愛ちゃんが死んだ?
世界は人と人が交わって構築されている。
私達は世界と言う塔の柱の一つである。
一つ欠けただけではビクともしないだろう。
でも周りの柱たちは軋みだす。
やがて周りの柱たちも倒れれば塔はたちまち軋みだす。
だから私達は欠けるとは許されない。
誰かが誰かの役に立っている、その事を忘れがちだ、つい一人で生きているような気がしてしまう。
私には特に反抗期と言うものがなかった。
小さい頃から冷めていたし、物事を少し見下して見たいたような気がする。
昔は家庭の事情が複雑だったせいもあり、小さいくせに色々と大人の世界の事を知りすぎていたせいかもしれない。
母が再婚するまでは本当に最低だった。
父は絵に描いたようなギャンブラーで外ズラだけは良く、母が夜稼いだ金を持ち出しては全て散財し、私はなぜ母がこんなろくでもない男の言う事を聞いているのか分からなかった。
兄が父に反発すると父は凄い形相でまだ年幅の行かない兄を蹴り上げて殴った。
それこそボコボコで傍には母が居たのに母はただ戸惑った表情を浮かべるだけで兄を庇おうとはしなかった。
だから私は母に聞いたのだ、「どうしてお父さんの言う事を聞くの?」と、すると母は恨めしそうに私を見て、私の肩に手を置くと「あんた達が居るからよ」と、何とも言えない表情で言った。
私は毎夜父が早く死んで皆が幸せになれますようにと祈っていた。
今となっては助けが欲しかったんだと思う。
あの最悪な状況から救い出してくれる誰かを期待して待っていたのだ。
でも本当は自分を一番に責めていた、私さえ居なければ母は辛い思いをしなくて済むのにと。
その後父の浮気が原因で離婚成立し母が再婚してからはまともな生活が出来るようになった。
今の父は真面目だし母も明るくなった。
私も自分の部屋があって裕福な家庭の子として不自由する事は何も無い。
何も無いはずなのにどうしてだか心は虚無感で溢れていた。
私くらいの年のころはきっと皆こうなのだろうと一人で納得してみたところでそれが埋まるはずもない。
だからうさこのように何かに熱中できる人が羨ましい。
「私にも何か熱中できる事があればなぁ・・・・・」
制服のまま私はベッドに寝転がった。
ベッドの上には天蓋が付いていてレースがぶら下がっている。
私の趣味だ。
クールに見られがちだが女の子らしいものが大好きで、うさこのように小さくて女の子らしい子が実際羨ましい。
うさこは私にないものをたくさん持っている。
その反面うさこは私を羨ましがる。
結局無いものねだりなのだ。
許されるなら思いっきり女の子らしいフリフリの服を着て外を歩きたい。
しかしそんな恥ずかしい事できるわけが無い。
部屋でゴロゴロして私の一日は終わっていく。
明日になればまた一日の繰り返し。
同じような毎日に何の不安も疑問も抱かず実に平和に生きている。
変革が欲しいとは思っては見ても自分から動くつもりは一切無い。
結局今の生活に満足しているのだ。
もっと貪欲に生きられたら人生もっと楽しいのかな?
まだ分からない。
だって私はまだ高校生だ。
でももう高校生だ。
これからの進路をどう生きるか決めなくてはいけない。
でも先の長い人生を今どう生きるか決めろなんて無理な話。
そう言えば私は昔から将来の話をするのが苦手だった。
小学生の時もなりたいものについて作文を書けと言われ、放課後になっても書けなかった覚えがある。
なりたいものなんてなかったし、結婚なんていいものじゃないと知っていた。
私はあの頃からすでに人生に失望していた。
今は失望だなんて大それた事は思ってないが、それでもやはり将来を見通す力は無い。
だから高校を決める時だってギリギリだった。
18
「え?なりたいもの?」
うさこが一本丸ごと羊羹を頬張り、水筒のお茶をコップにすすぐ。
私の質問にはお茶を飲んでから答えるらしい。
口の中の羊羹をお茶で流し込み一息ついてうさこは人差し指を顎に乗せた。
「ん〜なりたいものねぇ」
「進路とか考えてる?」
「いや〜全然、だって私の頭じゃ入れる学校限られてるし」
「進学するんだ?」
「どうかな〜短大か専門学校辺りかな」
「へー」
「私本当は美大に行きたいんだけどお金掛かるしさ、結構倍率高いみたいだし・・・そこまで才能あるわけじゃないもん」
「え?美大?」
「うん、絵とか好きだし」
「へー・・・・・」
意外だった。
うさこでも漠然と進路について考えてないわけではないのだ。
自分はどこかでうさこを見下してみていたんだと気付かされる。
私が思ってるよりもうさこは考えてそして自分をしっかり持ってる。
「今から頑張れば入れるかもよ?」
「ん〜ん、結局そんなところ入っても才能がなきゃ無駄だし、お金かかった分親に申し訳ないじゃん?うち貧乏だから」
「でもさやりたいことあるなら勿体無くない?」
「どうしてもやりたかったら独学でも何でもできると思うんだよね、まぁ強がりかもしれないけど・・・」
「そうか、でもうさこは絵上手いし才能あると思うよ?」
「はは、ありがと。でも良いんだ手に職が付くような学校に行くよ!そうなるとやっぱ専門学校かな〜」
うさこに感心しつつ私はやはり見通しの無い自分の将来に少し焦った。
19
小学校のクラスメイトから突然電話があった。
何事かと母から電話を受け取ると電話口の声は震えていた。
「美村が死んだ」
「え?」
美村と言う言葉に私は最初聞き覚えがなかったので頭をかしげる。
そして次の瞬間頭を強く打たれたような衝撃が走る。
「愛ちゃん・・・・・」
先日歩道橋の上で会ったあの愛ちゃんだ。
あの時きちんと会話をした愛ちゃんが死んだというのだ。
私は頭が真っ白になり次の人へ連絡網を回すべくメモを取ったが手は震えているし自分は今ここに居ないようなそんな感覚だった。
葬儀には同級生も多く来ていて、中学・高校の同級生らしき人も居たが私はまったく知らない顔ばかりだった。
小学校以来の愛ちゃんがどんな生活を送っていたかはわからない。
見知らぬ同級生達に私の知らない愛ちゃんの一面を見た気がした。
同級生との再会を喜べるはずも無く、しめやかに葬儀は滞りなく進んでいる。
愛ちゃんのお母さんが胸に抱きかかえていた愛ちゃんの写真は小学生のままだった。
今まで係わり合いがあったものが突然なんの前振りも無く終わってしまう寂しさをどう表現すればいいんだろう。
裏切られたような、置いていかれたような何とも言えない感覚に酷く心が痛む。
なぜ愛ちゃんは死んだのだろうか?
きちんとした家庭に育ち、勉強も出来て何が不満だったんだろうか?
いや、違う私には分かっていた。
愛ちゃんは疲れてしまったのだ。
突然立ち止まって我に返ってしまったのだ。
―――私は何をしているんだろう・・・・もういいや・・・もう終わろう
だからと言って死んで良いわけが無い。
良いわけが無いんだよ。
だって少しの間離れていて、その存在すらお互いの中で薄れていたのに再開した途端に思いでは込み上げてきて、お互いをまた近くに感じれる。
ほんの少し言葉を交わしただけなのに、愛ちゃんを失った心がこんなにも苦しい。
20
愛ちゃんの棺が真っ黒な車に積まれるのを私は黙ってじっと見ていた。
棺の中の愛ちゃんを私は最後まで目にすることはなかった。
怖くて見ることができなかった。
周りの女の子達は肩を寄せ合って泣いている。
葬式なんていう儀式がとてもちっぽけに思えた。
どうしてこんな風に死んだ人と分かれなければならないんだろう。
死んでしまえばそれはただの死体に過ぎない。
なのに死んだ人の思い出をわざわざ引き出して皆で泣く、死人がこんなことで喜ぶわけが無い。
違う。
葬儀は残された者の為にあるんだ。
死んだ人への思いを断ち切れるように。
お別れの儀式。
なら私は愛ちゃんへの思いを断ち切らなければならない。
無理だ。
こんなことは意味が無い。
私の葬式の時はただ役所で焼いてもらうだけでいい、死んでから何百万もかけてもらわなくて良い。
死ねばただのガラクタでしかない。
「姉さんは随分酷い事言うんだね」
私は衆太の声にハッとする。
周りはいつものように時間が停止していて私以外の人間は見当たらない。
振り返るとそこには学生服を着た衆太が居た。
「ガラクタだなんて、そんな風に割り切れるわけ無いじゃないか」
「・・・・」
「人間は厄介な生き物だね、死んだ人間に振り回されてさ」
「そうね」
「そして自殺した人間に『どうして気が付いてやれなかったんだろう』なんて思ったりしてさ、今頃気が付いても遅いんだよね」
「自殺するってことはやっぱり気が付いて欲しかったんだよね・・・・最後のメッセージなんだよね・・・」
「遅すぎるメッセージだよ。そして親は一生悔む、自分が追いやったんだってね。周りの友人達は・・・どうだろうね忘れていくんじゃないかな」
「・・・・・私が死んだら誰か覚えていてくれるかな・・・・・」
衆太は大人びた笑顔を私に向けた。
「大丈夫姉さんの事は僕がずっと覚えてる」
私はその言葉に凄く安心できた。
でも・・・
「嘘つき」
私がそう言うと衆太はただ何も言わず微笑んだ。
その笑みはおよそ彼の年齢には相応しくなく見えた。
21
「あんた、本当は誰?」
私の問いに衆太は目を見開く。
「俺はあんたの一部でもある、そしてこの星の一部さ」
「???」
彼なりの哲学なのだろうか?
私には良く分からない。
地球の一部って言うのは何となくわかるが私の一部とは?
「・・・・何?私の人格の一部とかそんな事?」
「はは、そんなんじゃないけど・・・・そだな、強いて言うなら・・・」
衆太はあっという間に私との間を詰めて私の顔を悪戯っぽく覗きこむようにして見た。
「今姉さんさんが見てる世界は姉さんだけのものだ。姉さんから見える世界は全て自分のものだ。だとしたら俺だって姉さんのものだろ?」
「そうかもしれないけど・・・人まで自分のものだって思うのはどうよ・・・・」
「俺から見れば姉さんは俺のものでもある」
「恥ずかしいこと言わないでくれる・・・・」
「まぁ簡単に言えばそう言うこと、だから自分の所有物である人間が死ねば悲しいし苦しいんだ」
「何となくわかった・・けど私・・・愛ちゃんのこときっと忘れていくよね」
「忘れるだろうな、たまに思い出した所で思い出話にしかならないだろうな」
「人間って・・・悲しい生き物ね」
「何を今更・・・言ったじゃないか僕らはパンドラの箱自身なんだから」
「・・・・・」
そうだった私は忘れていた。
「また怪物が来る?」
「その辺に居るけど僕たちには気が付いてない」
「衆太以外にどんな人がこの仕事やってるの?」
「・・・・さぁ?実際に顔を合わせる事はそう無いからね。お互いに距離を保ってる」
「そう・・・・私また忘れてた」
「え?」
「この時間の事・・・忘れちゃうの」
「前にも言ったけど・・・・必要ないから忘れるんだと思うよ」
「必要ない・・・・のかな?」
「人間は自分に都合の悪い記憶は消して書き換えていく生き物だろ?それに僕だって・・・」
「え?」
私が訳を聞こうと衆太の腕を掴むと、衆太は子悪魔のような仕草で私を舐めるように見た。
こいつは本当は幾つなんだ。
22
「姉さんだって自分で気が付いていないだけでしている事結構あるんじゃないかな?人を傷つけたり、喜ばせたり」
「それとこれとは話が違う気がするけど」
「似たようなもんさ・・・・」
「ねぇ衆太はどうして愛ちゃんが死んだと思う?」
「・・・・さあね、他人の事なんて興味ないし考えた所で分かるはずもない」
「人を理解するなんて自己満足でしかないのかな・・・・」
「真に理解する事は出来ない。だって僕らは他人同士だから。でもね」
衆太は私の手を取った。
「人の痛みなんてわからないけど・・・・ぬくもりだけは感じられる」
「・・・・・」
衆太の手の暖かさになぜだか泣けてきた。
「愛ちゃんの手は・・・・もう暖かくないんだよね」
「そうだね・・・・死んじゃったからね」
「死ぬのって怖い?」
「僕は怖いよ?でも人それぞれじゃないの?生きる事の方が怖い人間だって居る。だから死を選んだんだ・・・楽になれると思って」
「どうして怖いって思うのかな?」
「・・・・さぁね・・・姉さんはどうしてだと思う?」
「私は・・・・」
直ぐに答えが出るような問題じゃない事はわかっていたけど、答えはすんなりと出てきた。
「世界との繋がりが絶たれるのが怖い・・・私はまだ人と関わってたい」
「そう・・・」
衆太はまた大人びた笑みを浮かべると空を仰いでズボンのポケットに手を突っ込み、呟くようにして言った。
「僕は経験の無いことだから怖いよ・・・」
「・・・・」
「どんだけ痛いのか、どんだけ苦しいかもわからない・・・もしかしたら僕が思ってるほど悪くないのかもしれない・・・・それでも僕は怖いと思う」
「そうだね・・・・」
私は愛ちゃんに思いを馳せる、一体どういう風に死はあなたを包んでいったのか。
そして勝手に死んでいった愛ちゃんを心のどこかで憎んだ。
次の瞬間周りの空気が変わるのを感じた。
この嫌な感じは・・・・・
衆太が嬉しそうに笑った。
23
「来た!」
現れた怪物はこれまでより大きく感じた。
そして以前よりもより形がはっきりしている。
それはグルグルと形を変え人の大きさくらいに変形すると私のみ覚えるのある顔が付いた。
「・・・・愛ちゃん・・・・」
いびつで人の形をやっと留めているようなそれは確かに愛ちゃんだった。
「心音ちゃん・・・・・」
「愛ちゃ・・・・」
私が一歩踏み出そうとすると衆太に呼び止められた。
「だめだ!近寄るんじゃない」
衆太は変態バージョンになっていて私の前に立ちはだかった。
「さて・・・・はじめようぜ」
「待って、あれは愛ちゃんでしょ!?」
「さぁな」
「さあなって・・・・・」
「俺はあれを倒すのが仕事だからな」
「でも」
「そしてお前は俺の凶器となれ」
「あっ」
衆太の腕がいつものように私の胸の奥に入り込んで来る。
「んぁっ・・・・」
恥ずかしい声を唇をかみ締めて出ないように堪える。
「耐える顔も可愛いぜ」
「バカ!!!」
するっと私の中から剣を引き抜く衆太。
そして愛ちゃんに似た怪物へとたじろぎもせず向かっていく姿は勇ましい。
私なら足がすくんでどうしようも出来ないだろう。
衆太は一体どれくらい前からこんなことをしているんだろう?
そんなことを考えているうちに衆太の一刀が怪物を切り裂いた。
「あ・・・・」
その瞬間私の中の何かが軽くなるのを感じた。
―――心が軽くなった?
さっきまで締め付けられていた心のわだかまりが無くなったようだ。
私は衆太を見た。
カツカツと足音を響かせながらこちらへ向かってくる。
「愛の剣を見せてやろうか?」
「え?」
いつの間にか衆太の手にはいつか美術館で見たような古びた小刀のようなものが握られていた。
それはとても小さく私のものとは比べ物にならなかった。
24
「これ・・・・」
私はそれを手に取った。
小学生の時の思い出が頭を駆け巡る。
優しくて勉強もスポーツも出来る愛ちゃんは私の憧れだった。
そんな愛ちゃんの刀はきっと光り輝いて立派なものだったはずなのに、実際はこんなに弱弱しく殺傷能力も低い。
おまけに錆びて刃毀れを起こしている。
なんて酷い刀だろう。
「それが愛自身だよ」
「え・・・・」
「あいつはその刀のようにボロボロで、もうどうしようもなかったんだ」
「・・・・・愛ちゃん」
私はその刃物を抱きかかえながら泣いた。
それは愛ちゃん自身を抱きしめているようだった。
「さて、もうじき晴れる」
「え?」
「時間だ」
「・・・・・私忘れない」
「無駄だ、このことは忘れる」
「そうじゃない・・・・愛ちゃんの事・・・忘れない」
「フッ、無駄な事を・・・・」
無駄でいい。
自己満足でいい。
私は愛ちゃんを忘れない。
でもきっと忘れてしまう、だから忘れない努力をするよ愛ちゃんは確かに私の見ている世界の中に居たんだから。
愛ちゃんを乗せた霊柩車を見送った後暫くの間私は衆太の事を忘れないように考えていた。
でもまた直ぐに忘れてしまっていた。




