見つけるもの11
クリスたちと一緒に調べ続けるつもりでいたのに、私は早々に部屋から追い出されてしまった。
次、被害に遭いそうな場所がある程度分かったら走っていくことになるのだから、今のうちに休めとクリスから言われてしまったのだ。
調査隊内での立場は私の方が上なのだが、クリスは年長者で、おまけに私が子どもの頃からの付き合いだ。困った時の相談相手でもあるクリスに言われてしまっては、私は頷くしかなかった。
「リチェ、おかえりなさい」
食堂の裏にある実家に帰って来れば、いつもと同じ柔らかな笑顔でミリエルが迎えてくれた。
「あ、ミリ、いつものお土産」
顔を見たことで思い出した私は、剣帯につけているポーチから小袋を出す。それをいつものようにミリエルに渡そうとして、ふ、と、疑問がわいた。
「ねぇ、ミリ。ちょっと聞きたいのだけども」
「はい」
私の言葉に、我が家に住む精霊は軽く首を傾げる。どうしたの? とこちらの返事を待つ、その仕草はごく自然で、きっと知らされなかったら彼女が人ではなく、本来なら感情がないと言われている精霊だなんて誰も思わないだろう。
「ミリは、魔王シルバーの魔力と、おばちゃん……聖女グレンダの持っていた神樹の葉から生まれたのよね? ……おばちゃんがいなくなった後も、ミリの中の神樹の葉はそのまま残っているの?」
私は浄化済みの『欠片』が入った小袋を渡しながら、精霊に問いかける。それを両手で受け取ったミリエルは、そうだ、という風にこくりと頷いた。ここはまだ予想通りの答えなので私もそっか、と軽く頷きを返す。
「ミリは確か、うちに来たばかりの頃は話すことができなかったよね。今みたいに笑ったりもしなくて、お人形みたいだった。『欠片』を食べたら今みたいになったって聞いているけれど、なんで食べたら話せるようになったの? ……というより、なんで食べようって思ったの?」
考えてみたら不思議な話なのだ。『欠片』はそもそも、人が扱えるものではなかった。魔素を吸い込んで黒く汚染された『欠片』を浄化することはできても、聖女の力を持ってさえもそれ以上は『欠片』に対し何もできない。出来る限り再び汚染されないような場所に安置し、現れた時同様、ある日突然消えていくのを待つしかない、厄介な代物なのだ。
それを、ミリエルは食べてみせる。汚染される気配もなく、食べた『欠片』の力を我が物にし、そこに在り続けている。
「あの時の私は不完全な姿だったから、『欠片』で補ったの。なぜ食べたのかは……説明が難しいけれど、そうね、リチェに分かりそうな言葉にすると、美味しそうに見えたの」
精霊は少し困ったような顔で笑いながら、そんな言葉を返した。受け取った小袋を開けて中身を確認し、「これも食べていい?」と訊いてきたので、一瞬遅れて私は、「ちょっと待って」と止める。
不完全な姿。『欠片』で補える。美味しそう……。思考が一瞬停止しかける。ミリエルが最初の欠片を食べた時、それを許可したのは師匠リドルフィだったと聞いている。私たちには見えない何かを、師匠は見ていた。神樹を抱いた聖女の祝福で得た力を用いて。ミリエルの言葉から察するに『欠片』は、何らかの力の塊でもあるのだ。
「……ねえ、ミリ。もし、もしもよ。私が『欠片』を食べたらどうなるか、知っていたりする?」
「えぇ」
迷いなく返ってきた肯定に、私は数秒、呼吸をすることすら忘れるほど驚いた。瞬きすらできずに目の前の精霊を見つめれば、その精霊に心配された。
「リチェ、大丈夫?」
「……えぇっと、あんまり大丈夫じゃない。ちょっと、ミリ、こっちきて! ちゃんと話を聞きたい」
我に返った私は、ミリエルの手を引いて自分の部屋へと駆け上がる。突然引っ張られる形になったミリエルだったが、転びもせずにちゃんとついてきた。そういえば神樹を倒す時、ミリエルも師匠たちと一緒に戦っていた。ベースは魔王が作った魔族なのだ、これぐらいのことで転ぶわけがない。下手すると戦ったら私よりはるかに強いのかも、と、今更思い当たり、ごくりと唾を飲み込む。我が家に当たり前にいた家族の一人は、私たちが全く知らない生き物だったのだと、改めて認識し直した。
「座って」
自室に入れば、ミリエルを椅子の前に連れて行って半ば強引に座らせる。そうしてから、私も向かい合わせになるように自分のベッドに座った。
結構乱暴に扱われているのに、ミリエルは困った子ね、という風に笑っている。……ミリエルも私が子どもの頃を知っているのだ。もしかしたら、ミリエルからは私はいまだに子どものように見えているのかもしれない。
「とりあえずね、今生きている人の中で、『欠片』を食べられるのはリチェだけだわ。他の人に食べさせたら壊れてしまうから試してはダメよ」
子どもに諭すような口調で、ミリエルはさらりととんでもないことを言った。私は口を半開きにしたまま精霊を見つめる。美しく整った容姿は、私が子どもの頃から全く変わっていない。エルフのイリアスも昔と見た目は変わっていないが、多分、ミリエルとは本質が違う。イリアスは私たち人間よりも非常にゆっくり歳を取るのに対して、ミリエルは魔王と同じで歳という概念がないのだ。
「……え、なんで、私、だけ……?」
「リチェは、グレンダと同じ純白だから、よ」
あなたは聖女グレンダの祝福を受けているから。元々白に近かった魂の色が、その祝福によりさらに純度が上がったのだ、と。精霊はどこか神々しくすら感じる微笑みを浮かべ、言った。
「リチェ。覚悟ができるまでは『欠片』を食べてはダメよ。これは『神』の世のもの。リドと同じになりたくなかったら、今は忘れなさい」
この世界に『神』に纏わるものはたくさん残っているのに、『神』という存在はない。
少し前まで人々は歪められた神話により『神樹』を崇めていた。今は『神樹』からこの世界を守った聖女を祀っている。長寿種であるイリアスたちエルフにすら『神』のことは伝わっていないのだろう。少なくともイリアスからはそんな話を聞いたことがない。古い文献に『神』と呼ばれる何かがいたという話は少しだけ残っているらしい。それこそ、魔族みたいな歳という概念をもたない何かのような、人とは違う種族のような、そんな存在として。だが、それが私たち人にとってどんな存在だったのかは、何も残っていないのだ。なのに、『神』と名のつくものは、どれも尊く崇められるような何かを指していることがほとんどだ。人々の記憶には、もうそんな存在はどこにもないのに。
「……『神』?」
「えぇ。この世界に祝福を与え、神聖魔法をもたらしてる者たち。神樹と呼ばれるものや他の外からやってくる様々なものから、こちらの世界を守っている者たち。私は、こちらの世界で最も彼らに近いもの。彼らのレプリカ……言ってみれば、私は、聖杯と同じ、なの」
私は、微笑んだまま続けた精霊の言葉を、半分も理解できぬまま、ただ聞いていた。
ミリエルさん、今、それ話しちゃうの?と作者って生き物が涙目になっています。
すみません、この話は第一部では回収しきれないので、そのつもりで読んでいて頂けると助かります。




