見つけるもの23
渋々出してくれたガルドの薬酒の瓶をきっちりと飲み干して、私はゲイルとヘレナを伴って魔素溜まりをの浄化を行った。
養母である聖女グレンダから引き継いだ錫杖と、それに置き土産である薬酒も使っていたのが功を奏したのかもしれない。三人掛かりでギリギリだろうと予想していた浄化だが、なんとか無事に終えることができた。司祭二人が疲れ切って座り込んでいる。私もその場にへたりこみたい疲労感を気力で抑えて、魔素溜まりのあった場所の確認に立ち会う。
「……まさか、こう来るとは、ね」
先ほどと同じ面々に見守られながら、私は呪文を唱え、手に光を纏わせて、それを拾う。
どこか先ほど倒した魔物の表面を思わせるような、黒光りしているそれを両手で包むようにして持ち、目を閉じた。ゆっくりと力を籠めるようにして意識を集中する。手の中で何度か暴れるようにバタついたそれは、私が息を吹きかけると静かになった。
そうっと手を開けば、そこにあったのは浄化された後の『欠片』に似た質感、透明になった小さな鉛筆とそれに結わえられたメモがあった。
私がサイルーンの『何か』に投げ込んだそれらが『欠片』のようになって落ちていたのだ。
「これ、くっついてしまっているわ」
「そう見えるな」
鉛筆の部分からメモの部分を外してみようと試みたが、まるで一つの水晶をその形に削り出したかのようになってしまっていて分離できない。何度か凹凸に爪を引っかけて外そうと試みてみたが、まったく手応えがなかった。そのままセシルに渡せば、彼も数度試した後、ガルドに渡す。ガルドは狼系獣人の自分の力では壊してしまうと思ったらしい。試すことはせずに目の近くに持って行って、メモの中身が透けて見えないか目を凝らしている。ギルバートがその横から覗くようにして見ている。
「とりあえず、持って帰ってクリスに見せる……かしらね」
「うむ」
まだ矯めつ眇めつしていたガルドが諦めたように、欠片化した鉛筆を下ろし、私に戻した。魔封じの瓶を出そうとしてポーチがない事を思い出す。千切れたベルトもポーチも少し前に回収はできたのだが、使い物にならなくなってしまっていたのだ。剣の鞘だけはその丈夫さから形は残っていたが、戻ったらまた調整してもらわざるを得ないだろう。
私の仕草を見て、代わりにセシルが魔封じの瓶を出してきた。私はそこにガルドから受け取った鉛筆を入れる。セシルは瓶の蓋を閉じれば、それを再び私が普段使っている者より二回りほど大きな腰のポーチへと戻した。
「撤収しよう。雨の中の戦闘で皆それなりに消耗している。考察は戻ってからだ」
「そうね。ただ、サイルーンのように再び魔物が現れることも考えて数人残しましょうか」
「それは俺が担当しよう」
セシルの言葉を受けて私が言うと、三の聖騎士ガルドが請け合ってくれた。そして、ぼす、っと私の頭の上に毛むくじゃらの手を置く。何? と見上げるがガルドは私を見ておらず、セシルの方を向いていた。
「説教は任せた」
「あぁ、十分に」
「……」
ぼすぼす、と私の頭の上でガルドの手が何度か弾む。ぼそぼそと彼が告げた言葉に、分かっているという風にセシルが重く頷いた。ギルバートが苦笑している。私は自分がやった無茶を自覚しているので黙るしかない。じとりとした目でガルドを見上げれば、もう数回叩かれた。
「……一人で馬ぐらい乗れるんだけど」
「ダメだ」
ぶすくれた顔で言えば即座に却下された。諦めてセシルの黒馬に乗る。しっかり跨った私の後ろにセシルがきちんと乗った。私の愛馬であるブライアの背は空っぽだ。でも、どこまで分かっているのかブライアは黒馬に嫉妬することもなく大人しくついてきている。ちょっとぐらい自分が乗せたいと主張してくれてもいいのに。
相変わらず彼のマントを借りたまま、私は唇を尖らせる。ブライアより一回り大きな牡馬は私たち二人を乗せても余裕だという風にいつも通りの足取りで走っている。
私たち二人は、調査隊の一部と共に先に帰路につくことになった。騎士たちの中でも負傷しなかった者を中心に、残って警戒任務の班が編成され、それ以外でも疲弊しきっている司祭や私などは先発する形での帰還となったのだ。
「帰ったら薬酒をまた瓶に入れなきゃね。……本当、おばちゃんとんでもないものを残していったよね」
「……」
沈黙に耐えかねて話題を振ってみたが、スルーされた。しばらく待ってみたものの何か言ってくれる様子はない。だいたい馬に乗せるのが危ないというなら、司祭の二人と一緒に馬車の方に乗るのでも良かったのに。後方にいるはずの調査隊の馬車を振り返って見ようとするも、後ろに乗る男の体で遮られて見れなかった。私は諦めて前を向く。来る時は楽しむ余裕なんてまったくなかったが、古い街道の周りは林になっていて、木漏れ日の中の道はそこそこ癒されるものだった。ようやく上がった雨のおかげで、木々の葉が濡れ、景色がどことなくしっとりとしている。さっきまで死の縁にいたというのが嘘みたいに穏やかな気分だ。
「リチェ」
低く呼ばれて、私は再び振り返る。振り返っても背中を彼の胸に預けるようにして乗っているため、顔は見えなかった。
「……お前は、なんで聖騎士なんだ」
「え?」
「お前が聖女なら、それこそ今みたいに俺のマントに隠して守れるのに、聖騎士のお前は俺の腕をすり抜けて走っていってしまう」
問い返そうとしたら、続けられた言葉に私は口を噤んだ。下手に怒鳴られたり叱責されるよりも、ずしりと心にくる重みのある言葉だった。
「……ごめん」
謝っても意味などないことは私自身が一番知っている。だって、私は次また何かあったとしたら間違いなくまた走っていくのだ。今より対策はするだろうが、それでも自ら危険に飛び込んでいくことには変わりなく、彼が望むように守られているなんてことはきっとできない。私はあの時安全なところでただ祈るしかできなかった自分に戻りたくないから聖騎士になることを選んだのだ。
「いい。真っ先に走っていってしまうお前だから、お前なんだ。そんなお前だから、お前が一の聖騎士で、俺が二の聖騎士なんだと分かっている」
元々相乗りのために後ろから包み込むようにいた男の片手が私の前に回り、強く抱きしめられた。
「ただ、頼むから……」
縋るような手に力がこもる。背から直接響くような声は抑えきれない感情で掠れていた。
「俺の手の届かないところで死ぬのだけはやめてくれ」
「ごめん……」
血を吐くようなその言葉に、私はただ謝るしかできなかった。




