19:君がいなくちゃ
「あ、そうそう。これ、どうぞ。お父さんが、いつもお世話になってるお礼に渡しなさいって」
わたしは気を取り直して、百貨店の紙袋を天宮くんに差し出した。
「ああ……気を遣わなくていいって言ったのに」
紙袋を受け取ったものの、天宮くんはあんまり嬉しそうじゃない。
「わたしも『天宮くんはお礼とか要らないって言ってたよ』って言ったんだけどね。『そんなわけにはいかない!! くれぐれも失礼のないようにしなさい!!』って、お父さんが言うんだもん」
わたしは両目の目じりを人差し指で持ち上げ、怒った顔を作ってみせた。
「わたしのお父さんは天宮グループの下で働いてるからさ。わたしが天宮くんを怒らせたら、クビになるかもって心配してるんだよ」
「まさか。そんなわけないだろ」
「本当? わたしがなにか失礼なことしても、お父さんをクビにしたりしない?」
「しないって」
「じゃあ、約束! 指切りしよ!」
わたしは右手の小指を立てて、天宮くんに近づけた。
「指切りって……幼稚園児かよ」
「いいからやるの!」
ゴリ押しすると、天宮くんはしぶしぶ小指を絡ませた。
「ゆーびきーりげーんまーん……♪」
歌いながら、絡ませた小指を上下に振る。
「歌うのか……」
げんなりした顔をしながらも、天宮くんは歌い終わるまで辛抱強く待ってくれた。
「――ゆーびきったっ! これでもう、わたしがなにしてもお父さんはクビにならずに済むよね! 約束したからねっ!?」
「わかったって。しつこい」
にらまれてしまった。
(やばい。空気を変えなきゃ)
話題を求めて視線をさまよわせたわたしは、窓の外を指さして言った。
「あ、見て見て、天宮くん。月が綺麗だよ」
夕焼けの残る空に、白い月がぽっかり浮かんでいる。
「本当だな。……爆発すればいいのに」
「なんで爆発っ!?」
ビックリして、わたしは勢いよく天宮くんを見た。
「天宮くんの名前にも『月』が入ってるじゃない! それなのに、そんなこと言っちゃダメでしょ!」
「……《《だから》》だよ」
天宮くんは長い睫毛を伏せて、唇を引き結んだ。
――そうか。
天宮くんは、自分のことが嫌いなんだ。
自分と同じ名前の月なんて、爆発しちゃえばいいって思うくらいに。
(それは、旭くんと比べられてきたから……?)
――月都くんにとっては、たまらなかったと思うよ。
紗彩ちゃんの言葉を思い出して、ひどく胸が苦しい。
「……そんなこと言わないで」
気づけば右手が伸びて、天宮くんの左手をつかんでいた。
車内クーラーが効いているせいか、天宮くんの手は、ちょっとだけ冷たい。
「わたしは、月がなくなったらさびしいし、悲しいよ。お月見だってできなくなって、みんな困っちゃうよ」
「……いまの時代にお月見なんてするやついないだろ」
「なに言ってるの、たくさんいるよ! SNSで探してみなよ、すぐ見つかるから! お月見バーガーだって、お月見スイーツだって、みんな大好きに決まってるじゃん! わたし、毎年お月見バーガー食べるの楽しみにしてるんだから――って、違う! そうじゃない!」
「?」
天宮くんは、わけがわからないという顔をしている。
「だから、わたしが言いたいのはお月見のことじゃなくって……。~~~~っ」
言いたいことはあるけど、言いづらい。
わたしはただのクラスメイト。ニセ彼女。
それなのに、踏み込んだことを言ってしまっても、いいのかな?
(でもっ! わたしが言わなきゃ、だれが言うの!? わたしは暗い顔した天宮くんより、冷たい『氷の王子』なんかより! 笑顔の天宮くんのほうが、ずっとずっと好きだもん!!)
たとえドン引きされたって、いい!
だって、これが、わたしの正直な気持ちだから!!
「――だからっ! わたしは! 月都くんがいないといやなんだよ!!」
燃え上がるほど、顔が熱い。
でも、わたしは思い切って左手を伸ばし、天宮くんの手を両手で包み込むように握った。
「冗談でも、爆発しろとか言わないでよ! わたしは月都くんがいなくなったら泣くよ!? めちゃくちゃ泣いて、泣きまくって、地球を涙で沈めてやるんだからっ!!」
「…………」
天宮くんは、キョトンとして。
「……あははっ。なんだそれ。地球を滅ぼす気かよ。他人にとっては、大迷惑だな」
声を上げて笑い、わたしの手を握り返してきた。
握り返してきたその手の感触が、ありがとう、と言っているような気がして。
不覚にも、わたしの胸は、ドキドキ鳴りっぱなしだった。
「おれのこと、月都って呼んだな」
「えっ、うん。ごめん」
「謝らなくていい。小学校ではそう呼ばれてたし、そのまま月都って呼んでいいよ。ただし、おれも風花って呼ぶからな。前は拒否されたけど、お互いに下の名前で呼ぶなら公平だろ?」
――さあ、どうする?
そんな顔で、天宮くんはわたしを見つめた。
繋いだ手は、まだ離してくれそうにない。
「……え、えーと……じゃあ……月都くん」
恥ずかしくて、蚊の鳴くような声で名前を呼ぶ。
すると、月都くんは嬉しそうに笑った。




