01:わたし、死んじゃった!?
「……ちょっと待って。なんでわたし、浮いてるの? 」
5月13日の夕方。
わたしは風船みたいに宙に浮かびながら、呆然とつぶやいた。
わたしの二メートルくらい下には、わたしが――『わたしの身体』が仰向けに倒れてる。
「……あれ、わたしだよね。どう見ても、倉地風花、だよね……」
セミロングの髪に、フツーの顔立ち。
着ているのは、水葉学園中等部の制服。
少し離れたところに、鳥のキーホルダーがついたわたしのカバンが転がってる。
学校が終わった帰り道、わたしは土手を歩いていた。
そしたら、自転車に乗った高校生たちが横幅いっぱいに広がって、お喋りしながら走ってきたの。
危ないなあって思いながら、わたしは土手のギリギリまで避けたんだけど。
そこにあったペットボトルを踏んで、ぐにゃっと足がすべって。
視界がぐるぐる回ったと思ったら、ドンッ! っていう、強い衝撃があって。
目を覚ましたときには、こんなふうに……宙に浮かんでいたの。
「うそ、うそでしょ……どうにか戻れないかな!?」
わたしは空中で必死に手足をバタつかせた。
犬かきみたいにバタバタしても、平泳ぎみたいにスイスイ進もうとしても、全然地面に降りられない。
それどころか、どんどん上に上がっていっちゃう!!
暴れれば暴れるほど、身体から遠ざかっていっちゃうよ!!
「ほんとに死んだあ!? わたし、死んじゃったの!? 待って、お母さん、今日のご飯は唐揚げって言ってたのに!! 昨日買ったマンガ、まだ途中までしか読んでないのにーー!!」
叫んでも、わたしの声は誰にも届かない。
通りかかったおばさんが「あらやだ! 誰か、誰か来て!」と悲鳴を上げて、わたしの身体に駆け寄っていくのが見える。
犬の散歩をしていたお兄さんが「大変だ!!」って叫び、犬もワンワン吠え出す。
「ああああーー!! やめて、大騒ぎしないで!! わたしまだ生きてる、多分きっと生きてるから!! お葬式で身体を燃やされちゃったら、本当に死んじゃうーー!!」
空中で半泣きになって、手足を振り回していると。
「……うるさいな。騒ぎすぎだろ」
そんな、迷惑そうな声が聞こえた。
ハッとして、わたしは斜め下を見た。
土手の階段に立っていたのは、わたしと同じ水葉学園の制服を着た男の子。
スッと通った鼻筋に、どこか冷めた感じの目をした彼は、クラスメイトの天宮月都くん。
超イケメンだけど、めちゃくちゃクールだから、女子からは『氷の王子様』なんて呼ばれてる。
「え……天宮くん?」
予想外の人物の登場に、わたしは目をパチクリ。
「おい、月都。それはあんまりじゃろ。魂が身体から抜け出してしまったら、パニックにならないほうがおかしいじゃろうよ」
ん?
いま何か、声がしたような?
「ちょっと待って? 天宮くん、わたしのこと、見えてるの!? わたし、いま、幽霊なんだよ? 透けてるんだよ?」
宙に浮かんでいるいまのわたしは、半透明の状態だ。
「別に見たくないけど、見えてるよ。ていうか、見えても聞こえてもいないなら、こうやって目を見て会話することもできないだろうが」
冷静に言いながら、天宮くんが近づいてくる。
よく見ると、天宮くんの左肩の上には、光の玉が浮かんでいた。
ビー玉くらいの大きさの、白く輝く光の玉だ。
なんだろ、あれ?
「あ、そっか。とにかく、天宮くんが見える人で良かった! お願い、助けて! わたし、死んじゃったみたいなの! 道いっぱいに広がった自転車を避けようとして、たまたまそこにあったペットボトルを踏んじゃって、土手を転げ落ちちゃったの! このまま身体に戻れなかったら、本当にお葬式になっちゃう!!」
「落ち着け。お前はまだ、正確には死んでない。土手を転げ落ちたショックで、魂が身体から抜け出しただけだ」
天宮くんはわたしの近くで立ち止まり、わたしの左足を指さした。
「よく見ろ。お前の左足。かかとのあたりから、地面にある身体に向かって金色の『線』が伸びてるだろ」
「線?」
わたしは、自分の左足をまじまじと見つめた。
確かに、かかとから、蜘蛛の糸みたいに細い線が伸びている。
あまりにも細くて薄いから、全然気づかなかった。
「『線』として見えている『それ』はな、おぬしの身体と魂を繋ぐ『縁』じゃ。時間が経つにつれて縁は薄くなり、やがては切れる。そうすれば、おぬしは本当の『死』を迎えることになるじゃろう」
天宮くんがいる辺りから、またしても謎の声が聞こえた。
「え、誰?」
キョトンとしていると。
「ふむ。名乗ってやっても良いが、玉のままでは格好がつかぬな」
ぽんっ! という音がして、もくもくと白い煙が出て。
天宮くんの左肩の上にあった光の玉が、子猫くらいの大きさの狐になった。
金色の目をした、白い狐だ。
尻尾は二つあって、額には丸い額縁みたいなものがついていた。
「えええ!? 玉が狐になった!!」
「初めましてじゃの。我はハクと言う、よろしくな」
白い狐は左前足をあげた。
「あ、どうも。わたしは天宮くんのクラスメイトの倉地風花っていうの。こちらこそ、よろしくね。ところで、聞きたいんだけど――」
「のんきに自己紹介してる場合か。ハク。お前の力でこいつを助けることはできるのか?」
質問したいことがたくさんあるのに、天宮くんがわたしの言葉をさえぎっちゃった。
「ぬう……月都も無茶を言うのう。我が主は水の神じゃぞ? 『魂還し』は専門外なんじゃが……」
ハクが頭を動かしたとき、額縁の隅っこで、キラリと何かが輝いた。
あれは……鏡の破片?
どうやら、ハクの額についているのは額縁じゃなくて、割れた鏡みたい。
「いいから。できるのかできないのか、どっちだ」
「うーむ……無理に無理を重ねれば、助けてやれんこともないが――」
「ねえ、無視しないで、わたしも話に混ぜてよ!! なんでハクの額には鏡がくっついてるの!? しゃべる上に尻尾が二つある狐なんて、初めて見たんだけど!!」
わたしは焦れて叫んだ。
「ふふん、ただの狐と思うでないぞ。この美しい銀の毛並みはシンシの証じゃ。尻尾が二つあるのは、それだけ力が強いということ!」
天宮くんの近くに浮かんだまま、ハクは得意げに顎をそらした。
「シンシ……あ、タキシード着てエスコートしてくれる感じのやつね!」
「勘違いしてるみたいだから、言っとくけど。シンシっていうのは、礼儀正しい男っていう意味の『紳士』じゃなくて、神様の使いっていう意味での『神使』だからな」
すかさず、天宮くんが言った。
「ええっ、神様の使いなの!? 本当に!?」
「ああ。ハクは正真正銘、神様の使いだ。おれがハクの主のご神体――鏡を割ったせいで、おれに取り憑いてるんだ」
読んでいただき、誠にありがとうございます。
★やブックマーク等、評価していただけましたら大変励みになります。




