しゅーた?
嬉しい気持ちや楽しい気持ちは持続しないのに、どうして悲しみはこんなにも尾を引くんだろう。
同級生が死んだ。
その事が私の心に重石を乗せているようで上手く笑えない。
うさこは何も言わないけれどいつもより無理してバカな事を言ったりして私に気を使っているのがわかった。
でもどんなに気を使われても、楽しい事を考えようとしても愛ちゃんのことや、死についての事が頭から離れない。
お弁当もあまり食べる気にならず箸でおかずをひたすら突付いてボーッとしていた。
ふと正面に居るうさこを見るとうさこは苺牛乳を片手にアイドル雑誌を静に読んでいた。
そんなうさこに質問を投げかける。
「ねぇうさこ・・・人は死んだらどうなるんだと思う?」
うさこは最初目を大きく見開くと目線を誌面に戻し、それを閉じると頬杖を付いて窓の外を見た。
「さあ・・・・経験した人は教えてくれないしね、全部予測でしかないヨね」
「ふーん」
「なに?」
「天国とか信じてるのかと思ってた」
「天国ぅ?アハハ!そんなのあるわけ無いじゃん!!どこにあんのヨ?雲の上?オゾン層しかないっつーの!」
うさこは手をひらひらさせながら笑った。
私も苦笑する。
ごめんうさこ、私は天国ってあるかもって思ってる。
そうしたら愛ちゃんも今度こそ天国で好きなことが出来るはずだ。
でも自殺した人間はやはり天国へはいけないんだろうか?
世界は常に表裏一体だ、表があれば裏が有る。
天国があるなら地獄はあるはずだ。
地獄のような日々を愛ちゃんが送っていてそこから逃れる為に命を絶ったのだとして、また地獄へ逆戻りだなんて酷すぎる。
「天国も地獄もこの世にあるんだとおもうヨ?」
うさこの一言に私は後頭部を強く殴られたような衝撃を受けた。
「うさこがそんな悟ったようなこと言うなんて・・・・・」
私があまりにも驚いているのでうさこは不審そうに私の顔を伺った。
「なんで?そんなに意外?」
「うん・・・私はそう言う風に思ったことなかったから・・・・」
「だってよく試験の時とか皆『地獄だぁ〜』とか言うし、外からクーラーの効いた部屋に入ったら『天国だ〜』とか言うでしょ?ちょっとした事がこの世では天国でもあり地獄でもあるんだヨ」
「・・・・」
「そう考えると人ってやっぱり常日頃から天国とか地獄を体感してるわけヨ」
うさこの力説に私は納得せざるを得なかった。
私は何の考えもなしに毎日を生きてる。
生とか死とかはっきり言って愛ちゃんが亡くなるまでは気にもかけてなかった。
でもこうして身近で事が起こると考えずには居れない。
「何か・・・・生きてるってどういうことかわかんなくなる」
「そんなの哲学者かなんかにやらせとけばいいじゃん、私達みたいな平民は平々凡々暮らしとけばいいのヨ」
「それはそれで夢がなくない?」
うさこは髪の毛を人差し指でくるくると巻き始めた。
「でもさ夢ばっかり見て足元が見えてない人って、冷静に見てる人からすると『あ〜無理だからやめとけば良いのに』って思わない?」
「・・・・うさこって見た目によらずドライなんだね」
「何を今更・・・私からすればシオンの方がちょっと意外かな〜」
「え?」
「シオンの方が私より冷めた目で色々見てると思ってたから」
「そう・・・かな?」
「人は見た目によらないってことかなアハハ」
うさこは屈託の無い笑みを浮かべて苺牛乳を一気に吸い上げた。
ズズズっと音がしてストローから口を離すとプハっと息を吐き満足げな表情を浮かべる。
「夢なんて余裕がある人が見るものなんだと思うヨ」
うさこみたいなメルヘンチックな女の子がそんな風に考えていたなんて、それはとても私にショックを与えた。
私はいつの間にか自分の中での勝手なうさこ像を作り上げていたのだ。
アイドルばかりを追いかけて夢見がちそうに見えて、実際はそんな自分を冷めてみているようなそんな気がした。
26
昨日夢を見た。
最近良く夢を見ているような気がするけど大抵は覚えてない。
実際寝てる間に人は何本も夢を見ているらしいが、覚えているのはほんの少しだけらしい。
昨日見た夢は知らない男性が化け物と戦っている夢だった。
顔は良く覚えていないけれど精悍な顔つきをしていたような気がする。
私はどうやらその人物と知り合いらしく夢の中では私もその人を知っていたのだが何て言葉を交わしたのかは思い出せない。
ただ夢の中に出てきた光り輝く美しい剣のことだけははっきりと覚えていた。
私は昨日見た夢の話をうさこにしてみた。
うさこは男性の事が気になったようで、しつこく外見について訪ねてきたが鮮明には覚えていなかったのでうさこが好きそうな感じとだけ告げておいた。
「まじで!?いいなー私の夢にもイケメン出てこないかな〜最近夢見悪くてさースッゴイ嫌な感じに目が覚めるんだヨ」
「へ〜どんな夢?」
「いや〜なんかよくわかんないんだけど英語の授業受けててノートにひたすら黒板に書かれた文章を書き取るんだけど訳が全然わかんないの!何かもう追い込まれてる感じがして最悪!!」
「それって現実が反映されてんじゃないの!?」
「も〜最悪だヨ!英語の松嶋まじ死ねって感じ!あいつ書き取りばっかで授業進めるの早すぎるんだヨ吉田先生の所とかまだ一章のところやってるって言ってたヨ」
うさこはブツブツ苦手な教科の先生の悪口を言っていた。
今勉強している事がなんの役に立つんだろうって思うことがある。
大人は勉強しないと立派な大人になれないって言うけれど私には良く分からない。
先生によってその教科に興味を持ったりするから結構先生との出会いというものは重要だ。
進学校の制服を着ているおかげで私はよく感心されるが実際は普通科でも授業についていくのがやっとで正直しんどい。
でもやっぱり誉められて悪い気はしない。
一流校と言うブランドを背負っているおかげで背筋を伸ばしていられる。
他に威張れるようなものを私は持ち合わせてなかった。
自信を持てなんて言葉を何度も人から聞いたけど無いものをどうやって持てというんだろうか?
人に誇れるものなんて何も無い。
そんなものはどこかに置いてきてしまった。
27
夢と現実との境目に居る時、私はまだ衆太の事を覚えている。
しかし目覚めると直ぐに忘れてしまう。
衆太は慣れてくれば忘れないようになるみたいな事を言っていたけど私はあの時間が好きではないので忘れている方が自分の為だと思う。
時々どっちが現実なのかわからなくなる。
本当はこうして送っている日常が非現実なんじゃないだろうか?
私がここに居るのは誰かが見てる夢なんじゃないだろうか?
その誰かが目を覚ました時、私はどうなってしまうのだろう?
衆太にこの話をすると鼻で笑われてしまった。
「姉さんは見た目に反して夢見がちだよね」
―――可愛くない奴!
私がむっとすると衆太はガードレールの上にひょいっと飛び乗りバランスを取りながら歩き出した。
「俺たちがこうしてる間にもう一つの現実でも時間は過ぎてるんだよ。同じ時間にあるのに交わる事は無い。そう、まるでお互いの世界には境界線があるようにね」
「境界線・・・・」
「そう、人でも何でもお互いに境界線を持ってる。それらは交わる事は無い」
「・・・・・」
「俺は姉さんになれないし、姉さんも俺にはなれない」
そう言うと衆太は立ち止まり私を見下ろした。
「俺は他人の希望を使って厄を祓う。何でだと思う?」
「え?」
「わざわざ人の希望を貸してもらうより自分のを使った方が早いと思わない?」
「ああ・・・確かにそうだね・・・・なんで?」
「・・・・自分で自分は見えないからだよ」
「ん??」
私は首を傾げる。
「俺からは姉さんの形がはっきりと見えるけど、自分の姿を見ることは出来ない。鏡の中の自分しか知らない。それは実際の自分を見るのとは違うだろ?」
衆太は自分の形を探るかのように手のひらを見つめる。
「自分の事は自分が一番わかるなんて言うけど結局は他人の方が自分を知ってる事の方が多い」
「・・・・」
「自分の世界の中で自分だけが見えない・・・・だから人はこんなに孤独なんだ」
「衆太?」
「自分を探しているんだよ」
「え?」
「自分を探して埋まらない部分を他人で補う。でも本当に人が欲しいのは自分だ」
衆太の声はまるで凍えているようだった。
「私は衆太みたいにそこまで孤独を感じた事も無いし、自分が見えないなんて事はないけどな・・・・」
「嘘だよ」
「何で?」
「姉さんは何も見えてない。何も気が付いてない」
「???」
「まぁ・・・・いいよ・・・今はそれでいい」
衆太は寂しいんだろうか。
思春期の男の子の気持ちなんて私にはさっぱりわからないけど、衆太の孤独感だけは伝わってきた。
「衆太が寂しいのはわかるよ」なんて言ったら他人を真に理解する事は不可能だ自己満足でしかないとか言われるんだろうと思って何も言わなかった。
「僕はまだ子供だね」
『僕』と言って笑った衆太の笑顔はやはりいつものように寂しそうだった。
28
梅雨のジメジメした季節が到来し何をするにも憂鬱だ。
試験前だ進路相談だと色々あってここ最近はバタバタしていたせいか酷く疲れた。
母には若いくせに何を言ってるのかと叱責され今朝は栄養ドリンク剤を飲まされた。
あの黄色い液体を細いストローで吸うとなぜだか懐かしい感じがした。
なぜだろう?
私は雨の降る校庭を授業中じっと見ていた。
雨は何か懐かしい記憶を呼び覚ます気がする。
私がまだ幼かった頃、まだ父の事が好きだった頃・・・。
ああ、思い出した。
栄養ドリンクが懐かしい理由。
熱を出した時にいつも父が飲ませてくれたんだった。
田舎で夜開いているお店も少ないのにわざわざ遠くまで原付に乗って私の為に栄養ドリンクを買って着てくれた。
子供だからと半分だけしか飲ませてくれなくて、大人になって全部飲めるようになるのが幼い頃のささやかな夢だった。
あの頃の父はとても優しくて私を原付の前に乗せてよく出かけた。
いつの頃からだろう?父が変わってしまったのは・・・・
変わったのは父だけだっただろうか?
父と母が離婚してくれた時、私は本当に心から喜んだ。
『助かった』
そう思ったのだ。
やっと解放される。
ヒステリックな母に怒鳴られる事も無くなる、兄が打たれて泣く姿を見なくても良くなる。
母の再婚によってさらに物事は良くなった。
でも私の心に出来た隙間は埋まる事は無かった。
海外赴任中の父が帰ってくれば『いい娘』でなくてはならない。
私に反抗期が無かったのは悟っていたからだ。
そんなことをしても無駄だという事。
私は親に生かされてるんだから。
自分の力で生きていけるようになった兄は家を出てから一度も帰って来ない。
ここはもう兄の居場所では無いらしい。
私はそんな兄が羨ましくもあり、そして少し憎んだ。
私を置いて行った兄。
たまに来るメールには短く近況が書かれているだけ、でも私は兄に一度も泣き言を言った事も無いし言うつもりも無い。
一緒に辛い思いをしてきた兄だから私は兄のことが良く分かる。
―――それは心音がそう思ってるだけだよ
「え?」
誰かの声が聞こえたような気がして私は辺りを見渡すが皆しんと静まり返り、先生はひたすら黒板に文字を書き綴っていた。
教室に響くのはチョークの音とノートにペンを走らせる音。
そして雨の音だけだった。
呆然としていると前の席のうさこがチラッと後ろを振り返ってにやっと笑った。
私もうさこに釣られて笑う。
ふと教科書を見ると隅のほうに「しゅーた」と書かれていた。
私が書いたのだろうか?
書いた覚えは無い。
私はしゅーたと書かれた文字を消した。
雨の日は昔の思い出を運んでくる。
雨の日は嫌いだ。




