見つけるもの9
モーゲンについたのは夕焼けの中。もう門を閉じようという頃合いだった。
本当はもっと早くにつきたかったのだが、魔導宮を出たところで呼び止められてしまったのだ。
しかたないので、クリスとセティは先に向かわせて、私一人遅れての行動となった。野暮用を片付けたついでに調査隊の本部や騎士団に寄って、いくつか用事をこなしてこれたのでまぁ良いとしよう。
目的は話しておいたので、クリスたちは先に調べ物を始めてくれていることだろう。
「なんか疲れた……」
ブライアを村の馬房に預け、実家である食堂の方へと向かえば、後ろから気配がした。
振り返ると、夏毛に変わりつつあるのか幾分ほっそりとした暁の風がいた。
「暁!」
養父の葬儀の時にも会ってはいるし、たびたび養成校にも顔を出しているが、なんとなく出迎えにきてくれたようでうれしい。両手を広げれば寄ってきてくれたので、その首筋に抱きつく。もふりと豊かな毛に埋もれると、少し埃っぽいようなお日様の香りがした。
「リチェ、嬉しそうだ」
「うん、少しね」
大きな舌でべろんと顔を舐められて私は苦笑する。そんな見て分かるほど私は嬉しそうなのか。それも仕方のない話かもな、なんて思う。ずっと行き詰っていたことのヒントを得たかもしれないのだ。嬉しくない訳がない。
「暁、あれの次に出現するところを予測できるかもしれない。また走っていかなきゃな時はついてきてくれる?」
「セシルは連れて行かないのか?」
「あいつは違う件で忙しいから厳しいかも」
「ならば、仕方ない。ついて行ってやる」
ちょっと偉そうな態度に笑う。少し硬いふかふかの毛を堪能してから離れれば、まんざらでもない顔をしている大狼の横顔がすぐ近くにあった。そのつり上がった目を見て、昔ここにいたもう一頭の大狼のことを思い出す。暁の風を伴って歩き出しながら、口を開く。
「ねぇ、暁」
「なんだ?」
話すために軽くその毛並みに触れながらゆっくりと歩く。問いに、いつも通りの短い返事が返って来れば、ほんの一瞬言おうとしていたことに罪悪感のようなものを感じた。それを察してか、それとも気付かずにか、間が空いても急かされないことを良いことに、私は少しだけ考える。考えて、やっぱり口に出すことを選ぶ。
「……夜闇が見つかったとしたら、どうする?」
ひっそりと風に紛れさせるようにして問うたのは、暁の風の妹のことだ。
今から三十年ほど前に、トゥーレと一緒に居なくなった一頭の銀狼。暁よりも一回り小さな守護の雌狼の行方も、トゥーレ同様ずっと分かっていない。普通に考えたらもう生きているとは思えない。それぐらい長い年月一人と一頭は行方不明だ。
村に住まう暁の風の父親、蒼き風の子は何頭もいるが、そのうち守護の狼にまでなれたのはそんなに多くはない。ほとんどはごく普通……というには少しばかり賢く村の人たちに懐いた狼になった。
暁の風と、夜闇の風は、同じ時に生まれた兄妹であり、その代で守護の狼になれることができた二頭なのだ。暁の風にとって、どの狼たちよりも親しく近しい存在だった。まるで、私とトゥーレのように。
「……なんだ、そんなことか」
ふん、と、銀狼が鼻を鳴らした。
「知れている。説教だ。勝手に危ないところにいって帰って来ず、皆を心配させたのだ。雷を落とす必要があろう」
何を当たり前なことを、という口調に、私は、一瞬目を丸くする。遅れて言われたことが心に浸透すれば、思わず、くくっと喉が鳴った。
「そうだね、夜闇もトゥーレも見つけたらお説教しなきゃ。ついでに、行方不明の原因作ってるやつもとっ捕まえて、もうやりませんって念書を書かせよう」
「あぁ」
そうだ、と言う風に大きな尻尾で背を叩かれた。質量があるのに、ぼふんと柔らかいので痛くはない。私は返事として銀狼の背を軽く叩く。
「ねぇ、夜闇も、今の暁みたいに大きくなってるかな」
居なくなった頃の二頭は、今の暁の風ほど大きくはなっていなかった。普通の狼に比べればかなり大きかったのは当時もだが、それでもまだ雄羊ぐらいの大きさった。今はそこからさらに育ち、馬と大差ない。前に何度かどうにもならない時に背に乗せて貰ったこともあるが、大人になった私一人乗せても全く揺らがない。
「さぁな。だが、夜闇はメスだから育ってもここまで大きくはならん」
「そっか」
私の頭の中にいる夜闇の風も、トゥーレも、いなくなったその頃の姿のままだ。
夜闇の風は、今の暁の半分ほどの大きさのすらりとした銀狼だし、トゥーレは十代半ばの姿のまま時を止めている。若く、少年から青年になりかけた細くてまだ少し頼りない背中。柔らかな癖っ毛を揺らし笑う目尻には皺なんてもちろんない。置いていかれてしまった私たちは、もうこんなに歳をとってしまったのに。
ぼふ、っともう一度背中に大きな柔らかなものが当たった。横を向けば、暁の風がしれっとした顔で前を向いていた。私は鼻で息を吐き出す。
「そろそろ、かくれんぼはおしまいだって言ってやらなきゃね」
そうだ、という風に、柔らかな尻尾がもう一度私の背を叩いた。




