見つけるもの18
※流血シーンが混ざっています。苦手な方は回避をお願いします。
雨が強く降っている。
暁の風が流した血は、水溜まりを赤く染めて、だけど、ほんの僅かの間に降った雨に散らされて分からなくなってしまった。暁の風が走っていく音も雨音にかき消されて聞こえなくなった。
なぜかまだ仕掛けてこない魔物たちに、私はゆるりと立ち上がる。中身を使ったはずなのにまだ手の中に残っている瓶に、一度視線を落とした。ポーションであれば中身がなくなれば消えるのに、それはまだ、残っていた。自分が銀狼に振りかけたものの正体に気が付き、私は薄く笑う。その小さな瓶に唇を寄せ、残ったほんの僅かの液体を舐めれば、独特の匂いと喉を焼くような強い酒が口の中に広がった。消えない瓶をポーチに戻し、右手を自分の前で広げる。
「光よ、ここに」
さっき掴み損ねた剣が、一度光へと変化し、私の手に収まって、再度形をとった。まるで光を付与した直後のように淡く光っている。
私は、自分がそれをできると知らなかった。それでもやってみようと思ったのは……。
「……おばちゃん、今も、私を守ってくれてるのね」
養母は……聖女グレンダは、錫杖を必要な時だけあの呪文で具現化させていた。幼い頃、私はその様子を見るのが好きで、よく養母にやってとねだっていた。これはおもちゃじゃないんだがね、必要な時以外は云々なんて言いながらも、養母は何度かに一度は私の目の前でやってみせてくれた。
……私の剣には、その錫杖が、聖女グレンダが残した光が宿っている。彼女は亡くなる直前、聖騎士になったばかりの私に、その祝福と共に残していってくれた。古き一の聖騎士から受け継ぎ、打ち直して私の体に合わせたこの剣に、聖女は己の錫杖全てを使って光の付与を行った。聖女の力によって私の剣は、聖剣と呼ばれる唯一無二のものになった。
喉の奥に残ったものを飲み下す。さっき、私が暁の風にかけたのは聖女が残した薬酒だった。その効能は、体力と魔力の回復。ポーションよりも強力でしかも前借ではない、それ。さすがに治癒能力まではないようだが、解毒作用まであることがわかっているそれは、普通に使うにはあまりにも強すぎる代物だ。話し合った結果、聖騎士四人で少しずつ小瓶に入れてお守りのように持ち歩いている。残りは女王エレノアに事情を話し、王宮で厳重保管だ。
ポーチの片隅に入れっぱなしにしていた小瓶を養父母の形見として心の支えにはしていたが、実際に飲んで使うタイミングなどなかったから、その効能なんて忘れていた。
「……」
剣の柄を確かめるように、握る。
左腕は折れたままだ。ずきずきと脈を打って痛んでいる。さっさと治癒魔法で治してしまいたいが、流石にそんな時間はもうなさそうだ。そもそもここまでの戦いと、さっきの銀狼への治癒魔法で、魔力がもうあまり残っていない。薬酒は回復してはくれたが、それでもあんな一舐め分ではたかが知れていた。
「……もしかして、聖水と同じように浄化作用まであったりしてね」
だから、魔物は今、近づいてこないのかもしれない。もし、そうだとしたら、なんとでたらめな代物だろう。でも、養母ならやりかねないなんて思うのだ。しかも本人に自覚なく。
帰ったら一応確認しよう、と思って、私は苦笑する。この状態でまだ帰れると思っているのか、私は。
暁の風を行かせたことに後悔はない。あれは正しい判断だったと胸を張って言える。若干一名からは確実に怒られるだろうが、それでもあの判断を間違いだとは言わないだろう。一緒に一度離脱することも考えたが、その場合この魔物たちの機動力を考えると追いつかれる可能性が高い。どちらか片方を囮に残すしかないのであれば、馬と遜色ない速度で走れる暁の風を逃がす方に分配は上がる。
「さて、せめて、一体だけでも片付けようじゃないの」
師匠リドルフィは、神樹を切り倒す時に何体もの葉の魔物を倒していた。聖女グレンダも、そして私が知る何人もの先輩たちも、あの時、必死に葉の魔物と戦った。彼らに出来たのだから、きっと私もできるはずだと己に言い聞かせる。
ただ、違うのは、もう頼る相手はここに誰もいないということ。
自分は一人で、そして敵は三体もいるという、こと。
「これを倒せたら、それこそ武勲詩の一つでもできるかしらね」
それこそ、英雄と謳われる師匠たちのように。それも悪くないかもしれない。
遠巻きにしていた三体の魔物たちは、そろそろ様子見をやめることにしたらしい。じりじりとこちらへと距離を詰め始めている。さっき一体を相手にするだけでも全力を出すしかなく、それでも傷だらけになったことを考えると、この先は明るくなんてない。その絶望的な状況を分かっているから、私は敢えて無意味な軽口を叩き続ける。
死は、こわい。
本当は逃げ出したかった。泣き出したかった。助けてと叫びたかった。
でも、それを私の矜持が許さない。
私は、聖騎士、だ。
守り、そして人々を救う側の者だ。
「さぁ、仕切り直しよ。一の聖騎士リチェルカーレの聖剣の前にひれ伏しなさいっ」
私は、役立たずになった左腕はだらりとおろしたまま、右手だけで剣を構える。
恰好を付けて言ってみたけれど、それを聞く者は誰一人いない。
それでも私は獰猛に笑ってみせる。
私を鼓舞するように聖女の錫杖を宿した聖剣が、きらりと小さく輝いた。




