普通の幸せ
フローリア王妃による妃教育が始まった。
それは、
幻影帝国で受けていた
“王になるための教育”とはまるで違うものだった。
一一
最初に教えられたのは、
白夜王国の基礎。
神殿学。
精霊学。
社交。
政治。
「覚えが早くて助かります」
教師達はそう言ってくださる。
もっとも。
精霊王達の加護を受ける私へ精霊学を教えるのは、
少し緊張するらしい。
一一
ある日は、
白夜王国で求められる王妃像を教わった。
「民衆の前で涙を見せず」
「恐怖を見せず」
「常に美しくあれ」
「そして、
王の隣で堂々としていること」
教師は静かに言う。
「……王妃とは、
白夜の光なのです」
一一
そんな教育が続く夜。
私はテラスで、
一人考え込んでいた。
……光。
“月蝕の王”と恐れられてきた私が、
そんな神聖な存在になって良いのだろうか。
すると。
「ミスティリア」
いつの間にか隣へ来ていたレオニス様が、
静かに口を開いた。
「無理に光にならなくていい」
「夜を愛する者だっている」
その言葉に、
少しだけ心が軽くなる。
一一
ある日は、
王を支える王妃の役割を教わった。
「王を立て、
王を支え、
王の負担を和らげる」
「王が唯一、
弱さを見せられる場所」
「それが王妃です」
教師は続ける。
「王を支えるとは、
甘やかすことではありません」
「王が折れぬよう、
最も近くで支えることなのです」
一一
そして、
ある日のこと。
「……完璧です」
教師が静かに言った。
普通の令嬢なら、
何年もかけて学ぶもの。
それを私は、
既に自然とこなしているらしい。
けれど。
教師は、
少し困ったように微笑んだ。
「ですが、
違うのです」
「貴女は、
“王として”完成されすぎている」
「王妃として大切なのは」
「国王の隣へ立ち、
支えること」
「国の光になることです」
……難しかった。
王になるためだけに育てられた私には、
“王妃”という在り方が。
「……隣に立つだけで、
良いのでしょうか」
「国民を守れる力があったとしても、
私は見ていることしかできないのですか?」
教師は静かに目を伏せた。
「……それが、
王妃というものです」
一一
……私は。
隣に立つだけで良いのだろうか。
私室でそんなことを考えていると。
「頑張っているようだね」
レオニス様が、
優しく声をかけてくださった。
そして。
紅茶とお茶菓子を、
そっと用意してくださる。
「でも、
頑張りすぎは良くないよ」
「……ありがとうございます」
温かな紅茶へ心が溶かされるように、
私はぽつりと弱音を零してしまった。
「……私、
王妃に向いていないのかもしれません」
レオニス様は、
黙って続きを待ってくださる。
「……私は、
隣に立つだけで良いのでしょうか」
すると。
レオニス様は、
真っ直ぐ私を見つめて言った。
「違うよ、
ミスティリア」
「君はもう、
誰かの隣に立てる人だ」
「だから皆、
君に王妃を求める」
「本当に駄目な人間には、
誰も期待なんてしない」
そして。
少しだけ笑って続ける。
「……それに」
「君が前へ出たいなら、
俺は止めない」
「隣でも、
前でも、
好きな場所に立てばいい」
その言葉に、
胸が熱くなった。
「……っ!
ありがとうございます」
「心が軽くなりました」
「王妃になれるよう、
頑張ります!」
「ははっ」
「君はそのままで十分だよ」
一一
妃教育は、
今日も続く。
だが。
教師はふと、
困ったように呟いた。
「……ミスティリア様には、
王妃教育より」
「“普通の幸せ”を教える方が必要なのかもしれません」
「普通の幸せ……?」
「ええ」
教師は優しく微笑む。
「貴女は、
王になる覚悟も責任も、
犠牲も理解しておいでです」
「ですが」
「頼ること」
「守られること」
「愛されることに、
あまりにも慣れていない」
その言葉に、
私は静かに目を伏せた。
「王妃として」
「愛されることを受け入れられるようになった時」
「きっと、
貴女へ教えることはもうありません」




