07:絶望→希望
一週間が経ち、制服も夏服に変わった。
その間に、わたしはゴミ拾いをしたり、花壇に水をやったり、掃除当番を代わったり、お昼代を忘れた子を助けたり……とにかく、できることはなんでもやった。
【現在のポイント:5,503pt】
【目標まで残り:994,497pt】
「うーん……テスト勉強しながら、人助けも頑張ったんだけどなぁ」
中間テストが終わった、月曜日の放課後。
わたしと天宮くんは、校舎の二階にある空き教室で作戦会議をしていた。
なんで教室で作戦会議をしないのかって?
それは、早乙女さんたちの目が怖いからだよ。
この前、天宮くんは「誰と一緒にいようがおれの勝手だ」って、早乙女さんたちに怒ってくれた。
おかげで早乙女さんたちは何も言わなくなった。
それでも、わたしたちが一緒にいると、目で文句を言ってくるんだもん。やっぱり怖い。
「ねえ、天宮くん。100万ポイントを49日で稼ぐなら、一週間で何ポイント必要なんだっけ?」
わたしはハッピーポイントアプリの画面を消して、スマホを机に置いた。
「ざっと14万。正確には、もっと必要だ」
向かいの席で、天宮くんがため息をついた。
「全っ然足りてないじゃんっ!! 桁が違うよーー!!」
「一週間前、倉地がプリントに穴を開けてなかったら、もう少しポイントが増えてたかもな」
頭を抱えていると、天宮くんがボソッとつぶやいた。
「結局、佐藤先生からは80ポイントしかもらえなかったし……まあ、あれだけ自信満々に『先生を助けるために駆けつけた』とか『おれと倉地の二人だけでじゅうぶん』とか言っといて、大事なプリントに穴を開けたわけだからな。先生も失望するよな」
「ああああ!! その話はもう忘れて!! ごめんなさい!! 反省してるから!!」
ネチネチ攻撃に耐えられなくなって、わたしは自分の顔を両手で覆った。
あの後の、天宮くんの冷た~い眼差しは、夢に出たもん!!
「ねえ、ハク。もっと手っ取り早くポイントを稼ぐ方法はないの?」
わたしは手を下ろし、天宮くんの机の上に座っているハクに顔を向けた。
いまのハクは白い玉じゃなくて、白い狐の姿だ。
「安易に楽をしようとするでない。何事も、日々の積み重ねが大事なんじゃぞ。人は鏡じゃ。善意を向ければ善意が、悪意を向ければ悪意が返ってくる。おぬしに助けられた者は、いつかおぬしを助けてくれるじゃろう。わかったなら、焦らず周りの人の声に耳を傾け――」
「お説教なんて聞きたくない!! そんな悠長なことしてたら死んじゃうんだよ!!」
――バシンッ!!
わたしはハクの言葉をさえぎって、強く机を叩いた。
行儀が悪いかもしれないけど、こっちは命がかかってる。
なりふりなんて、構っていられない!!
「ねえ、わたしが助かるためのヒントをちょうだい! 必死でゴミ拾いしたって、1個1ポイントにしかならないんだよ? これで100万なんて、絶対無理だよ! もしかして、最初から無理だってわかってたの? 困ってるわたしを見て、楽しんでるんじゃ――」
「――口を慎め、小娘」
ハクは銀の体毛を逆立て、地の底から響くような声を出した。
「我を何と心得る。戯れで命を弄ぶほど、堕ちてはおらぬわ」
周りの空気がズン……と重くなり、わたしは唾を飲み込んだ。
――こ、怖い。言い過ぎたかも……。
でも、わたしは負けじと、ハクの金色の目を真正面から見返した。
だって、このままじゃ本当に死んじゃうんだもん!!
「……ハク。お前だって、これまでの倉地の頑張りを見てきただろ。おれと二人で協力したって、このままじゃ絶対100万には届かない。この状況を覆す方法があるなら教えてくれ。頼む」
ハクとにらみ合っていると、天宮くんがハクに頭を下げた。
――天宮くんが、頭を下げるなんて……。
胸の奥が熱くなって、わたしは両手を握り締めた。
――そうだ、わたしは、天宮くんの『生存力』をもらって生き返ったんだ。
わたしを助けてくれた天宮くんのためにも、生きることを諦めるわけにはいかない。
「……ハク。さっきはごめん。ハクだってわたしのことを助けてくれたのに、疑って、酷いこと言っちゃった。本当にごめんなさい」
わたしは深く頭を下げた。
「でも……わたし、死にたくないの。助かる方法があるなら、教えて。どうか、お願い」
教室が、静まり返った。
「……ふう」
しばらくして、ハクがため息をついた。
それと同時に、身体にかかっていた重い空気が、嘘みたいに軽くなった。
「仕方ないのう。大事なことを教えてやろう。ハッピーポイントは、助けた相手が幸せになればなるほど増える。そう、たとえば――相手の人生を救うほどの善行なら、たった一度で100万ポイントに届くことすらあるのじゃ」
「えっ!?」
「100万って……それでもう目標達成じゃないか」
天宮くんも、呆然としている。
「本当はヒントなんて出さず、おぬし自身で見つけ出してほしかったんじゃが。特別に教えてやろう。救いを求める者は、案外おぬしの近くにおるのかもしれんぞ」
ハクは太陽のような黄金の瞳で、わたしをまっすぐに見つめた。
「わたしの近く……? それって、家族? 友達? クラスメイト? それとも、もっと範囲が広い? 同じ学校の人や、家の近所に住んでる人でも『わたしの近く』に含まれるの?」
「そこまでは教えてやらん」
ハクはプイっと顔を背けちゃった。
「意地が悪いな。そこまで言ったんなら、全部教えろよ」
天宮くんが冷たい目を向けたけど、ハクは、つーんとそっぽ向いたまま。
「でもさ! とにかく、このまま地道に周りの人を助けてれば、わたしも助かるかも……ううん。『かもしれない』じゃなくて、本当に、助かるんだよね? 7月1日になっても、生きていられるんだよね?」
「……うむ。おぬしが真に救うべき相手を救ったなら、助かる。キヨミズノミコト様の御名に懸けて、我が保証しよう」
泣きそうになっているわたしを見て、ハクは重々しくうなずいた。
「……っ、よっしゃーーー!!!」
わたしは力いっぱい叫んで、ガッツポーズを決めた。
びっくりしたらしく、天宮くんが身体を引いている。
ハクも目を真ん丸にして、三角の耳をピンと立てていた。
「未来に希望が見えた!! やる気が出てきたよ!!」
わたしはハイテンションで天宮くんのそばに行き、彼の手を掴んで激しく振った。
「さっきはわたしのためにハクに頼んでくれてありがとう! わたし、ちょー頑張って、絶対絶対生き延びてみせるから!! これからもよろしくね!!」
「……。ああ」
天宮くんは小さく笑ってから、うつむいた。
「……倉地がいないと、つまらないしな」
「え? いま、なんて?」
わたしはピタッと動きを止めた。
天宮くんがなにか言ったみたいだけど、声が小さすぎて聞き取れなかったの。
「なんでもない。いつまで人の手を握ってるんだって言っただけ」
「あ、ごめん」
わたしは慌てて、手を離した。




