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探求者  作者: あきみらい
第五章 のぞむもの
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のぞまれたもの(後)


 今日も王都は賑わっていた。

生誕祭の片付けが行われている。祭りで飾られていたオーナメントや旗が手際よく片付けられていく。窓辺に飾られていた花壇がしまわれる。祭りで出たごみをまとめている者もいる。どの顔も穏やかだ。顔を合わせば、今年の生誕祭の想い出を語り、来年も楽しみだ、なんて言葉が続く。

 その会話の中に、今年はパレードで見送られた職人たちのことと、そんな彼らの新たな村が襲われたこと。だけど、誰一人死なずに終わったらしいなんて話も盛り込まれていた。その事件の首謀者も捕まったらしい、なんとそれは近隣の村を脅かしていた奴らだったらしい。そして、職人たちを助けたのは……。

そんな「らしい」だらけの噂がほんの一日の間に王都内を駆け巡っていた。




 まとめた髪を帽子に押し込み、男物のシャツとズボンにブーツという男装姿で、私は広場の片隅のベンチに座っていた。思えばこんな私服姿で街にいるのは久しぶりかもしれない。ここのところはずっと聖騎士の騎士服姿でいるのが当たり前になっていたから。

 ぼんやりと、片手に持ったレモネードの瓶を揺らす。私服姿の私に気づく者はいない。私は一人だった。賑やかな中央広場で、誰に話しかけられることもなく、私は静かに座っていた。ただそうやって、人々の話を聞いていた。


 本来ならあるはずの報告業務は、なぜか免除された。ヘレナを中心とした数人の司祭たちによりすべての傷は治癒された。それでも過度の疲労を理由に安静を言い渡された。当然だと思う。多分、最後の一撃を食らわなかったとしても、あのまま戦い続けていたら己の命を極限まで使い果たして死んでいたに違いない。

 なのに、自室か医務室で寝ていることになるはずの私は、広場で人々を眺めていた。

私をここに連れてきて、座っていろと言った本人は、私にレモネードを一杯渡した後どこかへ行ってしまった。まだ、人の手を借りないと歩くのも覚束ない私は、しかたなく、ここでぼんやりとしている。


 あの後、目が覚めた時には色々なことが終わっていた。あの時感じた予め決められていたような感覚は、確信に変わった。それでもいいと思えたのは、多分、私がなんとか乗り越えたからだろう。

 蓋を開けてみれば、巻き込まれた新職人街の住人たちに死者はなく、居合わせてしまったバルトザックのような民間人の被害もゼロだった。防衛に当たった騎士も全員無事。負傷した者たちは全員神殿の総力を持って治癒を施され、完全に回復した。援軍として駆けつけた者たちは圧倒的な戦力を持ってその場を制圧しきった。


 建物はほぼ失い、新職人街の敷地は焼け野原になってしまった。だが、聞けば職人たちは家財道具もまだほとんど持ち込んでなかったという。新たな街は失われたが、本当に大事なものは何一つ失われなかった。だから大丈夫だ、と、今度は職人たちの代表として再び見舞いに来たバーンが教えてくれた。燃えた場所から少しずれたところに、国の全面的な支援を受け、もう一度新たに作り直すのだと言う。その真ん中に私の像を建てるなんて話を聞き、慌てて止めた。勘弁してよ、と言ったら、バーンは笑っていた。


 逆に襲撃者たちの被害はかなりのものになった。死者も出ている。検死の結果、魔物による被害がほとんどだったが、防戦中に騎士やバーンが倒したと申告した者も数人。そして、仲間内に殺されたと思われる者も混ざっていた。逆に状況から私が与えた傷が死因になった者は一人もいなかったとも教えられた。

彼らの多くは、私の予想通り戦うことに慣れた者ではなかった。農民上がりで、貧しさから行き場を失い兵になった者や、冒険者崩れ。バレーラで捕縛した者たちを連想するその背景に、私は何ともいえない気分になった。

 意外だったのは、あの敵将や護衛も捕らえたという報告だった。敵兵全てを捕縛できたわけではなかったようだが、あの場で私と会話した男と、その護衛役の剣士は、自ら投降したらしい。

 彼らが捕まったことで、『神』絡みの集団行方不明を模した者たちの正体が明るみに出た。前王エイドリアンと英雄リドルフィが行った、戦乱期直後の大規模な粛清。聖女グレンダを自分たちの利になるように扱おうとした当時の神殿上層部と一部の貴族を対象に行われたそれは、ひどく徹底的なものだった。家門の取り潰し、処刑者も多数。聖女が眠り続けていた間に行われた大規模な膿出しの末、文字通り身一つで荒野に放逐された者もいた。

 捕らえられた敵将はその末裔の一人であったらしい。恨み言を聞かされて育ち復讐を誓った男は、魔族に金を積み、危険を承知で自らを魔族へと変じた。家畜たちを魔族のやり方で魔物に変えたのは、彼自身だった。すっぽりと被ったローブの下、ぐずぐずに崩れかけた体は、魔族に与えられた魔力をほぼ全て家畜たちの魔物化に使い果たしてしまったため。最後まで私を挑発し続け、屋根の上から動かなかった男は、逃げなかったのではない。逃げられなかったのだ。側近の護衛役もそれを知っていたからあの場にとどまり続けた……。

 男は尋問役に問われる前にべらべらと喋り倒した後、自壊したという。自害ではなく、自壊だ。魔族だからこその最期。なんともやるせなく後味が悪い形で、今回の襲撃事件は幕を閉じた。

 彼の後ろにいた者たちについては、引き続き調査が進められている。彼らだけで今回のことを起こせるわけがない。協力者が必ずいる。また、バレーラの時はわざわざできるだけ無傷で人々を攫おうとしたことも、何か裏で大きなものが動いているようで気持ちが悪い。……が、そのあたりは何かが分かっても、私には碌に知らされないだろう。今までと同じように、きっとセシルやエレノアが私の知らないところで動く。私を、ただ直感であの時のように走ることができる私で在らせるために……。




「……リチェ。遅くなった」


 呼ばれて顔を上げる。やっと迎えが来た。私と似たような恰好をした男が、ばさりと私の膝の上に大きな花束を置いた。いや、違う。元々大きかったわけではない。いくつもの花束が束になっている。私は膝に置かれたそれをまじまじと見て、それから、それを置いた男を見る。

 彼は私が持っていた空の瓶を回収し、近くにいた子どもにその返却を頼んでいた。フォーストンでなら小遣い稼ぎに自主的にやる子どもも多いが、王都でそれをやる者はほとんどいない。だが、頼まれた小さな男の子はにこにこ笑顔でそれを引き受けてくれていた。その母親が私を見て会釈する。前にここで一緒にお茶をした親子だった。知った顔に私は目を瞬いた。

 ふと見渡せば、たくさんの人たちがこちらを見ていた。私を見守っていた。見覚えがある顔も多い。心配そうな顔が、私と目が合うと優しい笑みに変わる。それで、私は意図して誰も声をかけずにいてくれたのだと気が付いた。


「セシル……?」


 これはいったい……と、もう一度花束を見下ろし、問う。今の状況に理解が追いつかない。説明を求めて相方を見れば、彼にしては珍しく、くしゃりと笑った。柔らかく優しいのに、何か他の感情もひっそりと含んだ、そんな笑み。


「早く元気になれ、ってことだ」


 そう言って私を膝の花束ごと抱き上げる。その拍子に帽子が外れた。中に押し込んでいた髪がばさりと背中に広がる。どこかからか小さく、きゃぁぁと黄色い悲鳴が上がった。ひそひそとさざめくような声に、私はなんだか恥ずかしくなる。顔を俯ける。しかたないなという風な笑う吐息が落ちてきた。


「聖騎士様、お疲れ様!」

「皆を守ってくれてありがとう!」


 ぽす、と花束の上に落とした帽子が置かれた。魔法学校の生徒だ。確かセティの学友たちだ。


「また元気になったら歌ってくれよ」

「そうそう」

「……というか、聖騎士様の歌を作ってもらおうよ」

「あぁ、それいい! 皆を守ってくれたんだものね」

「あの花びらが、王都を魔物から守ったって聞いたぞ……!」

「えぇぇぇっ、そうなの?」

「あぁ、夕方に光ってたやつ……!」

「あれ、きれいだったよねぇ」


 帽子を拾ってくれた子を封切に、待っていたというようにたくさんの人たちが話し始める。聞こえてきた言葉に、どんな顔をしていいか分からなくなって、より深く俯いた。そんな私を軽く抱え直して、セシルが言う。


「すまんな、そろそろ医務室に戻す。道を空けてくれ」

「おう、にいちゃん、聖騎士様のことを頼むよ!」

「早く元気になってね……!」


 私と同じ聖騎士なのに、セシルは聖騎士と呼ばれていないことに気づいて、私はそうっと顔を上げる。男の、形のいい顎の向こう、その目を見上げれば、気付いたセシルがこちらを向いた。ほんの一瞬、何かを迷うような間があった後、口の端を上げ、周りに見えるように笑う。そうして私の額にキスを落とすと、すたすたと歩き出した。背後でまた黄色い悲鳴やら冷やかしの口笛やらがしているが、私は怖くてそちらを見れなかった。


 私たちの後ろで、ぽろろんと竪琴が鳴る。人々の注目がそちらの方に向く。


「我が歌うは 真実の歌

 神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌……」

 

 いつもの吟遊詩人が歌い始めた。

ここで何度も人々と歌った、養父母たちを謳った武勲詩が、今日も王都に響いている。

私はそれを聞きながら、自分を抱き上げている男の胸に片頬をくっつける。


 彼が、私をここに連れてきた理由が、なんとなく分かった気がした。





第五章のリチェの視点はここで終了です。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

第五章「のぞむもの」。

望む者、望むもの、臨む者……希む、もの。皆さんはいくつ見つけられたでしょうか。


この後に章末の別視点を挟み、第一部最終章へと入ります。

「武勲詩に憧れた女聖騎士の英雄譚」

サブタイトルの英雄の部分をやっと回収できました。

最終章はいよいよ本筋の行方不明事件の方に決着をつけに行きます。

もし良ければ、一緒に彼らの選ぶ道を見守って下さると嬉しいです。



節目なので感謝の言葉を。

誤字報告を下さる皆様、ありがとうございます。本当に助かります。

また、Xやこのサイトのメッセージなどでこっそりと感想を下さったり、リポストなどで応援して下さっている皆様、何度も何度も読み返しています。本当にありがとうございます……!

気のせいじゃなかったら前作を読み返しに行ってくれた方が居る?と、ブックマークの動きをこっそり観察していました。

前作と番外短編集、そして今作に積み上がっていくPVに、こっそり慄いています。

声は聞こえないけれど、たくさんの方が読んで下さっている気配を感じます。

……相変わらずビビり―なので、いいのかな、きっと誤字まだあるよ、おかしな言い回ししてない?大丈夫? 皆、何も言わないけど本当に大丈夫……!?とドキドキしてしまう私ですが、ここまでついてきてくださった皆さんのことを信じて、このまま最後まで駆け抜けようと思います。

改めて。

読んで下さって本当にありがとうございます。最終章もどうぞよろしくお願いいたします。


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