表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月蝕の花嫁  作者: 紫苑ユリ
月の女神
83/94

帰る場所

同じ部屋で眠るようになって、

しばらく経った。

……なのに。


まだ、

全然慣れない。


「…………」


隣を見る。


月明かりの差し込む寝室。


大きなベッド。


白いシーツ。


そして。


すぐ隣で眠る――はずの、

レオニス様。


……いや。


眠っていない。


何故なら。


「……レオニス様」


「なんだ」


即返事が返ってきた。


やっぱり起きてる。


私は思わず小さく笑ってしまう。


「眠れないのですか?」


「……君こそ」


図星だった。


同じベッド。


隣に誰かがいる温もり。


静かな呼吸音。


全部がまだ慣れない。


嫌ではない。


むしろ、

安心する。


でも安心するのに、

心臓がうるさい。


レオニス様も同じなのだろうか。


そう思うと、

少しだけ嬉しかった。


沈黙が落ちる。


でも不思議と、

気まずくはない。


しばらくして。


「……散歩でも行くか」


レオニス様がぽつりと呟いた。


「散歩?」


「眠れそうにない」


「……ふふ」


私は小さく笑って、

ベッドから起き上がった。



夜のルクシア城は静かだった。


昼間は人で賑わう回廊も、

今は月光だけが満ちている。


隣を歩くレオニス様も、

どこか少し落ち着かない。


それがなんだか新鮮だった。


普段は堂々としているのに。


「……緊張しているのですか?」


そう聞くと、

レオニス様は少しだけ眉を寄せた。


「してない」


「嘘です」


「してない」


「耳が赤いです」


「月明かりでも分かるくらいに」


「……」


図星だったらしい。


私は思わず吹き出してしまう。


するとレオニス様が、

少し困ったように笑った。


「仕方ないだろ」


低い声。


「愛する者が隣で寝てるんだ」


胸が、

どくんと跳ねた。


夜の静けさのせいで、

その言葉がやけに鮮明に響く。


私は誤魔化すように前を向いた。


「……レオニス様は、

時々ずるいです」


「何がだ?」


「急にそういう事を言わないでください」


「本音だ」


余計に悪い。



辿り着いたのは、

白薔薇の庭園だった。


夜になると、

白薔薇が月光を反射して淡く輝く。


まるで、

夢みたいだった。


「……綺麗」


思わず呟く。


風が吹く。


白薔薇が揺れ、

花弁が月明かりの中を舞った。


すると。


不意に、

手を取られる。


「レオニス様?」


振り返る。


薄青の瞳が、

真っ直ぐこちらを見ていた。


その目が、

あまりにも優しくて。


胸が苦しくなる。


「……ティリア」


低い声。


「今、

すごく幸せだ」


私は目を見開いた。


幸せ。


その言葉が、

胸へ静かに落ちてくる。


レオニス様は少し照れたように笑った。


「君とこうして、

夜を歩いてるだけなのに」


「それだけで――


十分幸せだと思う」


私は言葉を失う。


そんな風に、

真っ直ぐ気持ちを伝えられる人を、

私は知らなかった。


するとレオニス様が、

そっと私の頬へ触れる。


壊れ物に触れるみたいに、

優しく。


「……嫌だったら、

避けていい」


その言葉に、

胸が熱くなる。


この人はいつも、

ちゃんと私を大切にしてくれる。


だから。


私は逃げなかった。


ゆっくり目を閉じる。


次の瞬間。


唇へ、

柔らかな温もりが触れた。


優しい口付けだった。


奪うようなものじゃない。


確かめるみたいな、

愛おしむみたいなキス。


月光。


白薔薇。


静かな夜風。


全部が夢みたいで。


でも。


触れた唇の熱だけは、

確かに現実だった。


離れたあとも、

レオニス様はすぐには手を離さない。


額を寄せたまま、

小さく笑う。


「……本当に、

愛している」


私は顔が熱くなるのを感じながら、

彼の服をそっと掴んだ。


遠い昔の私は、

幸せというものがよく分からなかった。


国のために生きること。


強くあること。


失わないこと。


そればかり考えていた。


でも今は分かる。


好きな人と夜を歩くこと。


隣で笑い合うこと。


触れた手が温かいこと。


同じ月を見上げること。


きっと、

幸せってこういうものなのだ。


白薔薇の香りが夜風に溶ける。


私はそっと、

レオニス様の肩へ寄り添った。


すると彼は、

当たり前みたいに私を抱き寄せる。


月明かりの下。


私は初めて――


"帰りたい場所”を見つけた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ