

選びとるもの15


 なんとなく落ち着かないままもう一度ベッドに入り、次に目が覚めたら窓の向こうが明るくなっていた。朝になっても、人の部屋で勝手に男が寛いている見慣れた光景はそこになかった。もしかしたら、また急遽呼び出されて実家に帰っているとか、私のように疲れ果てて寝てしまったのかもしれない。年頃の乙女でもあるまいに、そんな男のことばかり気にしていてもしかたない。そもそも彼は相方ではあるが、恋人でも伴侶でもないのだ。


「考えてみると、相当爛れた関係よね」


 口に出してみたら、自分で傷ついた。馬鹿だなと自分で思う。恋人でも伴侶でもないけれど、それでもセシルは私にとって唯一無二の存在だ。トゥーレがいなくなってから後、もう人生の半分以上の時間を一緒に過ごした。誰よりも一番近くにいた。痛みも悲しみも共有してきた。互いの傷をなめ合うなら彼以外は考えられない。

 寝乱れてあちこち引っ掛かりのある髪をゆっくりと梳かす。梳かしながら今更のように気が付いたのは、あれほどどんな顔をして会えばいいか分からないと悩んでいたのに、それでもごく自然に彼の腕の中で眠れると思っていた自分の愚かさだ。どれだけ自分は依存しているのかと少し落ち込む。


「……あー、もうっ」


 私は使っていた櫛をぽいっと投げ出す。こんなのは私らしくない。こんな自分は嫌だ。私は頭をぶんぶんと乱暴に振る。整えた髪がまた散らかったが構うものか。右手で前髪をかき上げ、一度ぎゅっと目をつぶってから、開く。今夜もこなかったら、なんで来ないのか、聞こう。そう決めてしまえば、ちょっとスッキリした。




 騎士候補生たちや、調査隊のメンバーの調整などはレオンに任せ、私はモーゲンへ来ていた。聖騎士候補生を借りる算段をつけるためだ。誰か人をやってもいいのだが、ついで湖畔の樹をもう一度見に行こうと思ったのだ。最年長の候補生二人に、実習と銘打って調査隊の手伝いをして貰う。

 養成校に相談に行くと、学長のグイードは二つ返事で応じてくれた。聖騎士候補生たちは王都にいる騎士候補生たちとの合同演習などは時々行っているが、実習として現地に行き、経験を積める機会はそこまで多くない。こき使ってやってくれといい笑顔で言うグイードに、私は苦笑する。私自身も候補生時代、よく分からないままに現地実習だと言って連れ出され、調査や護衛の手伝いをしたことがある。あれはこんな風に師匠あたりが案件を持ってきていたのだろう。


 私は、昼過ぎには王都に戻ると伝え、その場を離れた。戻る時は候補生たちと一緒だ。候補生たちは、遠征に参加する準備を午前のうちに整えてくれるはずだ。朝一でこちらに着いて早々に、実家である食堂には顔を出してある。昼までの隙間時間に、私は村外れへと歩いていく。向かう先は言うまでにない。湖畔のあの樹のところだ。


「……クリス?」

「あぁ、リチェもこっちに来ていたんですね」


 行ってみたら現地には先客がいた。魔導師のクリスだ。黒いローブの後姿は私の身につけている宵闇色のマントに似ていて一瞬違う誰かかと思った。近づき、判別できるようになってから声を掛ければ、壮年の魔導師は振り返り、ちょっとびっくりした顔をしてから微笑んだ。考えてみると彼とも久しぶりだ。その柔らかな笑顔にホッとする。


「えぇ、養成校に用事があったの。……クリスはどうしたの?」

「私もちょっと調べごとでした」


 候補生を借りに来たと言えば、あぁ、なるほど、と納得した様子でクリスが頷いた。私は周りを見回す。彼の近くにいつもいる魔導士少年の姿がない。「セティは?」と訊けば、「今日は王都でお留守番です」なんて返ってきた。珍しい。ほんの少しの違和感。何かが首の後ろをちりちりと刺激しているような感覚を覚えて、私は思わずそこを摩る。


「それで、少し確認しておこうかと思って」

「そう」


 大きく育った樹の下、クリスと並ぶ位置までやってくれば、立ち止まる。彼と一緒になんとなく湖を見つめる。今日も良く晴れている。おかげで水面には雲一つない青空を映し出されている。時折、湖を渡って来る風が小さな波を立て、きらきらと日光を跳ね返していた。


「あー、そうだ、クリス」

「ん?」

「私、何か見落としていることがある気がしていて」

「……」


 クリスがこちらを向く。視線を感じてそちらを向くと、いつもは少し気弱そうに笑っていることの多い彼が、笑んでいなかった。真顔の彼がゆっくりと頷くみたいに一つ瞬く。


「リチェ。それ、気のせいじゃないです。僕らはとんでもないことを見落としていた」

「……え?」


 静かな声に、私はその目を見つめる。彼はそんな私を見つめ返す。私よりほんの少し背の低い壮年の魔導師が、急に大きく見えた。

 私は急に、彼の持つ称号を思い出す。

 賢者。

王都にいる誰よりも賢い者。

おそらく誰よりも、もっとも不思議に近い者……。


「行方不明者たちをこちらに引き取る時、魔物が出現します」


 一語一語ゆっくりと、星芒の賢者は、そう言い切った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ