18. ひとりぼっちの一夜
……考えが甘かった。
一夜明けて日の光が木々の隙間から差し込み始めた森の中で、琢郎は寝不足の頭で後悔していた。
元々、地球にいた頃は完全インドア派だった琢郎には、当然だが野宿の経験などは一切ない。
物語などで見た限りでは、暖を取ったり獣を避けたりするために火を焚いていることが多かったが、それを鵜呑みにするのもどうか。
火を熾すこと自体は元素操作で簡単にできるのだが、問題は琢郎が寝ている間に火の番をする者がいないことだ。
寝ている間にうっかり燃え広がって山火事にという最悪の可能性は別としても、巣で他のオークも肉を焼く時などに火を使っていたことを琢郎は知っている。他にも火を恐れないような奴が森の中にいれば、焚き火はいい目印になってしまうだろう。
寝ている間にそんな奴らに襲われたら、さすがに無事でいられる自信はなかった。
結局、大きな樹の陰に落ち葉を集めて寝床を作り、元素操作で周辺の闇を濃くしたり、落とし穴を掘ったりして安全を図ったのだが、案の定と言うべきか。
「ギャワンッ!」
眠りについておそらくはまだ1時間もしないうちに、落とし穴に嵌った獣の悲鳴で琢郎は目を覚ますことになった。
「<闇探知>」
洞窟暮らしでそれなりに夜目は利くが、寝る前の細工でまだ通常よりも幾分闇が濃いため、さすがに見通しが悪い。琢郎は闇が濃いほど逆に周辺を把握できる闇属性の魔法を唱えた。
その効果は暗視ではなく、暗闇の中に存在する闇の元素を感知器として周囲を俯瞰的に把握する。初めて使う魔法だったが、まだ2方向から他の獣の影が近づいて来ていることを問題なく察知できた。
「<風刃>! <地槍>!」
直接視界では捉えられないが、闇の元素を通じて得た情報からその位置は目測よりむしろ正確にわかった。攻撃魔法を連続使用して、姿を見ないままに相手を屠る。
落とし穴にかかった奴にもきっちりとどめを刺した上で、再び<闇探知>をより広範囲に展開。どうやら、もう周辺には敵は残っていないようだった。
だからと言って、安心してまた眠りにつくというわけにもいかない。他の獣を感じないとはいっても、それはあくまで今のところの話に過ぎず、殺した獣の血の臭いを嗅ぎつけてまた別の夜行性の獣がやって来ることも考えられる。
「ああ、くそッ」
だが、別の寝床を探して夜間に知らない森の中を移動するというのも、また危険がある。そもそも、寝るのに適した場所が新たに見つかるかどうか。
琢郎はリスクをあれこれ考えて迷った。
こうした経験がないため、何が正解なのかわからない。どちらを選んでも、別の選択をしていればと後になって悔やんでしまいそうだった。
悩んだ末に、やはり下手に動くべきではないと決めた。
血の臭いを消すために地の元素操作を駆使して獣の死骸を土中に埋め、さらに接近を阻むため周囲に倍以上の数の落とし穴を新たに設置する。かなりの時間がかかってしまったが、それだけで安心して眠れるかといえばそうではなかった。
やはりまた襲われることを考えてしまうためか、どうしても眠りは浅くなってしまい、風で葉擦れの音が鳴るだけで何度も起きてしまう。
結局ろくに眠ることができないまま、森の中にも朝の光が届く時間を迎えてしまった。
「生き物が群れを作る理由が、わかった気がする……」
人間だった頃はぼっち気味でも平気で、むしろ群れる奴らを1人ではダメな弱い奴とあえてどこか下に見ていたものだったが、今となっては考えを改めざるを得ない。
ぼっちと言ったところで社会の中でのこと。今の琢郎は、社会も生活を保障する何物もない、本当にひとりぼっちになってしまった。
冒険者の襲撃で予定が早まったとはいえ、いずれは群れを抜ける予定だったことを考えると情けない限りだが、このままでは1人での生活に早くも限界が見えそうだった。昨晩はそれどころではなかったので、今日は寝床のみならず自家発電をする余裕も確保する必要がある。
もっと安心して過ごせる自分の城のような物か、琢郎が休んでいる間に代わりに警戒してくれるような仲間。
いずれか、あるいは両方を急いで見つけなければならないと、琢郎は昨日の楽観から一転、必死にならざるを得なくなった。
相変わらずストーリーの進行は遅々としている気が。