19.5. とある行商人
これが前段で主人公視点の後段と合わせて1話の予定だったのですが、思うように筆が進まなかったため分けました。
ダリル・カークマンは、ここからずっと東にある小さな田舎町の出身だった。
実家は小さな食堂を営んでいたが、4人目の子だったために家業の後継ぎや手伝いは兄や姉で足りていた。
ダリルは実家に出入りしていた商人に弟子入りし、子どもの頃からその手伝いをしながら学んだ。それから10年近くが過ぎ、一人前の成人として認められるような年になった頃に独立。
独り立ちした当初はいずれ自分もどこかの町に店を構えることを夢見ていたが、一攫千金の儲け話などそうそう転がっているはずもない。
行商を続けているうち、いつしか故郷を遠く離れた場所まで来ていた。
大儲けを夢見て、ハイリスクハイリターンな取引に手を出し、2回ほど破滅の危機に陥ったのは若気の至りだ。
その2回目で、大商会に大きな借りを作ってしまった。
それがきっかけになって、小さいながらも自分なりに開拓したルートもろとも、形式上はともかく実質的には、今ではダリルはその商会の傘下に組み込まれていた。
ほとんど決まったルートで決まった取引をする日々。立身のために再び冒険するような余裕はなくなってしまった。
だが、近頃はそれも悪くないと思い始めている。
故郷よりも田舎の、小さな村や町を廻る生活は、大きな儲けは出ないが商会の後ろ盾もあってそれなりに安定している。若い頃にやらかしたように、食う物に困ったり、あげく命の危険に晒されたりすることもない。
「時々こうして、臨時収入もあるしな」
背負った荷物を振り返って、1人呟く。
山奥の村に塩を届け、代わりに毛皮を馬の背に載せて帰る途上だったが、予定よりも帰路の荷物が増えていた。村長から、町に嫁に出した娘宛の手紙を届けるよう頼まれたのだ。
こうした行商途中での私信の配達はちょっとした小遣い稼ぎになる。商会への報告の必要もなく、報酬はすべてダリルのものだ。
もっとも、今回は現金ではなく、背負った袋の中の大きな燻製肉の塊が報酬となったが。
臨時仕事の報酬に、現金を出し惜しみされるような辺境であるが、山間の道には最低限の整備はされている。
道の両脇に等間隔で植えられている聖木が、それだ。
葉から魔物が嫌う臭いを放つ特殊な木で、集落を結ぶ道にはほぼ必ずと言っていいほど植えられている。ただし、その効果は完全とは言い難い。
魔物ではない狼などの普通の獣には影響がない上、魔物に対してもあくまで嫌がる臭いでしかないため、その嫌悪感に勝る強い衝動で動く個体や、耐性を持つ強い魔物などには通じないという欠点があるらしい。
それでも、オークやゴブリンといった魔物には十分有効であるし、これまで何十回とダリルはこの道を通っているが、魔物に襲われたことは一度もなかった。
だから、今回もいつも通り、何も問題はないはずだった。
「うわッ! オ、オ、オークが出たぁぁ!」
そのはずだったが、道の先で目に入ったのは聖木の枝をへし折り、道の真ん中に踏み入っている、豚の頭をした醜い化け物だった。
悲鳴を上げると、馬を引いたまま来た道を全力で引き返す。
大事なのは生き残ることだ。少しでも速度を上げるために、背負った荷物を捨て、馬の背の毛皮も捨てて逃げる。
相手は、性欲と食欲の権化のように言われるオークだ。特に、背中の荷物に入っていた燻製肉は、うまくすれば足止めの役に立つかもしれなかった。
そうして村の入り口近くまで夢中で逃げ、おそるおそる後ろを振り返ると、幸いなことに魔物の姿はなかった。
主人公視点中心だと説明しづらい部分が出るため、別視点を挟んでみました。




