残された者たち
あれは、私がまだ聖騎士候補生だった頃。
十六歳になったばかり。文字通り小娘だった頃の夏に起きた。
「私も連れて行って……! 足手まといにはならないから! 私もトゥーレを探す……っ!!」
「ダメだ。外の捜索は大人だけで行う。……リチェは、セシルと一緒に村の中をもう一度探してくれ。どこかまだ見落としがあるかもだから」
「村の中はもう戸棚の裏も、井戸の中も探したわよ! それも何度も……っ!!」
捜査について行こうとする私をセシルが後ろから羽交い絞めにしていた。私の前で宥めるように説明しているのはモーゲンの二代目村長ジョイス。事態に顔を強張らせながらも、出来るだけ穏やかな口調で私を説得しようと言葉を重ねている。私の両肩を掴み、落ち着かせようと何度も言い聞かせる。
「リチェ、気持ちは分かる。でも、ダメだ。念のため谷に降りたり、足場が怪しいところにも行く。お前たちにまで構ってられない」
「ジョイスやみんなより、私の方が身も軽いし、狭いところだって入っていける!!」
「ダメだっ!!!!」
ジョイスの向こう側から、怒鳴られた。師匠だ。ビリビリと空気が震える音すら聞こえそうなその声に、私の体がビクッと跳ねた。それぐらいの気迫があった。
「リチェ、お前は連れて行かない。セシル見張っておくように。……ジョイス、行くぞ」
一切の反論は認めない、と、その声が言っていた。思わず口を閉じてしまった私に、言い切って師匠リドルフィが門の外へと歩き出す。
「リチェ…… 村に居るんだよ。行ってくる」
ジョイスが痛ましい物を見るような目で私を見て、背を向ける。師匠や他の大人たちに追いついて、遠ざかる。誰も私を振り返らない。まっすぐ歩いていく。
やがて、私がその背中を見送ることすら阻むように、門の扉が重い音を立てて、閉まった。私を背後から抱きしめるようにして止めていたセシルの手が緩む。私は崩れ落ちるようにしてその場に座り込んだ。
「……うわぁぁぁぁぁ」
本当は、わかっていた。なぜ自分を連れて行かないと言っていたのか。大人だけで行くと決断したのか。大人たちが何を想定して動いているのか。
大声を出して泣き出した私の横でセシルが俯いたまま佇んでいる。
「リチェ、セシル」
探しに行く人たちの見送りに祈りを捧げていた養母が、静かに私たちの名を呼んだ。杖で体を支えながら、ゆっくりと振り返る。わぁわぁと泣いている私の前に跪き、大きくはないその体をいっぱいに使って、すぐ横に立っているセシルごと私を抱きしめた。何も言わず、ただ、ぎゅっと。いつの間にか私よりずっと小さくなってしまった養母に抱かれて、私は声が枯れても泣いた。
養母が家の中へと戻って行った後、私はふらふらと村の中を歩いていた。村の外に出られる門は閉じられている。私が外まで探しに行かないよう、しっかりと閂まで使って閉められた上に、門番二人が待機していた。多分そこまでしないと私が勝手に行ってしまうと思われたのだろう。確かに普段からイノシシにたとえられてしまうぐらい、私は即行動に移してしまう質なので仕方ないかもしれない。
私の後ろをセシルが黙ったままついてくる。振り返らなくても、気配で感じた。師匠に言われたからもあるのだろうけれど、一定距離でずっとついてくる様子は、トゥーレに続いて私まで居なくなってしまわないか、心配で見張っているようにも感じた。
人が隠れられそうな所は村中全て探したと思う。私も探したし、村の皆も探した。それこそ普通なら人が入り込まないようなところまで。皆の知らないうちにどこかへ行ったのではないかと、王都に探しに行った人もいた。でも、王都の門番に訊いても、トゥーレが行きそうなところの人たちに訊いても、トゥーレは来ていないという返事しかなかった。
私と違って、気配りが上手く自分よりもまず周りを優先してしまうようなトゥーレだ。故意的に周りに心配させるようなことをするとは思えなかった。王都やどこかに行くなら絶対誰かに話すし、タイミング悪く話せなかったとしても置手紙の一つぐらい置いていくだろう。
人以外とも話ができる不思議な祝福を貰ったトゥーレは、とても優しかった。そして皆に好かれていた。私もトゥーレが大好きだった。幼い頃した将来結婚するという約束をそのままに、数年後には一緒になるのだろうと思っていた。「リチェは真直ぐだからね。僕が守ってあげる」。私の方が強いから、私がトゥーレを守るのよ、と言えば、そうじゃないよと笑っていた。
そんな彼がいなくなってしまったことが、信じられなかった。
どこへ向かおうとかも考えずにただ歩いて、気が付けば村の外れまできていた。
他の場所は柵があるが、ここにはない。湖とそこに流れ込む川の河口。そこに立つ大きな樹はモーゲンの村を再建する前からあったという。わんさと茂らせた大きな葉が、湖からの風に揺られて涼しげな音を立てている。太い幹から伸びる枝は低い位置からも出ていて、小さな子どもでも登りやすい。地面に立っているだけでは見えない向こうまで見渡せる高さが好きで、私はかなり大きくなるまでよく登っていた。
聖騎士になると私が言った時、トゥーレと喧嘩したのもここだった。思えば、あの時以来、セシルとは喧嘩してもトゥーレとは喧嘩したことがない。
「……」
あの木に登れば、遠くまで確認できるかもしれない。
そう思いついたら、やらずにはいられなかった。
半ば小走りになって、樹のところへと向かい――……。
その幹の向こうにある、『何か』を見つけた。
いつも穏やかに笑う幼馴染の許嫁は時々、私たちにはわからない何かを感じているように、ふと空を見上げたり、どこかに視線をやる時があった。私は勝手に、トゥーレが鳥が喋ってるのや、遠くで鳴いた家畜の声を聞いているのだと思っていた。
……でも、それは違っていたのかもしれない。
彼は、もっと、違う何かの声を感じていたのかもしれない。
プラタナスの大きな樹をイメージして頂ければ。




