22:言っちゃダメ
「久しぶりだね。こんなところでなにしてるの?」
旭くんは月都くんの前で立ち止まり、ほほえんだ。
「……お前こそ。なんでここにいるんだよ」
月都くんの声は硬い。
「それが、自分でも不思議なんだよね。よくわからないけど、《《ここに来なきゃいけない気がして》》……」
旭くんはあごに手を当てて、首をかしげた。
「は?」
「怖い顔でにらまないでよ。ぼくにもわからないんだって。そんなことより、せっかく会えたんだし、おしゃべりしようよ。なにしてるの?」
「おれがなにをしていようが、お前には関係ないだろ」
「そうかな? 兄なんだから、弟を心配する権利くらいはあるでしょう? 聞いたよ。中間テスト、3位だったんだってね。入学時点では成績トップだったのに、なんで1位を取れなかったの? 水葉で3位とか、ありえないでしょう」
「いやいや、ちょっと待って」
さすがに黙っていられなくて、わたしは声を上げた。
「3位だよ? なに言ってるの?」
「え? きみ、だれ? まさか、月都の彼女とか言わないよね」
旭くんは、わたしの頭のてっぺんから足のつま先までを見て、鼻で笑った。
(感じ悪っ!! 紗彩ちゃんの嘘つき! ぜんっぜん『太陽の王子様』じゃないじゃん!! むしろ『暗黒の大魔王』って感じだよ!?)
頭の中でイメージしていた『素敵な太陽の王子様・旭くん像』が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。
「彼女じゃないです。クラスメイトの、倉地風花です」
「ああ良かった、安心したよ。ぼくは月都の双子の兄の天宮旭。よろしくね」
旭くんは、ニコッと笑った。
(そんな爽やかに笑われても、ちっともよろしくしたくないっ!)
「うん、よろしく。同い年なんだから、タメ語でいいよね?」
鼻で笑われた恨みを込めて、ジト目でにらむ。
「いいよ」
「ありがとう。じゃあ、さっきの続きなんだけど。3位って、じゅうぶんすごいでしょ。なんで『ありえない』とか言うの? 旭くんはそんなにレベルの高い学校に通ってるの?」
旭くんが水葉に通っていないのは、すでに調査済みだ。
「あ、ごめん。いま私服だからわからないよね。ぼく、城英中学に通ってるんだ」
「城英っ!?」
城英中学は、全国でも三本の指に入るほどの超進学校だ。
同じクラスだった子が記念受験するって聞いたから、わたしも試しに入試問題を解いたことがある。
でも、五問も解けずにギブアップしたよ。
「中間テスト、ぼくは2位だったよ。だから、わかるでしょ? もしぼくが水葉に通ってたら、絶対1位だったってこと」
「うう……」
たしかに、城英で2位になれるほどかしこいなら、余裕で1位だろうな……。
「それは……そうかもしれないけど。でも! だからって、月都くんのことを馬鹿にしないで!」
噛みつくようにそう言うと、旭くんの目が、キラッと輝いた。
(ん? なんか、旭くん、嬉しそう? なんで?)
「そう。じゃあ、倉地さんに免じて、成績のことを言うのはやめてあげるよ。でも、ここでなにしてるのかは聞きたいな。今日は英語のレッスンの日だったでしょう。この半月、習い事を休んで、なにしてるわけ? お父さんもお母さんも心配してたよ?」
「えっ」
わたしは驚いて、月都くんを見た。
月都くんが英会話をはじめ、たくさんの習い事をしているのは聞いていた。
でも、この半月、休んでいたのは知らない。
(休んでるって、もしかして。ハッピーポイントを集めるために――)
「……うるさいな。やらなきゃいけないことがあるんだよ。心配しなくても、7月になったらちゃんと行く」
固く握った拳を震わせて、爆発寸前みたいな顔で、月都くんは旭くんをにらみつけた。
「やらなきゃいけないことって、なに? 勉強や習い事より優先するべきことなんてないでしょう。学生の本分は勉強なんだよ?」
旭くんは月都くんを冷ややかに見つめて、ため息をついた。
「なにしてるんだか知らないけどさ。期末テストでは1位取りなよ? ちゃんと勉強して、二年後には《《今度こそ》》城英に入れるように――」
「――ああああもう!!」
とうとう怒りが大爆発してしまったらしく、月都くんは金切り声に近い絶叫をあげた。
「お前ほんっとムカつく!! お前なんて――!!」
(――ダメ!!)
わたしはとっさに手を伸ばして、月都くんの口を両手で塞いだ。
「!?」
びっくりしたらしく、月都くんは目を瞬いている。
旭くんも驚いたような顔をしていた。
「ダメだよ。いま、言っちゃいけないこと言おうとしたでしょ? どんなに腹が立っても、それは絶対言っちゃダメ」
「…………っ」
わたしが手を離すと、月都くんはうつむいて、唇を引き結んだ。
「……帰る。ついてこないなら、電車で帰れ」
月都くんは旭くんに背を向けて、スタスタと歩き出した。
わたしは今日、月都くんの家の車でここまで来た。
車で送ってもらえないなら電車で帰ればいいし、それは別に構わないんだけど……。
(どうしよう。このまま旭くんと別れていいのかな)
わたしは困り果てて、月都くんと旭くんを交互に見た。
旭くんは突っ立ったまま、その場から動こうとしない。
迷っている間にも、月都くんはどんどん離れていっちゃう。
「待って、月都くん――」
意を決して、月都くんを追いかけようとすると。
《――待て、風花! 旭と話をしろ!!》
頭の中に、ハクの声が響いた。
「えっ――ハク!?」
驚いて辺りを見回したけど、ハクの姿は見当たらない。
《月都とはいつでも話せるじゃろ! いま優先すべきは旭じゃ! なんのために我が『縁結び』をしてまで引き合わせたと……》
ハクの声はどんどん小さくなり、やがて途切れた。
「ハク? ハク、どうしたの? ねえ?」
何度呼びかけても、もうハクの声は聞こえない。
しかも、立ち止まっている間に、月都くんを見失ってしまった。
視界の中にはたくさんの人がいるけれど、月都くんはどこにもいない。
(仕方ない。とにかくハクの言う通り、旭くんと話をしよう)
わたしは月都くんを探すのをやめて、来た道を引き返した。
旭くんまでどこかへ行ってしまっていたらどうしようかと思っていたけど、そんな心配はいらなかった。
だって。
「……ひっく。うええん……」
旭くんは通りのはしでうずくまり――泣いていたのだから。




