選びとるもの14
どうやら寝ていたらしい。自室のソファに深く沈みこんだ姿勢で、目が覚めた。
読んでいた書類が手から落ちて、床に散らばっている。変な姿勢で寝てしまった時特有の強張りをあちこちに感じる。若い頃はどこで寝ようが変わらなかったのに。歳だなぁ。しみじみ思いながら伸びをする。体中で、べきばきと音がしたような気がした。
「……」
懐かしい夢を見た。割と悪夢に近い部類だろう。ここまで鮮明に内容を覚えているのは、過去の出来事をほぼ再体験するような内容だったからだ。トゥーレが居なくなった時のこと。未だにここまで隅々まで覚えているのかと自分でも呆れる。そんな夢を見たのは、指定されている日時が近づいているからだろう。
伸びをしたついでに立ち上がり……ふわぁぁと大きな口を開けて欠伸をする。眠い目をしょぼしょぼさせながら床に散乱した書類を一枚ずつ拾い集める。
窓の外は真っ暗だ。今、いつ頃だろう。真夜中かもしれない。難民の護衛に出ていた間、魔物を警戒してこまめに探査の魔法を使っていたし、昨夜は碌に寝ていない。今日は帰還してからそのまま王城内で仕事をしていた。そう考えたら疲れていて当然だし、自室で気が抜けた結果に寝落ちしていても仕方なかったのかもしれない。
拾い集めた書類を一旦テーブルに置き、素足でペタペタ歩いて戸棚に向かう。引き戸を開けて、中に置かれている瓶を一つ引っ張り出せば、ふたを開けて口を付けた。ごくごくと喉を鳴らし瓶の中身を半分ほど干したところで、息をつく。ただの水がこんなに美味しく感じるなんて。寝不足もさることながら、水分も足りてなかったらしい。移動中はつい水分補給も控えてしまうことが多い。歳もとってきたのだし、もう少し気を付けた方が良いのかもしれない。
瓶の残りはちびりちびりと少しずつ舐めるように飲みながら、寝起きでまだぼんやりとしている頭で考える。
行方不明者たちを救出した後のことについては、もうこれで大丈夫だろう。候補生たちを実地訓練を兼ねて登用する手筈もついた。担当になった者たちは明後日にでも出発し、必要な調査を行えるはずだ。調査が終わる頃には騎士団主体の復旧作業を行う部隊に引継ぎ、次の現場へと移動する。普段のノリは軽いが、うちの調査隊のメンバーはあれでいてかなり優秀だ。候補生たちを連れていくため多少効率は落ちるかもしれないが、それでもきっちりと仕事をこなしてくれるはずだ。
「……」
ならば、この、なんだか分からない不安感はどこから来ているのだろう。何か見落としているように思えてならないのに、それが何であるかがさっぱり思いつかない。ここまでちりちりと感じるのだから、思い過ごしとも思えない。正直、気持ちが悪いし、落ち着かない。
結んだままだった髪紐を解き、頭を振る。解放された髪がわさわさと揺れた。落ちてきた前髪をかき上げて、目を閉じる。さっき見た夢のせいか、モーゲンの湖の畔が、瞼の裏に浮かんだ。
『何か』の向こうにいた誰かは私をこちらに戻す際、私の手にメモを持たせた。そこに書かれていたのは「お互い準備をしよう。夏になったら、あの樹の近くで合図を送って」。
トゥーレの筆跡で書かれたその文字を見た時に思い浮かんだのは、さっき夢に出てきたモーゲンにある湖畔の樹だった。村にはいくつも大きな樹があるが、その中でも特に思い出深いのは、あの樹だ。幼い頃、聖騎士になるために王都に行くと言った私に、トゥーレが大泣きした樹。その後も登りやすいあの樹は私たちの隠れ家みたいなものだった。叱られて不貞腐れた時、何かから隠れたい時、秘密の話をする時、大抵あの樹のところにいた。……だから、場所についてはきっと間違っていない。
夏になったら、とあるのは、少なからぬ人数を戻すためには準備が必要だと言っていたからだろう。天候によって体感的には多少の前後があるが、夏と言えば暦の上ではここからと昔ながらに言われている日がある。その日以降に合図を送ればいい。そして、合図とはきっと……。
大丈夫だ、解釈はきっと間違っていない。何度も皆と一緒に考えた。クリスも、セシルも、そしてミリエルもそれで間違いないだろうと言っていた。
「あー、もー、わかんないっ」
飲み干した瓶を、こん、とテーブルに置く。
あのメモの解釈もあっているだろうし、行方不明者たちを保護した後のことも問題ない。ならば、この消えない不安感の元はなんだ。
もしかして、もう一度『何か』に接触することに私が怯えているのか。いや、それはきっとない。あちら側は意味が分からない場所ではあったが、少なくとも私には不安を感じる場所ではなかった。王城の神樹の森に似ているのに、森と違って奇妙な安心感があった。近くを漂っていた気配を怖いとも感じなかった。むしろ、懐かしいとすら感じていた。
「……」
ふと、気が付く。
こんな風に考えている時、大抵私は一人でなかった。一人でぐるぐると思考の迷路に入り込むのを、止めてくれる人がいた。どちらかが久しぶりに王都に戻ってきた時などは、夜は一緒にいた。なのに、今夜はここにいない。彼はこの部屋の合鍵を持っている。いつもならば私が寝落ちていようがお構いなく入って来て、当たり前のように目が覚めた時には横にいた。
「……セシル?」
彼は何故、今夜に限ってこないのだろう……。




