温かな時間
子どもの頃、寝る前の時間が楽しみだった。
聖騎士の養成校がまだ出来ていなかった頃。私は王都の騎士団学校に入り、まずは体を作るための訓練に明け暮れていた。まだ六歳やそこらの頃の子どもには中々厳しい日常だった。それでも負けず嫌いな私は必死に訓練を受け、放課後には司祭の授業も受け続けた。体も心もへとへとになりながら、それでも諦めず食いついていった。
だが、その反動で、週末などにモーゲンに帰った私はひどく甘えん坊になっていた。姉や養母にくっつきたがり、何かにつけて構われたがった。今では私よりずっと小柄な姉も、そして養母も、そんな私を許してくれた。帰ると必ず私の大好物を作ってくれ、食堂の仕事の邪魔になっていても、困った子だねと笑うことはしても、ダメだとは言わなかった。
「ねぇ、おばちゃん、今日はどこの話?」
夜、時間になると養母は仕事の手を休めて、添い寝をしてくれた。初めは絵本か何かを読み聞かせてくれていたのだが、途中から私がねだり、寝る前の時間は養母の昔の話を聞く時間になった。
今思えば、思い出したくないようなこともたくさん経験していたのだろう。養母は戦乱期を生きた人だ。凄惨な場面も乗り越えて、生き延びたのだ。その記憶の中から話せと言うのだから、子どもながらにかなり残酷なお願いをしていたのかもしれない。
だが、養母は「はいはい」と返事をして、毎回自分の記憶を辿り、様々な話をしてくれた。
「そうだねぇ。昔、モーゲンが出来たばかりの頃に、呼ばれて、イーレアという場所に行ったことがあってね」
少し考えてから、養母は話し始める。
姉と養母に挟まれてベッドに収まった私は、うんうん、と頷く。外は冷えて雪が積もっている時でも、家の中は温かく、そしてベッドの中は更に温かかった。騎士学校で一人だけ皆と違う立場にやっかまれたり、聖騎士になるなんて無理だと言い切られたり、挙句は嫌がらせを受けたり、なんてこともあったけれど、それでも続けられたのはこの家があったからだ。何があっても、どんな私でも、受け入れてくれる場所。私の頑張りを哂ったりせず、泣いても甘えても受け止めてくれる家族。その存在が私を支えてくれていたのだ。
「そこは織物で有名な小さな村なんだけどね、私が行った時には人が居なくなっていてねぇ」
養母の話は、基本淡々としたものだった。話として面白かったかと言われると正直微妙なところだ。だが、子どもだった私と姉は、そんな話をいくらでも聞いていた。なんなら、翌朝には、地図でそこがどのあたりなのかも教えてもらい、気が向けば、養父にも聞きに行って情報の補完もした。
私にとっての養母は、知らない場所や知らないことを惜しみなく教えてくれる先生で、そして母だった。
「近くに魔素溜まりが出来ていてね。それでみんな、逃げてしまっていたんだよ。危ないからね。大事な機織り機も、用意していた糸もぜーんぶおいてね」
とんとん、と寝かしつけのテンポで布団の上から軽く体を叩かれる。この時間は養母も姉もくっつき放題だ。わざと何度ももぞもぞ動きながら頬を摺り寄せ、温もりを貰う。あまりやり過ぎると、寝ないのかい? とちょっと低くなった声が降ってくる。そうすると私は慌てて動きを止める。
「……おばちゃんが浄化してあげたの?」
「あぁ、そうだよ。そのままじゃ、みんな困ってしまうからね」
養母の話には自身が浄化した場所の話も随分と混ざっていた。覚えているだけでも五十件は下らない。戦乱期と戦乱期後の時代。養母は文字通り体を張って国内を浄化し、人々を救っていた。ただ、養母自身は魔素溜まりを浄化した、としか言わない。浄化の儀式がどれほど過酷だったのか、浄化する前の状況がどれほど凄惨だったのかは、語らなかった。
「そこの人達は戻ってきたの?」
時々、姉も途中でそっと養母に訊く。それはほとんどの場合、私も知りたかったことだった。
「そうだねぇ。浄化した後すぐに、ではなかったけれどね。それでもやっぱり自分の村に帰りたいってみんな思うんだろうね。魔物とかがいなくなった頃、ゆっくりと人が戻っていってね」
養母は、「今では、昔のように織物を営んでいるよ」と、話を結んだ。「そうかー、おうちに帰りたいものねぇ」なんて私や姉もこくこく頷く。養母は、そこの織物で出来たハンカチを持っているから、明日見せてあげようね、なんて請け合ってくれて、私たちは大喜びした。
面白味なんてほとんどない、どこかちょっと地理の授業のようだった昔話。その時間が、私は大好きだった。話してくれること。すぐ横にいてくれること。それが嬉しくて、とても幸せだった。
「さて、お話も終わったからそろそろ寝る時間だよ」
言って、布団から出て立ち上がる養母の服を、捕まえる。
「おばちゃん」
「なんだい? もう今日の分はおしまいだよ?」
「……もし、モーゲンに魔素溜まりができちゃっても、おばちゃんがやっつけてくれる? やっぱり逃げなきゃダメ?」
「大丈夫だよ。その時は必ず私が浄化するし、魔物が出てもリドが倒してくれる」
「……そっか」
安心したら、ふありと欠伸が出た。目をこする私と、隣にいる姉にもう一度布団をしっかり上までかけ直して、養母が言う。
「おやすみ、リチェ、エマ。いい夢を見るんだよ」
姉にくっつきながら頷けば、養母は優しく私たちの頭を撫でて、笑ってくれた。
物語も折り返し地点に来ているので、少しずつ前半や番外、それに前作で張った伏線を回収し始めています。
あれ? って引っ掛かるものがあったら振り返ってみるのも楽しいかも。
私もそこを書いていた時には気付かずに張っていた伏線がたくさんあって、書き進めていくうちに、これこのためだったのか!!と自分で発見します(汗)




