月のない夜
月のない夜だった。
静かな闇が、
世界を覆っている。
私は、
黒月宮の玉座へ腰掛けるノクティスを見上げた。
黒紫の長い髪。
夜そのものを閉じ込めたような紫の瞳。
その視線だけで、
心の奥を撫でられるようだった。
「……また来たのか」
低い声が、
静かな宮殿へ響く。
「随分、
堅苦しいことをやっているようだな」
からかうような声音。
けれど、
どこか嬉しそうでもあった。
私は小さく睫毛を伏せる。
「……気付いたら、
ここにいたの」
ノクティスはふっと笑った。
「夢へ逃げ込む癖は、
相変わらずだな」
その言葉に、
胸が僅かに痛む。
レオニス様の隣にいても。
私は、
ノクティスの闇から逃れられない。
そしてノクティスも、
それを分かっている。
だからこそ、
こんな風に笑うのだ。
「来い」
伸ばされた指先。
拒めなかった。
近付いた瞬間、
ノクティスの腕が私を引き寄せる。
ふわりと、
甘く危うい香りがした。
闇の香り。
それなのに、
どうしてか安心してしまう。
「……っ」
耳元へ落ちた吐息に、
肩が震えた。
ノクティスは、
レオニス様のように優しく問い掛けたりはしない。
逃げ道を残したまま、
ゆっくりと追い詰めてくる。
まるで。
――お前はどうせ、
私を拒めない。
そう、
知っているみたいに。
「その顔、
あの小僧にも見せたのか?」
嫉妬混じりの声。
けれどそれは、
怒りではなかった。
……苦しそうな声音だった。
答えられずにいると、
ノクティスはそっと私の頬へ触れる。
長い指先。
熱を持たないはずなのに、
触れられた場所だけ熱かった。
「……私はな」
ノクティスは、
泣きそうなほど静かに笑う。
「お前を壊したいわけではない」
額へ、
ゆっくり口付けが落ちる。
唇。
喉。
指先。
触れられる度、
身体の奥が痺れていく。
レオニス様の温もりとは違う。
これはもっと、
深く沈んでいく感覚。
永遠の夜へ、
溶かされていくような。
「……ノクティス」
掠れた声で名前を呼ぶと、
彼は一瞬だけ目を細めた。
嬉しそうに。
苦しそうに。
「……その名を呼ばれるだけで、
私は狂いそうになる」
そう囁いて。
ノクティスは再び、
私へ口付けた。




