11:早乙女さんの指輪探し
「ハク、困ってる人ってどこにいるの?」
「体育館の近くじゃ」
ハクは白い光の玉になって、天宮くんの左肩の上に乗った。
「じゃあ、一階に下りなきゃ。天宮くん、行こっ!」
「ああ。あと二十分で最終下校時間だ。急ごう」
わたしと天宮くんはそれぞれカバンを持って、廊下に飛び出した。
そのまま勢いよく階段を下りていると、わたしの隣で、天宮くんの身体がガクンと揺れた。
――落ちるっ!?
わたしはとっさに、右手に持っていたカバンを放り投げた。
空いた右手で天宮くんの腕を掴み、左手を彼の腰に回して支える。
「あ、あぶなー……落ちなくて良かったー……」
天宮くんに密着したまま、わたしは大きく息を吐いた。
「……そろそろ離してくれないか」
天宮くんの顔はトマトみたいに赤い。
そこでようやく、気づいた。
――わたし、天宮くんに抱きついちゃってるよ!!
「ご、ごめん!!」
顔が熱くなるのを感じながら手を離し、身体を引く。
「いや……助かった、ありがとう。それにしても、なんでここだけ濡れてるんだ。いくら外が雨だからって、ここだけ濡れてるのはおかしいだろ」
天宮くんは不満そうに言って、自分の足元を見た。
他の場所は濡れてないのに、天宮くんの足元だけ、ピンポイントで濡れている。
そこを見事に踏んづけちゃったのは、ものすご~く悪くなった運のせいなんだろうな。
「雨じゃなくて、誰かが水を零したのかもしれないね」
わたしは階段を下りて、自分のカバンを拾い上げた。
汚れていたから、パンパンと叩いてホコリを落とす。
「いい迷惑だ」
わたしの隣にやってきた天宮くんの耳は、まだ少し赤かった。
校舎から体育館に続く、一階の渡り廊下。
そこにいたのは、同じクラスの早乙女さんだった。
「……どこなのよ、もう!」
早乙女さんは半泣き状態で身を屈め、なにかを探していた。
渡り廊下の屋根と壁の隙間から、雨が吹き込んでいる。
早乙女さんの頭や肩は濡れていたけど、本人は気づいてすらいないようだった。
「なにしてるんだ、早乙女」
天宮くんが声をかけると、早乙女さんはパッと顔を輝かせて立ち上がった。
「天宮くん! もしかして、わたしを助けに……」
早乙女さんは天宮くんの斜め後ろにいるわたしに気づいて、顔をしかめた。
「……なんだ。倉地さんもいるのね。わたしになにか用?」
「なにか探してるみたいだったから。探し物があるなら、手伝うよ?」
わたしは一歩、早乙女さんに近づいた。
「あなたには関係ないわ。もうすぐ下校時間でしょう。ヒマなら、さっさと帰りなさいよ」
早乙女さんは濡れた髪を手で払って、わたしをにらんだ。
――う……。
射抜くような強い目に、わたしはたじろいだ。
(早乙女さんはわたしのことが大嫌いみたいだし。無理に助けたって、ポイントもらえないかも。でも……)
早乙女さんの目に浮かぶ涙を見たら、放っておけなかった。
「でも、泣いてるじゃない。大切なものなんじゃ――」
「行こう、倉地。本人が帰れって言ってるんだ。放っとけばいい」
天宮くんはわたしの手をつかんで、来た道を引き返した。
「えっ。でも――」
「いいから来い。あんな無礼なやつを助ける必要なんてない。倉地は人が良すぎる」
「そ、そうかなぁ……」
困惑するわたしの手を引っ張り、天宮くんはずんずん歩いていく。
「……っ、待って!」
五秒も経たないうちに、背後で早乙女さんが叫んだ。
振り返ると、早乙女さんは悔しそうにうつむいて、唇を噛んだ。
「……やっぱり、助けてちょうだい。大事な指輪を、落としてしまったの」
「助けてほしいなら、倉地に言うべきことがあるだろ」
天宮くんはわたしの手をつかんだまま、早乙女さんをにらみつけた。
「……その……さっきは、失礼なことを言ってしまって、ごめんなさい。わたしが悪かったわ。だから……わたしと一緒に、指輪を探して……ください」
早乙女さんは途切れ途切れに言って、頭を下げた。
「……どうする?」
天宮くんは手を離して、わたしを見た。
「謝ってくれたし、もういいよ。わたしは早乙女さんを助けたい。天宮くんも協力してほしい」
「いいよ。というか、元々そのつもりで来たんだし。最初から早乙女が素直に頭を下げて頼んできたら、それで済んだ話だったんだ」
天宮くんが歩き出す。
わたしは天宮くんに続いて、早乙女さんの前に戻った。
「最後に指輪があったのはいつだ?」
もう怒ってないらしく、天宮くんは冷静に質問した。
「五時間目の授業が終わったときは、確かにあったわ。この中に、ちゃんと入ってた」
早乙女さんは制服のスカートのポケットから、小さなきんちゃく袋を取り出した。
「その後、どこを歩いた。できるだけ具体的に思い出せ」
「ええと……その後は、トイレに行ったわ」
「トイレっていうのは、一組に一番近い、三階西のトイレだな?」
「ええ。わざわざ遠いところに行かないわよ。トイレを出た後は、近くの階段を下りて、特別校舎に行った」
「なんで?」
不思議に思って、わたしは聞いた。
「先生に頼まれて、理科準備室に資料を取りに行ったのよ」
言いながら、早乙女さんはきんちゃく袋をポケットに戻した。
「トイレから理科準備室までは、最短ルートを通ったのか?」
「ええ、最短ルートよ。帰りも、寄り道せず教室に戻ったわ。そのまま授業を受けて、放課後になったら、トモコと一緒に体育館に行った。それで、部活が終わって、更衣室で着替えたときに……指輪がないことに気づいたの」
早乙女さんは長い髪を垂らすようにして、うなだれた。
「わかった。時間もないし、おれが各自の担当を決める。倉地はトイレと教室を探して、終わったら戻って来い。戻ってくるときも、指輪を探しながらな」
「わかった」
わたしはうなずいた。
「おれは理科準備室と、教室までのルートを探す。早乙女は更衣室を隅々まで探せ。指輪は小さいから、ロッカーの後ろや、予想外の隙間に入り込んだのかもしれない」
「わかったわ。更衣室はさっきも探したけど、今度はもっと、気をつけて見てみる」
「決まりだな。じゃあ、十五分後にここに集合で」
そう言って、天宮くんは走り去った。
時間がないし、わたしも急いで教室に行こうと思ったんだけど……。
「……な、なに? 早乙女さん」
早乙女さんが鬼みたいな顔でにらんでくるから、動けない。
「天宮くんと一緒にいたから怒ってるの? でも、本当に、天宮くんとわたしはただのクラスメイトで――」
「はっ。この期に及んで、しらじらしい。さっきの天宮くんの態度を見れば、いやでもわかるわよ。とぼけたってムダよ」
「ムダ? なにが?」
本当にわからなくて、わたしは首を傾げた。
「……呆れた。あなた、本当に気づいてないのね。でも、教えてあげないわ。指輪、ちゃんと探してよねっ!」
早乙女さんはプイっと顔を背けて、体育館のほうへ走っていった。
「……えーと……よくわかんないけど、行こう」
わけがわからないまま、わたしは教室に向かって駆け出した。




