禁忌の代償
暗い。
深い水の底みたいだった。
意識が浮かばない。
身体も重い。
……また、
やってしまった。
ぼんやりそんな事を考えながら、
私は夢の中を漂っていた。
ルシエラとの戦い。
あの人は強かった。
力だけじゃない。
心を抉る言葉も。
真正面から、
“幻影帝国の王族”だった。
だから私は、
禁忌へ手を伸ばした。
――記憶魔法。
本来なら、
絶対に使うべきではない術。
相手の記憶へ干渉し、
真実を暴き、
過去を覗く。
精神にも魂にも負荷が大きすぎる、
禁忌の魔法。
新しい媒介器のおかげで、
六精霊王の力を完全に制御できた。
以前なら暴走していた魔力も、
今は驚くほど安定している。
だから使えてしまった。
……使えてしまったのだ。
結果として、
ルシエラ様から、
“私に関する記憶”は消えた。
でも。
代償は大きかった。
「…………」
重い。
起きられない。
すると。
「だから言っただろうが」
低い声が響いた。
私はゆっくり目を開ける。
そこは、
星空みたいな場所だった。
月光が揺れる、
夢の世界。
そして目の前には。
「……イグニス」
火精霊王イグニスが、
腕を組んで立っていた。
隣にはネレイア。
ルシエル。
ヴェルディア。
セラフィナ。
ノクティス。
……全員いる。
「え、
皆どうして……」
「どうしてじゃないわ」
セラフィナが珍しく真顔だった。
怖い。
「禁忌の記憶魔法を使用した瞬間、
媒介器が悲鳴を上げていたのよ」
「……ごめんなさい」
「本当だよ!」
ヴェルディアが叫ぶ。
「普通使うかぁ?
記憶魔法
しかも王族の精神干渉!」
「だって、
他に方法が……」
「あるだろ!」
即答だった。
私はしゅんとなる。
ネレイアが、
そっと隣へ腰を下ろす。
冷たい指が、
そっと額へ触れる。
「熱が酷いわ」
「夢なのに?」
「夢は魂の海だもの。
現実の身体とちゃんと繋がってるのよ」
そう言われて初めて気付く。
身体が重い。
頭も痛い。
まるで魔力を全部抜かれたみたいだ。
「……レオニス様、
怒ってますか」
その瞬間、
全員が微妙な顔をした。
「怒ってるというか……」
「死にそうな顔してた」
ヴェルディアが目を逸らす。
「三日くらい寝てねぇんじゃないか?」
胸が痛くなる。
……また、
心配させてしまった。
するとイグニスが、
大きくため息を吐いた。
「お前、
自分がどれだけ無茶したか分かってるか」
「……少し」
「少しじゃない」
今度はルシエルが、
静かな声で告げた。
氷精霊王は静かな顔のまま、
さらっと恐ろしい事を言った。
「あと少し術式が深ければ、
精神は戻りませんでした」
「……え」
「記憶魔法は魂を削る」
ぞっとした。
そんな危険だったの……?
するとノクティスが、
静かにこちらを見下ろす。
「お前は、
自分を壊すことに躊躇がなさすぎる」
その声は低い。
怒っている。
でも。
少しだけ震えていた。
私は目を瞬かせる。
……心配してくれてるんだ。
その事実が、
胸を温かくする。
「……ごめんなさい」
素直に謝ると、
皆一斉に黙った。
すると。
「……まあ、
生きてるから今回は良しとするか!」
イグニスが豪快に笑う
「良くないでしょ!?」
ネレイアが即ツッコミ。
「甘すぎる!」
「うるさい」
「でも生きてるのは大事だろ!」
「それはそうね」
急に空気が緩む。
私は思わず小さく笑ってしまった。
するとセラフィナが、
ふわりと微笑む。
「……でも、
媒介器はよく耐えたわ」
私は胸元を見る。
夢の中でも、
新しい媒介器は淡く輝いていた。
星空みたいな核。
六属性の結晶。
皆の力。
あの日、
皆が作ってくれたもの。
「前の器なら壊れてた」
ネレイアが静かに言う。
「今回は、
私達全員で支えられたから耐えられた」
「……皆のおかげね」
そう呟くと、
ヴェルディアがにやっと笑った。
「もっと感謝してしていいんだぜ?」
「しているわ」
「口だけ感あるな」
「あるわね」
「否定できない」
酷い。
でも。
こうして笑い合える時間が、
とても心地良かった。
すると不意に、
ノクティスが私の髪へ触れる。
影みたいに静かな手。
「……早く戻れ」
「え?」
「レオニスが壊れそうだ」
胸がきゅっと締め付けられる。
私は目を伏せた。
また、
あの人を不安にさせた。
するとセラフィナが、
優しく微笑む。
「だから今度は、
ちゃんと甘えなさいな」
「守られるのも、
王の務めだわ」
私は少しだけ困ったように笑った。
……難しい。
でも。
頑張ってみたいとは思う。
その時。
遠くで誰かの声が聞こえた。
「……ミスティリア」
レオニス様だ。
必死な声。
胸が熱くなる。
するとイグニスが、
私の頭を軽く小突いた。
「行ってこい」
「また無茶したら次は縛る」
「それは嫌です」
「俺達も嫌だ」
全員頷いた。
私は思わず吹き出す。
夢の世界が、
ゆっくり光へ溶けていく。
最後に見えたのは、
皆の安心した顔だった。
……ああ。
ちゃんと、
帰る場所がある。
そう思えた瞬間。
重かった意識が、
ゆっくり浮上していった。




