見つけるもの12
ミリエルの衝撃の告白に理解が追いつかず、私はぐるぐると考えながらその日の残りを過ごした。
それでもしっかり食事をとり、気が付いたら寝巻に着替え、布団に入っているのだから笑ってしまう。
幼少期からひたすら続けていた訓練と、可能な時はしっかり食べてしっかり寝るという習慣は、こんな時も私を律してくれていた。
クリスに、ミリエルが話してくれたことをすぐに伝えに行くことも考えた。だが、今、彼は私が頼んだことに全力で打ち込んでくれている最中だ。それを邪魔する訳にはいかない。随分と後手に回ってしまってきたが、今度こそ集団行方不明が起きる前に阻止するのだ。そのためにはクリスたちに頑張ってもらわねばならない。
私は、待った。
ミリエルから聞いたことは紙に書き出して、一旦横に置くことにした。彼女の話していた『神』については気になるが、今はそれよりも目の前に集中しなければならない。ミリエルとは後日落ち着いた時に話を聞く約束をし、彼女自身が言った通りに今は、忘れる。私一人では抱えきれない内容なのは間違いないので、クリスや他のメンバーも立ち会ってもらった状態でしっかり聞く必要があるが、それは今できることではない。
知らせが来たのは、クリスたちが調べ始めてから三日目の朝だった。
広場の端で型の練習に励んでいたところに、セティが走ってきた。
クリスたちを待っている間やっていたのは訓練や、村の結界石の保守、それに養成校の子どもたちの相手。朝にはかつて師がやっていたように、早朝から剣の素振りや走り込みなどをしていた。我ながら脳筋のようだなと思いつつも、体を動かすことで心のバランスをとろうとしたのだ。
「リチェさん!」
ぶん、と剣を振るっていたところに呼ばれ、振り返る。
息せき切って走ってきたセティは、少し顔色が悪かった。もしかしたらクリスもセティもあまり寝ていなかったのかもしれない。そもそも、こんな朝早くに来る辺り、下手すると貫徹している可能性がある。
「今から来てもらうことは出来ますか?」
「分かった。すぐ行く」
簡易な訓練着だった私は、剣を鞘に収め、近くのベンチに置いていた薄い上着を肩に引っ掛けると、そのまま養成校の建物へと走り始める。先を走っていたセティにすぐに追いついた。一瞬、セティを抱き上げて運ぼうかとも思ったが、やめる。多感なお年頃の男の子にそんなことをしたら、彼の自尊心を傷つけてしまう。
二人で、養成校の聖女の部屋へと辿り着けば、そこにはクリスが待っていた。
テーブルに並べられていた日記帳は全て本棚に戻っている。その代わりに手書きのメモやリストが何枚も広げてあった。何度も書き直しをしたらしい表もある。日付があるところを見ると、おそらくは日記から抜き出した聖女の行動を書き出したものだろう。
「リチェ、おはよう」
「……クリス、ひどい顔だわ」
「ははっ。少し頑張ったからねぇ」
ぼさぼさの髪に整っていない髭、目は落ちくぼんでいる。クリスは少しなんて言って笑っているが、どう見ても少しではない。思い返してみると食事も途中からはセティが取りに来ていて、食堂で食べていなかったように思う。この分だと、調べていた期間宿にも戻っていないかもしれない。
「……ありがとう」
気が付けば、滲むように感謝の言葉を口にしていた。そんな私にクリスは疲れを隠しきれていない顔のまま優しく笑い、その弟子のセティも誇らしげな顔をしていた。
「さて、説明するよ。リチェ。とんでもないことが分かりました」
座って、と促されてソファーに座る。クリスは私の前の席に座り、セティは助手として資料を出したりなどの補佐をしてくれるらしい。対面ではない位置に丸椅子を持ってきて腰を下ろす。
「まず、こっち。これはリチェが持ってきてくれた、騎士団が把握している魔素溜まりの発生場所について記された地図」
クリスの言葉を受けて、セティがテーブルの真ん中に大きな地図を広げた。王都を出る時に騎士団に寄って貰って来た物だ。騎士団が把握しているもので、冒険者ギルド所属の者たちが対処した場所も含まれている。
「で、ここにリドさんが残してくれた物を重ねてみよう」
同じ地図でも、薄く透ける紙に書き写されたものを、セティが先の地図に重ねた。先ほどとは違う色で魔素溜まりの場所に印がつけてある。騎士団所蔵だった地図にはなかった印がかなり増えているが、基本は同じだ。おそらく戦乱期の情報は騎士団側に全ては残っていなかったのだろう。
「さらに、この上に、エマが持っていた地図も重ねましょう」
これも薄く透ける紙に書き写されていた。私と姉が子どもの頃、寝物語の代わりに聞いた養母の話に出てきた地名、養母が戦乱期も含めて浄化してきた魔素溜まりの場所をまとめたものだ。久しぶりにしっかり見たが、やはり多い。この数を一人で浄化してきていたのかと思うと、本当に頭が下がる。
「最後に、グレンダさんの日記で分かった場所を重ねます」
先ほどまでより印の数がぐっと減った。地図に並んだ印に、私は息をのんだ。
クリスがこちらを見ていた。セティも心配そうな顔をしている。私は早くなった鼓動を落ち着けようと、一度目を閉じ、息を深く深く吸い込む。そしてゆっくりと吐き出す。数度をそれを繰り返してから、瞼を上げた。もう一度、しっかりと地図を、現実を、見据える。
地図に残っている印は、聖女グレンダが日記を書き始めた後に浄化した場所。つまりは、神樹をその背に宿した後に浄化した場所だ。私の記憶にある限り、神樹を切り倒した後は養母は浄化を行っていない。彼女の聖騎士がそれを許さなかった。神樹によりボロボロになった彼女を少しでも生き長らえさせるために。私や若い司祭たちの研修について来て見守っていることは何度かあったが、聖女として浄化を行ったのは、神樹を切り倒した時が最後だったはずだ。
「……クリス、セティ、ありがとう」
まずは礼を言って。それから、セティが重ねた地図を固定するのに使っていたピンをいくつか借りて、今残っている印の上の、いくつかに刺していく。
私はしばらく前に、同じ作業をやっている。あの時よりもう四つ、ピンの場所が増えた。場所は、サイルーン近郊の集落、ヴェルデアリア、それに先日イリアスたちと、ガルドが見つけて来てくれた魔素溜まりの場所。
ピンを立てていない印はもうほとんどない。
「人が居ない土地でも、同じ現象が起きていたのね」
「えぇ。……しかも、『欠片』が出現している順番に法則があることも分かりました」
地図を見ていた私は、クリスの言葉に顔を上げる。地図の横に置かれた年表を見ても私にはよく分からない。でも、クリスには何か見えているのだろう。
「魔素溜まりを浄化したタイミングを注視していたせいで初めは分からなかったのですが、そこが間違いだったんです。あと、サイルーンや他のもう一箇所がひっかけでした」
クリスが顔を上げる。疲れて落ちくぼんだ目は、それでも強い光を宿していた。
「グレンダさんはとても多くの場所で魔素溜まりの浄化をしました。そして、誰よりも『欠片』の浄化をも行っています。他の司祭が浄化した魔素溜まりで見つかった『欠片』も浄化していた。注目すべきは魔素溜まりではなく『欠片』の方で、見るべきは浄化した順番ではなく、出現した順番だったんです」
クリスは、ゆっくりと、自分の考えを確かめるように一つずつ言葉にしていく。
「……では、次に起きる場所も」
「えぇ、分かりました」
クリスがゆっくりと重く頷くその仕草に、私は唇を引き結んだ。
……クリス君と一緒になぞ解きをする羽目になった私が一人いました(涙)




