月光のヴェール
白夜王城の夕食は、
毎日決まって大広間で行われる。
高い天井には、
星空のように輝く魔導灯。
白銀と金を基調にした壮麗な装飾。
長い食卓には季節の花々が飾られ、
大窓の向こうには夜の王都が広がっている。
最初は緊張していたその空間にも、
今では少し慣れてきた。
……とはいえ。
「ティリア、
今日はよく食べてるな」
隣からそんな事を言われると、
普通に恥ずかしい。
「い、いつも食べています」
「今日はデザートまで手が伸びてる」
「それは……」
図星だった。
私は思わず視線を逸らす。
すると向かい側から、
くすくすと笑い声が聞こえた。
「仲が良いのは結構ですが、
ミスティリアをあまり困らせないでちょうだい」
フローリア王妃だ。
白夜王国の王妃であり、
レオニス様のお母様。
柔らかな微笑みを浮かべているが、
時々妙に鋭い。
隣ではセレフィーナ様も優雅に紅茶を口へ運んでいた。
「でも最近のお兄様、
少し浮かれすぎではありません?」
「セレフィーナ」
「だって衣装室の者達が、
“最近の第一王子は怖いくらい機嫌が良い”
って言ってたもの」
「言わなくていい」
レオニス様が珍しく眉を寄せる。
私は思わず吹き出しそうになる。
そんな和やかな時間の中――
食卓上座に座るアルセリオン国王が、
静かに口を開いた。
「……ミスティリア」
その低く落ち着いた声に、
自然と空気が引き締まる。
私は背筋を伸ばした。
「はい」
「白夜王国へ来て、
間もなく一年になるな」
「……はい」
色々な事があった。
王妃教育。
ノクタルギア襲来。
ルシエラとの戦い。
王都での日々。
その全てが、
胸の中を静かに過ぎていく。
国王陛下は私を真っ直ぐ見つめた。
「貴女は力だけでなく、
心でもこの国を救った」
静かな声。
けれど、
重みがあった。
「当初、
貴女との婚約に反対していた保守派貴族達も、
今では皆、
貴女を認めている」
私は目を見開く。
……反対されていた事は知っていた。
幻影帝国の王族。
しかも“月蝕の王”。
危険視されるのは当然だ。
でも。
国王陛下は、
小さく目を細めた。
「ミスティリアも、
もう十六だ」
「正式に花嫁として迎えるには、
十分な歳になった」
その瞬間。
隣でレオニス様が僅かに動いたのが分かった。
「そろそろ正式に、
結婚式を執り行おうと思う」
一瞬。
頭が真っ白になった。
……結婚式。
分かっていた。
婚約しているのだから、
当然いつかは来る。
でも。
改めて言葉にされると、
胸がどくどくとうるさくなる。
ちらりと隣を見る。
レオニス様も、
少し驚いた顔をしていた。
……珍しい。
するとフローリア王妃が、
優しく微笑む。
「衣装合わせが楽しみね」
「白夜王国の花嫁衣装、
きっと似合うわ」
セレフィーナ様まで、
楽しそうに身を乗り出してきた。
「絶対綺麗だわ!
王都中大騒ぎになるわよ!」
「セレフィーナ」
「本当の事ですもの」
私は完全に顔が熱くなっていた。
……無理。
こんな風に、
当たり前みたいに祝福されることに、
まだ慣れない。
すると。
不意に、
隣からそっと手が触れる。
びくっと肩が揺れた。
見ると、
レオニス様が小さく笑っている。
「緊張してるのか?」
「……してません」
「顔真っ赤だぞ」
「……」
駄目だ。
勝てない。
⸻
数日後。
私は王城内の衣装室へ来ていた。
広い室内には、
純白のドレスがいくつも並んでいる。
レース。
宝石。
刺繍。
どれも息を呑むほど美しかった。
「まぁ……
本当にお綺麗」
侍女達が感嘆の声を漏らす。
私は鏡の前で、
落ち着かない気持ちのまま立っていた。
身に纏っているのは、
白夜王国の正式な婚礼衣装。
白銀の刺繍が施された純白のドレス。
月光みたいに淡く輝く生地。
長いヴェール。
胸元には、
新しい媒介器が静かに輝いている。
普段黒系が多いせいか、
なんだか自分じゃないみたいだった。
「レオニス王子殿下をお呼びしますね」
侍女の一言に、
心臓が跳ねる。
えっ。
待って。
心の準備が。
でも。
扉は容赦なく開いた。
「ティリア――」
そこまで言って。
レオニス様が止まる。
完全に固まった。
私は居た堪れなくなって視線を逸らす。
……やっぱり変だろうか。
似合っていない?
不安になったその時。
「……無理だ」
ぽつり。
そんな声が聞こえた。
「……え?」
思わず顔を上げる。
するとレオニス様は、
片手で顔を覆っていた。
耳まで赤い。
「レオニス様?」
「綺麗すぎる」
低い声。
でも、
完全に動揺している。
「本当に……
嫁に来るんだなって実感した」
胸が、
どくんと跳ねた。
侍女達が後ろでにやにやしているのが分かる。
やめてほしい。
するとレオニス様は、
ゆっくりこちらへ近付いてきた。
そして。
壊れ物に触れるみたいに、
そっと私の手を取る。
薄青の瞳が、
真っ直ぐ私を見つめていた。
「……綺麗だ」
今度はちゃんと、
言葉になっていた。
その声があまりにも優しくて。
私はどうしようもなく、
顔が熱くなる。
結婚。
夫婦。
未来。
少し前の私なら、
想像も出来なかった。
でも今は。
この人の隣なら。
怖くないと思えた。
白夜王国の未来を照らす光の中で。
私は初めて、
“幸せになってもいい”のだと思えた。




