02:楽しみかも
「え。なんで割っちゃったの?」
「……清水公園の近くを歩いていたら、足元にあって。気づかずに踏んだ」
天宮くんは珍しく、気まずそうな顔をしている。
「ああ、わたしがさっき、気づかずにペットボトルを踏んじゃったみたいな感じかぁ。でも、ご神体って、神様が宿ってる大事なものでしょ? 足元に転がってることなんてあるの?」
「それがのう。我が主の祠は長いこと誰にも手入れされず、ボロボロでな。カラスのやつめが壊れた屋根の隙間からご神体をつっつき、地面に落としたんじゃ!」
ハクは怒っているみたいで、二つの尻尾を激しく振った。
狐っていうより犬みたいだなあ……なんて思ったのは、内緒。
「なるほど。カラスって、光るものが好きらしいもんね」
納得して、わたしはうなずいた。
「とにかく、割れた鏡を直すまで、ハクはおれから離れない。そういう契約だ。ハクの力を使えば、お前を身体に戻せる」
そうなんだよな? と聞くように、天宮くんはハクを見つめた。
「本当に!?」
「まあ、とりあえずの応急処置くらいはできるが……ただし、月都。おぬしがこれまで集めたハッピーポイントは全部なくなるぞ。それでも足りんから、月都の『生存力』も使わせてもらう。恐らくこれから酷い目に遭うことになるが、その覚悟はあるんじゃな?」
ハクは左前足で、天宮くんの胸を指した。
「……具体的に、どんな目に遭うんだ?」
少し考えるような間を置いてから、天宮くんは大真面目な顔で聞いた。
「生き物というものは、自分でも気づかぬうちに『運』を使って災いを避けておる。生存力を失えば、それができんようになる。つまり、ものすご~く運が悪くなるのじゃ。ただ歩いているだけで植木鉢が降ってきたり、下手をすると車が突っ込んでくるかもしれん」
「めちゃくちゃ危ないじゃん!?」
わたしのツッコミを無視して、天宮くんはうなずいた。
「わかった。それで構わない」
「わかっちゃったの!? 本当にいいの!?」
「じゃあ、このまま知らんぷりして逃げていいのか? お前を助けられるのは、おれしかいないと思うけど」
天宮くんは、わたしをじっと見つめた。
「う……」
魂が抜け出たままだと、身体との『縁』が切れて、本当に死んじゃうんだよね……。
そ、そんなの、やだ!!
死にたくないよ!!
「……。すみません。ご迷惑をおかけしますが、お願いします。どうか、助けてください」
わたしは空中で姿勢を正し、深く深く頭を下げた。
「いいけど。おれは集めたポイントを失うし、リスクも負うんだ。その分、お前にもこれから働いてもらうからな」
「働くって、何するの?」
「おれと一緒に、……ハッピーポイントを集めてもらう」
天宮くんは、言いづらそうに顔をしかめて、そう言った。
「ハッピーポイントって、なに?」
「神の力の源となる『神力』のことじゃ。いまの時代の子どもに合わせて、わかりやすく言い換えてやったんじゃ」
「いや、言い換えなくていいよ。なんだよハッピーポイントって。馬鹿みたいなネーミングだ。言ってて恥ずかしいんだよ」
「馬鹿とはなんじゃ!」
ハクが怒り、そのまま二人は口げんかを始めた。
地上では、救急車のサイレンが響き渡り、次々と人が集まっている。
ああ、やばい!!
これ以上、大騒ぎになる前に、早く身体に戻らないと!!
「わかった! わたしにできることなら、何でもする! ハッピーでもラッキーでも、何でも集める!! 頑張って働くから、お願い、ハク!! わたしを生き返らせて!!」
「よし! 契約成立じゃな!」
ハクの額の鏡がピカっと光って、わたしの半透明の身体を照らした。
「キヨミズノミコト様、我に力を与えたまえ!! ゆくぞ――魂還し!!」
ハクが、ぴょんっと空中で宙がえりをする。
その直後、鏡が、凄まじい光を放った!!
「!!」
視界が真っ白に染まる。
超強力な掃除機に吸い込まれるみたいに、身体が下に引っ張られて――
「――はっ……!!」
気づけば、わたしは仰向けに寝転んでいた。
視界に広がるのは青空と、心配そうな顔でわたしを覗き込んでいる人たち。
草や土の匂いがする。
背中はぴったりと、地面にくっついている――ちゃんと、その感触がある。
――痛い。
全身がズキズキするし、派手に擦りむいた左足は、ヒリヒリ焼けるよう。
でも、この痛みこそ、わたしが生きている証拠だ。
「……い、生きてる……生き返ったぁぁ!!」
わたしは泣きながら跳ね起きた。
「おお!! 意識を取り戻したぞ!!」
「良かったー!!」
わたしを囲んでいた人たちが笑い、犬が元気に飛び跳ねている。
「目が覚めたか。いやあ、良かった良かった」
わたしのそばにいたハクが嬉しそうに、二つの尻尾をパタパタ揺らした。
「あちこち傷だらけのようじゃが、命にかかわるほどの大怪我は負ってないようじゃし、これにて一件落着じゃな。『とりあえず』は」
「とりあえず?」
「ああ、気にするな。無事生き返ったんじゃから、いまは素直に喜んでおけ」
ハクは左前足を振った。
「うん! ハク、助けてくれてありがとう! ところで、天宮くんは?」
「あっちじゃ」
ハクが左前足を向けた方向には、歩き去っていく天宮くんの背中があった。
「ああ見えて、月都も心配していたんじゃよ。 おぬしが目を覚ますまで、ずっとそばで黙って見ていたんじゃから」
狐だから表情がわかりにくいけど、ハクは笑ってるみたい。
どうやら他の人にハクは見えてないらしく、「誰と話してるの?」「頭を打ったせいでおかしくなったんじゃ……」って、みんな心配そうな顔をしている。
でも、わたしは構うことなく、ハクと会話を続けた。
「え、本当に?」
「うむ。月都から伝言じゃ。『面倒ごとには関わりたくないから、詳しい話は明日する』じゃと」
そのとき、天宮くんが足を止めて振り向いた。
「あっ! 天宮くん! 今日は、本当に本当にありがとーー!! おかげで助かったよーー!!」
わたしは立ち上がって叫び、右手を大きく振った。
怪我をしている右ひじに激痛が走ったけど、そんなの無視だ、無視!
「…………」
天宮くんは何も言わずに、前を向いて歩き出したけど。
「どういたしまして」というように、右手を上げてくれた。
「ふふっ」
天宮くんとは、これまで一回も話したことがなかった。
誰にでも塩対応だから、クールな人だなあって思ってたけど、そんなことなかった。
だって、本当に冷たい『氷の王子様』だったら、困ってるわたしを助けたりしないし、目を覚ますまでそばにいたりしないよね?
ハッピーポイント集めって、どんなことをするんだろう?
これから大変なことになりそうだけど……なんだかちょっと、楽しみかも!




