見つけるもの19
※流血描写があります。苦手な方は回避をお願いします。
自分でも上出来かな、と思う。
魔物の一体は少し離れたところに落ちている。まだ微妙に震えたりしているが、もう這いずってくることもなさそうだ。ほぼ無力化したと言っていいだろう。残る二体のうち一体も足をいくつか切り落としてある。あの厄介な機動力は半減させた。もう一体はまだ元気に跳ね回っているが、それでも鞭のようになぶりに来る触角の片方は片付けた。
よく、戦った、と思う。
ガランは本当に腕が良かった。あの時、剣を研ぎ直してもらっていなかったら、きっとここまで戦い続けられなかった。この歳になっても続けていた訓練は考えるより先に体を動かしてくれた。雨で濡れそぼり、度重なる攻撃にあちこち破れ、泥や血で汚れ果てた聖騎士の騎士服も、そして、その中に身につけている聖衣も私を守ってくれた。
遠く離れた瓦礫に、破れた宵闇色のマントの一部がぼろ布のように引っ掛かっている。足先を引っかけられてベルトを千切られ飛んだポーチが水溜まりの中に落ちていた。元よりポーションは全て使いきった後だった。それでもいつも腰にあるポーチがないのはどこか不安で、落ち着かなかった。
出る前にきっちりきつく結んだはずの髪は、どこかのタイミングで紐が飛んだらしく、ざんばらに乱れていた。横に流していた前髪は濡れて顔に貼り付き、後ろの髪も何度も壁に叩きつけられたりした時に泥で汚れ、あちこち絡まったり、引きちぎられて無残なことになっていた。
左手は、もう、ぴくりとも動かない。
それどころか、先ほどまで焼けるように痛みを感じていたのすらなくなった。肩の少し下辺りから先の感覚はない。折れてしまった後、上手く動かせなかったせいで何度も攻撃を避け損ねた。今はもう下に垂れ下がるしかできないそれを伝って、ぼたぼたと赤い血が水溜まりを染めている。
いや、左腕だけではない。あちこちの傷から出血が止まらない。もう血止め程度の治癒魔法すらも使えなかった。守護盾も無理だ。辛うじて右手に剣は握っているけれど、さっき押しつぶされそうになった時に足もやられた。左足が変な方向にねじ曲がっている。跳ね上げられて飛ばされた先、なんとか体を起こしたけれど、上手く立ち上がれない。右足も太ももを大きく抉られている。腰も傷めた。背中も。剣を杖代わりに何度か試すけれど、膝立ちになることすらできない私は、濡れた地面に落ちたまま、顔だけは前を向いていた。
喉の引っ掛かりに、かはっと、吐き出す。口の中は血の味でいっぱいになっていた。多分、内臓にも傷ができているのだろう。体をよじりたくなるような痛みがある。
でも、それ以上に。
ただ、ひたすらに寒かった。がくがくと体が震える。雨は容赦なくそんな私の体温をさらに奪っていく。
視界が揺れ、霞んでいた。
こんなに寒いのに。
頬を伝う涙だけは、まるで最期の慈悲か何かのように熱かった。
「…………」
眼前に、黒い魔物が迫っていた。
もう、避けることはできない。私はのろのろと右手を動かす。せめて、剣を構えたいのに持ち上げられない。いつもなら己の腕の延長のように自在に扱えた愛剣は、重くて切っ先を上げることができなかった。
私は、悟る。
私は死ぬんだ。
もう、避けることも凌ぐこともできない。あの振り上げられた黒い足に切り裂かれるのだ。その後、続いた他の足に切り刻まれ、あの胴体に圧し潰されるのだ。
うぐ、と、喉が鳴った。泣きわめくことすらもう出来ない。
瞬いた瞼の裏、仏頂面の男の顔が浮かんだ。
きっと彼は怒るだろう。そしてそれ以上に、きっと泣く。誰もいないところで。
そのことを救いに感じてしまう自分に、私は少しおかしくなる。
いなくなってしまった婚約者の影にいつまでもしがみついて、その想いに応えることをしてこなかったのに、今際の際に浮かぶのは、その婚約者ではなくあの男の顔なのだ。どれだけ大事にされていたのか、知っていた。私が何を言っても諦めずにいてくれると信じて甘えていた。どんなに待たせても許してくれると信じて疑わなかった。心の中では分かっていた。諦め悪く何十年もいなくなった婚約者を探していると言い続けながら、彼の存在の方がその婚約者よりもずっと大きくなっていたことを。いなくなってしまった婚約者をこの先見つけられなくても、私はきっと生きていける。でも、彼がいなかったなら……。
その結果が、このざまだ。
愛してると一度でも言えば良かった。
ずっと一緒に居たいのだと伝えれば良かった。
それも、もう、叶わない。
ごめん。
そう、せめて言いたかったのに、声は出なかった。
言っても届かないと分かっていても、呟きさえすれば、風がそれを伝えてくれるかもしれない、そんな幻想を信じたかったのに。
雨天でただでさえ薄暗い空。
それすらも遮られ、陰った。
私は顔を上げる。
最期の瞬間まで、せめて睨みつけてやる。
なのに、ぼやけてもう焦点が合わない……。
「……―― このバカ女っ!!!!」
至近距離で何かが動いた。上を向いたままの私の頬を、何かが撫で……。
鋭い衝撃音が響いたっ!!




