16:大久保くんの悩みごと
昼休み。
わたしと天宮くんは、セントラルホールにいた。
吹き抜けになったガラス張りのホールには、テーブル席が並んでいる。
壁際にはソファもあって、昼休みや放課後は、生徒たちの憩いの場になってるんだ。
「おれの両親は『大久保食堂』っていう食堂をやってるんだ。親父で五代目なんだって」
長方形のテーブルの向かいで、大久保くんはそう言った。
大久保くんの茶髪はつんつん跳ねてて、制服は派手に着崩してる。
きちんと髪を整えて、きっちり制服を着込んでる天宮くんとは、あらゆる点で対照的だった。
「でも、半年前、大久保食堂の目の前に、大手チェーンの定食屋がオープンしたんだ。安くてうまい! って、コマーシャルやってるやつ。それで……お客さんを奪われちゃって。親父もおふくろも、ため息ばっかりつくようになって。おとつい、ついに親父に言われたんだ。『店を畳もうと思ってる』って」
大久保くんの目には、涙が浮かんでいた。
「天宮くん! いまこそ出番だよ! 天宮グループの力で、大久保食堂を救ってあげて!」
見ていられなくて、わたしは天宮くんの腕をつかんだ。
「なに言ってるんだ。そんなの無理に決まってるだろ」
天宮くんは呆れ顔をして、わたしの手をやんわり払いのけた。
天宮くんの左肩の上には、いつも白い光の玉――ハクがいた。
でも、いまその光はない。
「やらなければならぬことがある」
そう言って、ハクは昨日からどこかに行っちゃったんだって。
ハクが天宮くんに取り憑いたのは、今年の二月のこと。
四か月以上一緒にいて、ハクが天宮くんのそばを離れたのは初めてらしい。
「なんで無理なの? 天宮グループって、すごいお金持ちなんでしょ? テレビで見たことあるよ。天宮ホテルとか、天宮製薬とか、他にもいろいろやってるって。チェーン店を丸ごと買っちゃうとか、別の場所に移動させるとか、できないの?」
「経営をなんだと思ってるんだ……」
あっ、天宮くんの眉間にしわができちゃった。
「慈善事業じゃないんだぞ。赤字の個人店をかたっぱしから助けてたら、きりがない。そもそも、おれに天宮グループを動かす力なんてないんだよ」
「……で、でも。天宮くんのお父さんは、社長さんなんでしょ? 頼めばなんとか……」
「無理だ。おれの話なんて、父さんが聞くわけがない。……あいつの話なら、耳を傾けるくらいはしてくれたかもしれないけどな」
天宮くんは、小さな声でつぶやいた。
――あいつって、旭くんのこと?
のどまで出かかった言葉を、わたしは飲み込んだ。
「第一、おれたちは大久保食堂のことをなにも知らないだろ。味はどうなんだ、立地はどうなんだ、客単価は、回転率は、リピーターはどれくらいいるのか。なにも調べずに助けるなんて、医者が診察なしで手術するようなものだ」
「……あの、なんか、難しい言葉がいっぱい出てきたんですけど……」
「難しくない。当たり前のことだ」
ぴしゃりと切り捨てられて、わたしは肩を落とした。
重い沈黙が落ちる。
周りにいる子たちは楽しそうに笑っているのに、わたしたちのテーブルだけ、お葬式みたい。




