03:氷の王子様が転んだ!
次の日の朝。
天宮くんと話がしたくて、わたしはいつもより早く水葉学園の校門をくぐった。
右の頬には大きなガーゼ、左足は包帯でグルグル巻き。
そんなわたしを見て、登校中の生徒たちがヒソヒソしてる。
あの後、わたしは救急車に乗せられて病院に運ばれた。
幸いなことに、全身打撲と擦り傷だけで、大きな怪我はなかった。
いや、大きな怪我がなかっただけで、あちこち痛いんだけどね。
でも、生きてるだけでじゅうぶん!
「あっ、天宮くんだ!」
後方から、女子たちの黄色い歓声が聞こえてきた。
振り返ると、校門の前に黒塗りの高級車が止まっていた。
車から降りてきたのは、通学カバンを持った天宮くんだ。
「キャー! 天宮くーん!」
「こっち向いてー!」
どれだけ呼びかけられても、天宮くんは無反応。
アイロンのきいた制服をピシッと着こなし、まっすぐに凛と前を向いて歩いている。
「ああ、今日も最高にクールだわ。見て、あの『うるせえな』といわんばかりの冷たい視線。さすがは『氷の王子様』」
「うんうん。孤高の一匹狼って感じで、素敵だよねー」
女子たちは大盛り上がりだ。
天宮くんの左肩の上には光の玉が浮かんでいるけど、誰も気づいてない。
ハクが見えるのはわたしと天宮くんだけなんだろうな、なんて思っていると。
天宮くんが突然、何もないところで転んだ。
――ビターンッ!!
潰れたカエルみたいに、天宮くんはうつ伏せに倒れた。
「………………」
シーン……と、辺りが静まり返る。
少し遅れて、彼の手からすっぽ抜けたカバンが、地面に落ちた。
「え……天宮くんが、転んだ……?」
「氷の王子が、あんなマンガみたいに……?」
生徒たちがざわめく中、天宮くんは倒れたまま、動かない。
「おい、月都、大丈夫か? 返事をせい!」
天宮くんの近くで、光の玉が焦ったように飛び回っている。
(ま、まさか、わたしのせい……!?)
昨日のハクの言葉を思い出す。
『ものすご~く運が悪くなる』……いや、これ絶対、わたしのせいだ!
わたしを助けたせいで、『氷の王子様』のイメージが台無しだよ!!
「天宮くん! 大丈夫!?」
わたしは身体中の痛みを無視して全速力で走り、天宮くんの腕を掴んで引き起こした。
「あの子誰?」って、天宮くんのファンの子たちがわたしに注目してるけど、気にしてる場合じゃない!
「……。……離せ」
天宮くんの顔は、ほんのり赤い。
クールに振る舞ってるけど、みんなの前で転んで相当恥ずかしいみたいだ。
彼の顎には擦り傷ができていて、血が滲んでいる。
「でも、すごい音したよ!? 顎も怪我して――」
「いいから、構うな。大丈夫だ」
天宮くんはわたしの手を振り払って立ち上がり、自分のカバンを拾った。
でも、立ち上がるときに痛そうに顔をしかめたのを、わたしは見逃さなかった。
顎以外にも、どこか怪我してるんだ!
「保健室行こう!!」
わたしは天宮くんの左手首を掴んだ。
「大丈夫だって――」
「いいから来るの!! 言うこと聞かないなら、お姫様抱っこしてでも連れてくよ!?」
「おれより怪我してるやつが何言ってるんだよ……わかった、行く。だからそんな目でにらむな」
天宮くんはため息をついた。
「わかってくれて嬉しいよ! さ、行こ!」
わたしはそのまま彼を引っ張って歩き出した。
「これで、お互い怪我人だな」
保健室を出て、天宮くんが言った。
天宮くんの顎には大きな絆創膏。
さらに、彼の左膝には包帯が巻かれている(いまはズボンの下に隠れて見えないけど)。
「うん……でも、わたしの怪我は、わたしの不注意のせいだけどさ。天宮くんの怪我は、わたしのせいだよね。ものすごく運が悪くなったから、何もないところで転んじゃったんだよね。ごめんね」
二人きりの廊下で、わたしはうつむいた。
「いいよ。こうなるとわかってて、それでも助けるって決めたのはおれだし。むしろ、これくらいで済んで良かったと思うべきだろ。ハクには『道を歩いているだけで車が突っ込んでくるかもしれない』なんて脅されたし」
天宮くんは、自分の左肩の上にいる光の玉をチラッと見た。
「うう……。わたし、これからできるだけ、天宮くんのそばにいるよ! 昨日はうっかりペットボトルを踏んじゃったけど、これでも運動神経は良いほうなんだから! もし上から植木鉢が降ってきても、ちゃんと受け止めてみせるから!」
胸の前で両手を握ると、天宮くんは驚いたように目を大きくして。
それから、こらえきれないように、少しだけ笑った。
「じゃあ、車が突っ込んできても、受け止めてくれるわけ?」
「うっ……!? そ、それはさすがに無理だけど! でも、そのときは轢かれる前に、天宮くんを抱えて逃げる!!」
「お前はどこのヒーローだよ」
天宮くんはおかしそうに笑ってる。
天宮くんの笑顔が見られるなんて、ラッキーかも。
教室で笑ってるところなんて、見たことないし。
「あ、あのさ。お前って呼ぶより、名前で呼んでほしいな」
天宮くんの機嫌が良さそうなので、わたしは思い切って言った。
「わかった。これからは風花って呼ぶ」
「ひえっ!?」
さらっと言われて、心臓が大きく跳ねた。
だって、同い年の男の子から下の名前で呼ばれたことなんてないんだもん!
しかも、こんな超イケメンに!!
「いや、そうじゃなくて! 他の男子みたいに、苗字で呼んでほしいんですけどっ!」
わたしは焦りながら手を振った。
「ああ、そうか。ごめん。じゃあ、倉地。ハッピーポイントについて説明したいから、ついてきて」
「うん」
まだドキドキしている胸を押さえてから、わたしは天宮くんの後を小走りに追いかけた。




