第三話:『放課後の映研部室、映し出されるのは脚本(プロット)外の情事』
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三限と四限の講義を適当にこなし、夕暮れ時。
キャンパスがオレンジ色の西日に染まる頃、私は所属している「サブカルチャー研究会」の部室へと足を向けた。
……といっても、実態は古い映画を観てはあだだこうだと毒を吐くだけの、暇人の溜まり場だ。
重い鉄の扉を開けると、埃っぽい空気と、誰かが持ち込んだ古い雑誌の匂いが鼻をついた。
「お疲れ、シィカ。今日も遅かったね」
暗がりの中でモニターを眺めていたのは、後輩のタカシだ。
彼は典型的な「映像オタク」で、常に一眼レフカメラを弄り回している。話す言葉は標準語だが、語尾に微かに、育ちの良さそうな京都訛りが混じるのが特徴だ。
「ちょっとね。図書館で調べ物をしてたら、時間が経つのを忘れちゃって」
私はいつもの嘘を、いつもの標準語で吐く。
本当は、昼休みの「ホットドッグ」の後始末に時間がかかっただけなのだけれど。
「ちょうど良かった。今、古いモノクロ映画のデジタルリマスター版をチェックしてたんだ。シィカさん、こういうの好きでしょ?」
タカシはそう言って、部室の奥にある大型モニターを指差した。
遮光カーテンが引かれた部室は、昼間だというのに夜のような静寂に包まれている。
「……綺麗だね。光と影のコントラストが、まるで谷崎の世界観みたい」
私は彼の隣に座り、無機質なブルーライトに照らされる。
画面の中では、往年の女優が物憂げな表情でタバコを燻らせていた。
沈黙が流れる。
タカシの指先が、マウスを動かすたびにカチカチと小さな音を立てる。その規則正しい音が、私の奥底に眠る「退屈な刺激」を呼び覚ました。
「ねえ、タカシくん。カメラのレンズ、指紋ついてない?」
私は不意に、彼の膝の上にある一眼レフに手を伸ばした。
タカシが「えっ?」と顔を上げた瞬間、私はわざとバランスを崩すふりをして、彼の胸元に倒れ込んだ。
「あ、ごめん……」
「い、いえ。……シィカさん、なんか、すごくいい匂いがします」
タカシの声が、微かに上擦る。
彼は純粋なのだ。レンズ越しに世界を見ることに夢中で、目の前の現実に触れる方法を知らない。
「そう?……放課後の部室って、なんだか秘密基地みたいだね」
私は彼の耳元で、甘く、低い声で囁いた。
私の指先が、彼のシャツのボタンを一つ、また一つと解いていく。
彼は拒まなかった。ただ、壊れ物を扱うような手つきで、私の肩を抱き寄せた。
「……ここで、いいんですか?」
「誰も来ないよ。……続き、撮らなくていいの?」
私は標準語でそう問いかけながら、彼を機材置き場の奥、分厚いカーテンの向こう側へと誘った。
そこは、三脚や照明スタンドが乱雑に置かれた、二人だけの狭い「スタジオ」だった。
リマスター版の映画が、無音でモニターを流れ続けている。
その光がカーテンの隙間から漏れ、私たちの肌をモノクロームに染め上げた。
タカシの手つきは、意外にも力強かった。ファインダー越しに世界を切り取る情熱が、そのまま私への執着へと変わったようだった。
「……シィカさん、綺麗だ……」
「……台詞がベタすぎるよ、タカシくん」
私は苦笑しながらも、彼の熱を受け入れた。
朝の河野先輩、昼の直人、そして夕暮れのタカシ。
三者三様の「愛の文体」を、私は一日のうちに読み耽っていることになる。
(……これは、オムニバス映画のヒロインにでもなった気分やな。知らんけど)
暗がりの中で、重なり合う吐息。
金属製の三脚がカチャリと音を立て、私たちの「本番」を静かに祝福してくれた。
タカシの放つ若々しい熱量は、部室の冷えた空気を一気に塗り替えていく。
私はその熱に身を任せながら、これが今日最後の「一幕」になるだろうと、ぼんやりと考えていた。
数十分後。
部室の明かりを点けると、そこにはいつもの、散らかった日常が戻っていた。
「……あ、もうこんな時間。バイトに行かなきゃ」
私は鏡も見ずに、指先だけでスカートの皺を伸ばす。
タカシは顔を赤くしたまま、カメラのレンズキャップを何度も弄っていた。
「シィカさん。……また、明日も来ますか?」
その問いに、私は扉に手をかけながら、振り返らずに答えた。
「……しゃあないな。面白い映画があるなら、考えるよ」
標準語に混じった、短い大阪弁。
それが私の、最高級の「ファンサービス」だ。
部室を出ると、空は深い群青色に染まっていた。
これからミナミへ向かい、古本屋で本を選び、終電を逃すかもしれない夜が始まる。
私の大学生活は、まだページが残っている。
一冊の本を読み終えるまでには、もう少し時間がかかりそうだった。
「……お腹、空いた。今度は本物のホットドッグ、食べようかな」
私は独り言を漏らすと、駅へと続く坂道を、軽快なステップで下っていった。




