10:一番の笑顔
「『最近、抜け毛が多くて困ってる』んだって!」
「………………そうか」
なんで天宮くんは、深いため息をついたんだろう?
ハクもがっくりして、耳を垂らしてるし。
「ネットで評価の高かった『育毛シャンプー』と『育毛剤』のセットをプレゼントしたら、めちゃくちゃ喜んでくれて。なんとびっくり、300ポイントももらえたんだ! この前、エレベーターのない駅でベビーカーを運んだときより高いんだよ!? すごくない!?」
「……まあ、確かにすごいな。倉地のお父さんは結構、真剣に悩んでたんだろうな……」
「お母さんは家事を手伝うことで、一日に30ポイントくらいくれるかな。多いときは50ポイントくらい――」
「いや、話さなくていい。倉地の家族が『本気で困ってる人』じゃないってことがわかれば、それでいいんだ」
なぜか疲れたような顔で、天宮くんは手を振った。
「そう? そういえば、天宮くんはどうなの? お父さんやお母さんから、ポイントもらってる?」
なにげなく質問した、その瞬間。
ふっ――と。
ろうそくの火を吹き消すように、天宮くんの顔から、全ての感情が消えた。
「…………」
ぞわ、と、全身に鳥肌が立った。
それくらい、天宮くんの変化は急で……怖かったんだ。
「……いや。もらってない」
冷たくて、固い声。
「いまは親と一緒に住んでないから」
(……え? なんで?)
中学生が親と一緒に住んでないなんて、おかしくない?
わたしが知らないだけで、お金持ちの家では、それが普通だったりするの?
(いや、でも。紗彩ちゃんのお父さんは、おもちゃ会社の社長さんだって言ってたよ? 紗彩ちゃんは、両親とお姉ちゃんと一緒に住んでるよ?)
じゃあ、どうして天宮くんは親と離れて暮らしてるの?
双子のお兄ちゃんは、いまどこにいるの?……
聞きたいことが多すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
でも……とても、聞けるような空気じゃない。
「……そっか。うん。わかった」
わたしはたくさんの疑問を飲み込んで、うなずいた。
すると、天宮くんは、ふっと笑った。
「……倉地は『なんで?』って、聞かないんだな。おれがおばあちゃんと暮らしてるって知ったやつは、みんな質問攻めにしてきたのに」
天宮くんは笑ってるけど……その笑顔は、どこか悲しそう。
(天宮くんは、おばあちゃんと暮らしてるんだ)
わたしは忘れないように、心の中でメモした。
「うん。本当は聞きたいけど……聞かないよ。だって、聞いてほしくないんでしょ?」
「……ああ。少なくとも、いまは……話したくない」
天宮くんは暗い顔で、うつむいた。
(なんでそんな顔するの)
胸の中がモヤモヤする。
辛いことや悩みごとがあるなら、話してほしい。
(天宮くんは、これまで何度もわたしを助けてくれた。わたしに何ができるかわからないけど……わたしだって、天宮くんを助けたいよ)
「……いまはだめでも。いつかは話してもらえるって……期待してもいい?」
わたしはぎゅっと手をにぎり、勇気を出してたずねた。
天宮くんは少し考えるように黙ってから、うなずいた。
「……倉地になら、話してもいいけど。おれの事情を聞いたって、楽しくもなんともないぞ。むしろ――」
「楽しくなくてもいいよ。わたしはただ、天宮くんのことが知りたいの」
わたしは天宮くんの目を見つめて、キッパリ言った。
「…………」
天宮くんは、驚いたように目を大きくして。
「……ははっ。なんでおれなんかのことを知りたがるんだよ。倉地って、本当に変なやつ」
そう言って、声を上げて笑った。
(笑った!)
天宮くんの笑顔は、これまで何度か見てきた。
でも、声を上げて笑うのを見たのは初めてだ。
「ふふっ」
嬉しくて、わたしも思わず笑っちゃった。
「――ふむ。ようやく一歩、といったところじゃな」
天宮くんと笑い合っていると、机の上でハクがなにかつぶやいた。
「ハク、いまなにか言った?」
「いや、少し考えておっただけじゃ。校内で誰かが困っておるようでな」
「えっ、早く言ってよ! もちろん助けに行くよ!!」
わたしは慌てて立ち上がった。




