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探求者 【第一部完結済・第二部 2026年9月連載開始】  作者: あきみらい
第一部 / 第四章 見つけるもの
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見つけるもの15


 呼吸を整えながら、私は前を見据える。

先ほどまでのブライアの背と違い、暁の背には鞍がない。太ももの内側に力を入れ、その首筋に抱きつくようにしてしがみついているのは、中々に大変だった。それもあとほんの僅かの間だ。


「……」


 揺られながら口の中で呪文を詠唱する。まずは自分の身体能力の強化。ついで自分と銀狼への俊敏さと防御力の付与。気休めのような黒化への抵抗魔法。記憶している限りの付与魔法を、自分と暁の風に片っ端から重ね掛けしていく。

 そうしている間も、肌をちりちりと刺激する感覚は強くなっていく。魔素が濃い。魔素溜まりの中に浄化で入っていくほどではないが、ここにいては危険だと本能が警告を発している。

 無理矢理片手でしがみつきながら、腰のポーチから魔力回復ポーションを引っ張り出し、飲み干した。中身のなくなった瓶は、しゅんと小さな音を残して消え去る。喉に絡む独特な味を唾と一緒に無理矢理飲み下す。ひどく喉が渇いている時に水を飲んだ直後のような、全身に何かが行き渡る感覚に、ちろりと唇を舐める。


 やがて、前が、拓けた。


 暁の風の毛が逆立ったように感じた。いや、暁の風だけではない、私自身、服の中で鳥肌が立ったような感覚に、思わず奥歯をきつく噛みしめる。

銀狼はそのまま走り込まずにやや回り込むようにしながら速度を落とす。


 朽ちた古き街の名残、かつては広場か何かだっただろう場所の片隅に、『何か』があった。

サイルーンの奥の集落で見たのと同じ、何かが捻じ曲がった場所。

焦点を合わせようとすると、なぜか合わなくて気持ちが悪い。そう、とても、気持ちが悪いのだ。

あちらで見たものよりもはるかに大きい。そこに、どんどん魔素が吸い寄せられている。今、まさに魔素溜まりができようとしているのだ。


 十分に速度が落ちた銀狼の背から私はその毛で滑るようにして地面に降りる。不自然な乗り方に負荷がかかった足が一瞬震えた。それを黙らせるように腰のポーチから体力回復ポーションを引き出して一気に煽る。もう一本同じものを引っ張り出し、暁の風に投げてやれば、彼は瓶ごと口で受け取って飲み込んだ。


 『何か』が煌めく。


 頭上は暗雲が立ち込めている。ぽつぽつと雨が降り始めた。古い石畳混じりの土の大地が、濡れて黒くなっていく。しかし、『何か』の上にも降り注いでいるはずなのに、その真下だけは乾いた色のままだ。

地面は乾いた薄茶のままなのに、その辺り一帯が暗く凝っていく。逆に『何か』は段々に小さくなっているように感じる。しっかりと認識しようとすると何かに阻害されてできないが、それでも今ここに辿り着いた瞬間よりも縮んでいるのは、分かる。


「暁……」


 名を呼べば、ぐるる、と、相槌のような低い唸りが返った。こちらの意図を組んで並ぶ位置から私の後ろへと下がった。

私は、ゆっくりと身構える。じりりと足の位置を変え、剣を抜く。鞘の入り口近くに当てた左手の下を通り引き抜かれた剣は淡く光を纏っていた。


 前の時、メモを付けた鉛筆を投げ込んだだけで、『何か』そのものか、それともその向こうにいる何者かは、激しい拒絶反応を示した。そんなものに攻撃のようなものを食らわせて大丈夫なのか。そんなことは分からない。でも、あそこに魔素が凝ってしまっている以上、私はあれを吹き飛ばさねば近づくことができない。今度こそ、何かを掴まねばならないのだ。


「……おばちゃんの聖水を持って来ればよかった」


 あれだったら、もしかしたら『何か』を刺激せずに辺りの魔素を散らせたかもしれない。

そんなことを今言ってもどうにもならない。私は覚悟を決める。頭の中で一度守護盾の呪文を組み直し、最短で展開できるようにイメージし直してから、ゆっくりと体全体を使って大きく呼吸を三回繰り返した。

そうして、止める。意識する。く、っと眉根に力がこもる。

私の意思を汲み取って、剣を包む光がじわじわと強くなっていく。

確かめるように両手でグリップをねじる様に握り直す。じりじりと体を捻るようにして剣を構える。


「……っ!!!!」


 一瞬の、溜め。

一気に、横一閃――……!!

光を纏った細身の剣が、眩い軌跡を残した。

斬撃が齎す圧が、集まり始めていた魔素を一気に吹き飛ばす。


「………光よ、我らを守れ、守護盾っ!!!」


 振り切った剣を戻すより先に最短まで短縮した呪文を鋭く発する。直後、眼前に展開された守護盾に、暗く淀んだ魔素が猛烈な勢いで襲い掛かった。間一髪。防いだ防御魔法を支えるように、私は剣を縦に構えて耐える。ほんの一瞬遅れて、サイルーンでも遭遇した、いーーーっと他の物音すべてを打ち消すほどの高い耳鳴りのような音がきた。予測していたそれを奥歯をきつく噛みしめてやり過ごす。


「……消えるんじゃないわよっ」


 そのままでは前と同じになってしまう。私は剣をもう一度振り抜くようにして向かって来た魔素を斬り払うと、そのまま一気に駆けていく。

 前の時、私が投げた鉛筆とメモは間違いなくあの『何か』の中に消えている。おそらく、度重なる集団行方不明事件の被害者たちも、『何か』の向こう、どこだか分からぬあちら側へと連れ攫われているのだ。セシルには間違いなく怒られるが、あれに接触しないことには話が進まない。

先ほど剣圧で散らしたはずなのに、急速に更に速度を増して再び集まり始めている魔素を、そして、強くなり始めた雨を、光を纏わせた剣で薙ぎ払うように散らしながら距離を詰めていく。


 近づくに従って、なぜか胸が痛くなるような気配を感じた。

ひどく懐かしくて、遠くて、切なくて、泣きたくなる。そんな、気配。それが何であるかを意識する前に、私は手を伸ばす。


 ぼと。


 目の前で、不意に『何か』から、黒っぽいものが落ちた。

次いで、ぼと、ぼと、と、二つ。


 ほんの一瞬の間に、感じていた何かの気配が消えた。無理矢理遮断されるような、そんなぷつりと途切れた感覚に私は一瞬固まる。

ぞわり、と、背筋が凍るような感覚に、『何か』にもう一歩で手が届く距離まで詰めていた私は、本能的に飛びずさった。

飛んだ私の首根っこを、何かが強い力で引く。暁の風、だ。そのまま私を咥えるようにして一気に『何か』から距離をとる。一瞬遅れて、黒い触手のようなものが私がいたところを殴打した。


 一気に魔素が凝り、『何か』がそれに覆われていく。私はそれを後ろに引き戻されながら顔を顰めて見つめていた。ぎりぎりと奥歯が悲鳴を上げている。

 走り出す前よりも更に距離をとったところで、寸でのところで私を守った銀狼が私を放した。地面に落とされた私は即座に体を起こす。前を向く。もう、『何か』は見えない。今まで見たこともないぐらいの暗さに魔素が凝っている。その中で黒光りする何かが蠢いている。


「……トゥーレっ!!!! そっちにいるんでしょっ!! 返事をしてよっ!!」


 もう、どうにも届かなくなったものに、私は叫んだ。

なぜ、そう叫んだのか、私自身も分からなかった。

ただ、ぶわりと滲んだ視界に、私は手の甲で目元を乱暴に拭い、剣を構えた。





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