13:『おまけ』
6月17日、今日の天気は雨。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「はーい。行ってきまーす」
玄関まで見送ってくれたお母さんに手を振って、わたしは傘を差した。
歩き出して、すぐに。
――パパパパーンッ♪
右肩に下げていたカバンから、ファンファーレが聞こえた。
(えっ。天宮くん、こんな朝早くから人助けしてるの?)
わたしは驚いて、道のはしで立ち止まった。
左手に持っていた傘を肩に引っ掛け、カバンからスマホを取り出す。
【100ポイント獲得しました】
「……100ポイントか」
わたしは通知を閉じて、ハッピーポイントアプリを開いた。
【現在のポイント:141,178pt】
【目標まで残り:858,822 pt】
「……はあ」
思わず、ため息が口からもれる。
わたしの命のタイムリミットまで、あと二週間を切った。
それなのに、目標まで全然足りてない。
早乙女さんの指輪を見つけたときは1万ポイントももらえて、これならいけるって思った。
でも、その後は最高でも五千ポイント止まりだ。
「……わたし、死んじゃうのかな……って、ダメダメ。ネガティブ禁止!」
わたしはブンブン首を振って、不安と恐怖を追い出した。
「大丈夫、絶対助かるっ! ハクは『本当に困ってる人』はわたしの近くにいるって言った! とにかく周りの人を助けてたら、その人を見つけられるはずだもん! 朝から頑張ってくれてる天宮くんのためにも、絶対絶対、諦めたりしないんだからっ!」
気合を入れ直し、わたしはスマホをカバンに入れて歩き出した。
住宅街を抜けて、大通りに入る。
学校が遠くに見えてきたところで、前を歩いている女子二人組の声が耳に飛び込んできた。
「――天宮くんってさあ。雰囲気変わったよね」
――天宮くん?
その単語に引っ張られて、わたしの意識のアンテナは自然と彼女たちに向かった。
わたしの前にいるのは、それぞれ赤と青の傘を差した二人の女の子。
クラスは違うけど、同じ学年の子だ。
「うん。知ってる? 昨日の放課後は天宮くんが先生役になって、勉強会を開いたらしいよ」
「勉強会ぃ? あの『氷の王子』がぁ?」
よっぽど意外だったらしく、赤い傘を差した女の子の声は裏返っていた。
「そうそう。ユミに聞いたんだけどさ。この前の土曜日は彼女の倉地さんと、ボランティア団体の人と一緒に、公園に捨てられたウサギを捕まえてたんだって」
――すぐ後ろに、その『ニセ彼女の倉地さん』がいるんだけど……。
どうやら傘のせいで、後ろが全く見えてないらしい。
「ウサギを追いかけてる途中で、天宮くん、派手に転んじゃったらしいよ。金曜日は雨が降ったでしょ? 運悪く残ってた水たまりにダイブしちゃって、泥だらけになってたって」
「やだー、ダサーい! イメージちがーう!」
「だよねえ。誰とも群れない、孤高の一匹狼! って感じが最高にクールで格好良かったのにさあ。いまじゃ彼女もできて、すっかりフツーの男子になっちゃって、残念すぎ。ファンやめて正解だったわ」
「わたしもー」
――好き勝手なこと言ってるなぁ……。
ここに天宮くんがいなくて良かった。
だって、こんなの聞いたら、嫌な思いをするに決まってるもん。
「ちょっと――」
さすがに怒って、二人組の女子に声をかけようとしたとき。
「――ふふっ。まだそんなこと言ってる人がいたんだ」
近くにいた、黒い傘を差した女子が、クスクス笑った。
「な、なによ。あんた誰?」
「あ、ごめん。あたし、月都くんと同じ小学校だったから。月都くんが『氷の王子』って言われるたびに、つい笑っちゃうの。おかしくって」
「なんでよ?」
「なにがおかしいの?」
二人組の女子は、けげんそうな顔をしている。
「いいよ、教えてあげる。本物の『王子様』は月都くんじゃない。月都くんのお兄ちゃんの、旭くんのほうなんだよ」
黒い傘を差した女子は、とっておきの秘密を打ち明けるみたいに、フフンと笑った。
「運動も勉強もできる旭くんは、みんなの憧れだった。性格も優しくて、本当に王子様みたいだったの。でも、月都くんはまるで逆。ネクラでひねくれ者で、ぜ〜んぜん格好良くなんてなかった。言っちゃ悪いけどさ、完全に旭くんの『おまけ』って感じ――」
――『おまけ』?
頭の中でなにかがブチッと切れて、目の前が真っ赤に染まった。
「――ひどいこと言わないでよ!!」
気がついたら、わたしはお腹の底から叫んでいた。
「失礼にもほどがあるでしょ!! 旭くんがどれだけすごかったか知らないけど、そんなの関係ない!! 天宮くんのこと、なにも知らないくせに!! 勝手なこと言わないで!!」
三人の女子たちはビクッと震えて、わたしを見た。
二人組の女子は『ヤバい』という顔をして、黙り込んだ。
でも、黒い傘を差した女子は開き直ったらしく、わたしをにらみつけてきた。
「……だって、本当のことだもん。みんなから王子様って言われてたのは、旭くんのほう! ウソだって思うなら、同じクラスの新田さんに聞いてみなよっ!」
捨て台詞のように叫んで、その子は水たまりをパシャパシャ蹴散らしながら逃げた。
足には自信がある。
追いかけて捕まえようと思えばできた。
でも……ショックが大きすぎて、とても、そんな気になれなかった。
二人組の女子も早足で逃げていったけど、どうだっていい。
「……『おまけ』って、なにそれ。あんまりだよ。そんなこと言うなんて、最低だよ……」
降りしきる雨の中で、わたしは傘の柄を握り締めた。
強く握りすぎて、手が痛い。
でも、手よりも心のほうが、ずっとずっと痛かった。




